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長寿クリニックは儲からない? 世界調査で分かった意外な実態
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Longevity clinics around the world are selling unproven treatments

長寿クリニックは儲からない? 世界調査で分かった意外な実態

抗老化、長寿を謳うクリニックが世界的に増えている。だが、年間1万〜15万ドルもの料金を顧客から徴収するにもかかわらず、6割以上が利益を上げていないことが最新の調査で判明。未検証の幹細胞治療や適応外処方薬の提供、美容医療との境界のあいまいさなども明らかになった。 by Jessica Hamzelou2025.04.22

この記事の3つのポイント
  1. 長寿クリニックは長寿医学の発展を目指すが実態は複雑だ
  2. 多くのクリニックが美容治療や未検証の治療を提供している
  3. 高額な料金にもかかわらず多くのクリニックは利益を上げていない
summarized by Claude 3

長く健康的な人生を、あるいは不死をも求める探求は、おそらく人類の歴史とほぼ同じくらい古いものだが、現在ほど熱を帯びたことはないだろう。今日、私のニュースフィードには、長生きするのに役立つという食事法、運動法、サプリメントに関する主張であふれている。

もちろん、そのほとんどはマーケティング上の誇大広告だ。健康的で植物性の食事と適度な運動が良好な体型を維持するのに役立つことは、かなり明白なはずだ。そして、人間の寿命を延ばすことが証明された薬や サプリメントは、まだ存在しない。

長寿医学という近年の発展分野は、身体的・精神的・社会的に良好な状態の維持を目指しているようだ。 血液検査やスキャンといった臨床医学の確立されたツールと、生物学的年齢を測定する検査などの実験的なツールを組み合わせることで、これらのクリニックは顧客の健康と長寿の改善を支援すると約束している。

だが、業界の最新情報と研究成果を発表している団体が世界中の長寿クリニックを調査したところ、より複雑な実態が明らかになった。実際、これらのクリニックは、大半が超富裕層のみを対象としているが、提供しているサービスは千差万別である。

今日、長寿クリニックの数は数百に上ると考えられている。これらのクリニックの支持者は、それらが医学の未来を表しているという。「私たちは患者の治療のあり方に関して新たなルールを書き記すことができるのです」。バック老化研究所(Buck Institute for Research on Aging)のエリック・ヴァーディン所長は昨年の専門家会議でこう述べた

長寿産業を追跡する企業「ロンジェビティ・テクノロジー(Longevity.Technology)」を運営するフィル・ニューマンによると、世界中で320カ所の長寿クリニックが運営されている。複数の国際的な拠点を運営しているクリニックもあれば、提供する治療に「長寿」の要素を取り入れている単独の「開業医」もいるという。これらのクリニックがどのようなサービスを提供しているのかをより詳しく知るために、ニューマンらは米国、オーストラリア、ブラジル、欧州とアジアの複数の国を含む世界82カ所のクリニックを対象に調査を実施した。

結果の一部はそれほど驚くべきものではない。クリニックの4分の3が、顧客の大半が44歳から59歳のX世代だと回答している。これは理にかなっている。多くの人々がこの年齢の頃から老化の影響を感じ始めるという経験則があるからだ。また、ある研究によると、老化に関連する分子レベルの変化の波は40代と60代に訪れることが示されている(長寿分野のインフルエンサーであるブライアン・ジョンソン、アンドリュー・ヒューバーマン、ピーター・アティアもこの年齢層に属している)。

また、多くのクリニックが美容治療を提供しており、患者が見た目の年齢を重視している。これも驚きはなかった。調査対象のクリニックのうち、28%がボトックス注射を提供しており、35%が脱毛治療を、38%が「顔の若返り施術」を提供していると回答した。「長寿医療と美容医療の区別は依然としてあいまいです」。民間の長寿クリニックの共同創業者で、シンガポール国立大学の教授であるアンドレア・マイアーは報告書の解説でこう述べている。

マイヤー教授はまた、長寿クリニックの臨床基準と信頼性を確立することを目的として設立された団体「健康長寿医学協会(Healthy Longevity Medicine Society:HLMS)」の元会長でもある。調査のその他の結果は、これがどれほど難しい課題であるかを浮き彫りにしている。多くのクリニックがまだ未検証の治療を提供しているのだ。例えば、3分の1以上のクリニックが幹細胞治療を提供していると回答した。それらの治療が人々の寿命を延ばすのに役立つという証拠はない。そして、リスクがないわけでもないのだ

ほとんどのクリニックが、適応外の処方薬も提供している。これには少し驚いた。 言い換えれば、特定の医療問題のために承認された薬が、老化のために処方されているようだ。これも、リスクがないわけではない。すべての薬には副作用がある。そして、繰り返しになるが、それらのどれも、人間の老化を遅らせたり、逆転させたりすることが証明されていない。

そしてこれらの処方は、認定された医師から出されているのだ。80%以上のクリニックが、10年以上の臨床経験を持つ医師によって監督されていると報告している。

高額な料金にもかかわらず、これらのクリニックのほとんどが利益を上げていないという。これも少し驚きであった。米国フロリダ州とプラハでクリニックを運営する企業「ファウンテン・ライフ(Fountain Life)」によると、顧客が長寿クリニックに通う年間コストは1万ドルから15万ドルの間だという。しかし、調査対象のクリニックのうち、利益を上げていると回答したのはわずか39%で、30%が「損益分岐点に近づいている」と回答し、16%が赤字で運営していると回答した。

長寿クリニックの支持者は、この分野に大きな期待を寄せている。彼らは長寿医学を、反応的な治療から予防的な健康維持へ移行する、革命と捉えているのだ。しかし、今回の調査結果は、彼らの目指す道のりがいかに長いものであるかを示していると言えそうだ。

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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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