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中国テック事情:オープンソース化で対抗、中国AI企業の勝算
Stephanie Arnett / MIT Technology Review
Why Chinese companies are betting on open-source AI

中国テック事情:オープンソース化で対抗、中国AI企業の勝算

中国のAI企業の多くは自社製品へのアクセスに対し、欧米企業に比べ高いハードルを設定している。だが、アリババやいくつかの中国のAIスタートアップ企業は、自社の製品をオープンソース化して、海外から利用しやすくする戦略を採っている。 by Zeyi Yang2024.08.06

この記事の3つのポイント
  1. アリババなどの中国企業は自社のAIモデルをオープンソース化している
  2. オープンソースAIは中国企業にとってクラウド事業拡大やAI開発の加速に役立つ
  3. 中国のオープンソースAIモデルは欧米勢に対抗し得る性能を示している
summarized by Claude 3

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

私はMITテクノロジーレビューで中国の大規模言語モデル(LLM)について多くの記事を書いてきたし、この1年でかなりの数のモデルを試すことができた。しかし、多くの人、特に中国や中国語にあまり馴染みがない人は、それらのモデルを自分で試してみたいと思っても、おそらく始め方さえ分からないだろう。

良いニュースがある。実は、それほど難しくないのだ。最近、いろいろ調べてみて気づいたのだが、中国のAIモデルの多くは、思っていたよりもずっと海外からアクセスしやすい。Webサイトでアカウントを登録するか、ハギング・フェイス(Hugging Face)などの一般的なオープンソース人工知能(AI)プラットフォームを使用することで、それらのモデルの大部分にアクセスできる。そこで私は、実用的なガイド記事を公開した。この記事には利用可能な12の中国主要LLMチャットボットと、世界のどこからでも数分で簡単にアクセスする方法がリストアップされている。

これらのモデルを使って実験していると、すぐにある事実が明らかになった。中国のAI企業の多くは自社製品へのアクセスに対し、欧米企業に比べ高いハードルを設定している。だが、AIモデルをオープンソース化する傾向によって、海外のオーディエンスがこれまでよりもアクセスしやすくなっているのだ。

たとえば、「クウェン(Qwen、中国名:通義千問)」の例を見てみよう。クウェンはアリババ(Alibaba)の主力AI基盤モデルである。バイドゥ(Baidu:百度)やバイトダンス(ByteDance)、テンセント(Tencent)といった国内の競合企業とは異なり、アリババはクウェンをオープンソースモデルとして提供し、開発者や商用クライアントが無料で利用できるようにすることを選択した。

今年6月のメジャーアップデートを受け2.0となったばかりのこのモデルは、国際的に多くの評価を獲得してきた。すべての主要オープンソースLLMの性能を比較するハギング・フェイスの最新ランキングでは、クウェン2がメタの「ラマ3(Llama 3)」やマイクロソフトの「ファイ-3(Phi-3)」を抑えて1位にランクされた。

同様に、ディープシーク(DeepSeek)や01.AIなど中国のいくつかのスタートアップ企業も、自社モデルをオープンソース化することを決めており、そのLLM製品の性能も上位にランクインしている。そのような企業は、中国内外の人々にモデルを無料で提供している。

そこで自然に浮かび上がってくる疑問は、その理由だ。オープンソースAIが意味することとは? そして、なぜそれらの企業は自社モデルのオープン化を進め、アクセスしやすくすることが、ビジネス上の良い判断となることに賭けているのだろうか?

アリババの場合は、クラウド事業を成長させるための戦略であると、インターコネクティッド・キャピタル(Interconnected Capital)の創業者であるテック投資家のケビン・シューは言う。「経済の観点からシンプルに考えると、アリババのオープンソース・モデルが普及すれば、同社のオープンソース・モデルを使ってAIアプリケーションを構築するためにアリババクラウドを利用する人が増えます。アリババクラウドにビジネス上のメリットがあることは明らかです」。

独自モデルを一般に公開したり、中国のAIコミュニティが集結することを期待してハギング・フェイスを模倣したオープンソース・プラットフォームを構築したりするなど、アリババがオープンソースAIで実行してきたすべてのことは、アリババクラウドの利用者を増やし、サーバー利用料を支払ってもらうという目的にかなう。

クラウド・ビジネスを手掛けていない中国のAIスタートアップ企業にとっても、オープンソースAIは商業化をスピードアップさせるための実証済みの戦略を提供する。開発面では、メタのLlamaのような定評のあるオープンソースモデルを改造することで、製品開発プロセスを加速できる。市場面では、主流から抜きんでるために役立つかもしれない代替的なモデルアーキテクチャの考案を後押しする圧力となる。

「現在、欧米のAI業界では、AIモデルをより良くする方法について考え方が非常に固定的になりがちです。単により多くのデータを追加して大規模にするというものです」と、サンフランシスコに住むオープンソースAIプラットフォーム、リカーサルAI(Recursal AI)の創業者、ユージン・チェアは言う。オープンAIやグーグルがコンピューティングリソースにおいて圧倒的な優位性を持っている以上、LLM業界の小規模な後発企業がAI競争に参戦し、「GPT-4」や「ジェミニ(Gemini)」に匹敵するモデルを開発することは極めて難しい。

中国企業にとって、この問題はさらに深刻である。米国の輸出規制のせいで、中国企業は最先端のチップを手に入れるのが困難となている。「GPU不足という制約に縛られているせいで、中国の企業グループはモデルを改善するために、積極的に大胆なアイデアの実験をしていると私は考えています」と、チェアは言う。「そのうちのいくつかが、結果をもたらしています」。そうして開発された訓練コストや利用コストの安い効率的なモデルは、予算に敏感な顧客にとって魅力的なものとなり、中国企業が巨大AI企業と同じ市場でニッチな領域を見つけるのに役立つ可能性がある。

なぜそれが重要なことなのか? 1つの理由は、それらのオープンソースAIモデルが、オープンAI(OpenAI)やマイクロソフト、グーグルといった資金力のある企業に業界が支配されていない別の未来を提示しているからだ。そしてまた、中国の科学者や企業が、欧米の競合製品に勝ることさえあり得る最先端のオープンソースLLMを生み出せることも示している。

サンフランシスコのスタートアップ企業であるアバカス AI(Abacus AI)は今年、アリババのオープンソースモデル、クウェンを改造・微調整したモデルを発表したと、シューは指摘する。このモデルは、「解放されたクウェン」とさえ呼ばれている。

中国のAI企業が、米国のスタートアップ企業の開発基盤となり得る高性能なモデルをリリースすることは、オープンソースAIの最良シナリオの一例である。「そうなることで、誰もがお互いの製品を基盤に開発を進められるポジティブな発展ループのようなものが完成します」と、シューは言う。「中国企業が米国から優れたものを取り入れるという単一の方向性だけでなく、物事の流れが逆方向にも戻りつつあるのです」


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異常気象で災害NPOが資金難

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災害救援のための資金や物資を配分する政府の取り組みにもかかわらず、異常気象事象の発生頻度と激しさが、シュグアン・レスキュー・アライアンス(Shuguang Rescue Alliance)のような組織のリソース不足を引き起こしてきた。シュグアンは7月までに、2024年の予算全体の80%を使い果たしてしまった。さらに、資金集めの担当者たちは、災害の発生が増えたことで、一般市民が別の目的で新たな寄付を求められることに疲れてしまっていると指摘する。今年は災害後に一般市民や企業から集まった寄付の額が以前の10分の1まで減少し、資金不足の状況を悪化させている。

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ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。
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