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AI企業が米国の教育現場に猛アタック、教員向けに研修へ
Stephanie Arnett/MIT Technology Review | Getty Images, Adobe Stock
AI’s giants want to take over the classroom

AI企業が米国の教育現場に猛アタック、教員向けに研修へ

オープンAI、アンソロピック、マイクロソフトは米国の教員組合と提携し、教育現場へのAI導入を支援すると発表した。教員向けに研修を提供する計画だが、期待した効果は得られるだろうか。 by James O'Donnell2025.07.20

この記事の3つのポイント
  1. 米国でAI企業3社が教員組合と2300万ドルのパートナーシップを発表した
  2. 全米AI指導アカデミーを設立し教師にAI活用方法を訓練する取り組みを開始
  3. AI企業は利益追求が目的だが教育効果の明確な証拠は不足している状況だ
summarized by Claude 3

米国の学校は夏休みの真っ只中だが、多くの教師たちは来たる新年度に向けて、人工知能(AI)をどのように活用するか、計画している。

7月8日、オープンAI(OpenAI)、マイクロソフト(Microsoft)、アンソロピック(Anthropic)は、米国最大級の教員組合の1つと2300万ドルのパートナーシップを発表した。K-12(日本版注:幼稚園から高校3年生までの13年間の初等・中等教育期間)の教育現場へのAI導入の促進を目指す「全米AI指導アカデミー(National Academy for AI Instruction)」と呼ばれるこの取り組みは、ニューヨーク市の本部で教員に対し、授業での使用と授業計画やレポート作成などの業務の両方でAIを活用する方法を訓練する。取り組みはこの秋に開始される。

これらの企業は厳しい戦いに直面する可能性がある。現在、米国市民の大部分は授業でのAIの使用について否定的に捉えている。批判的思考を鈍らせ、集合的な注意力の衰退を早める確実な方法だと考えているのだ。例えば、ニューヨーク(New York)誌では、チャットGPT(ChatGPT)を常時利用することで大学生活をいかに楽に過ごせるかが書かれた記事がバズっている。

批判が殺到する中、AI企業は、AIがより個別化された学習、より迅速で創造的な授業計画、そしてより速い採点を約束すると主張している。もちろん、今回の取り組みを支援しているAI企業は、ただの善意からそうしているわけではない。

利益を追求するAI企業の目標は、教師と学生をユーザーにすることである。アンソロピックは大学に対してAIモデルを売り込んでおり、オープンAIは教師向けに無料コースを提供している。ニューヨーク・タイムズ紙によると、新設された全米AI指導アカデミーによる教師向けの最初の研修会では、マイクロソフトの代表者が、授業計画や電子メールに同社のAIツールを使用する方法を教師に説明したという。

AIが学生の役に立っているのか? それとも悪影響を与えているのか? まだ初期段階ではあるが、エビデンスには実際、どのようなものがあるのだろうか。テクノロジー企業の主張を支持するデータは、少なくともいくつか存在する。1500人のティーンエイジャーに対してハーバード大学教育大学院が実施した最近のサーベイ調査では、子どもたちがAIを使ってブレインストーミングを実施し、教室で質問するのを恐れている疑問に答えを得ていることが示された。ナイジェリアの数学の授業からハーバード大学の物理学の講義まで、さまざまな環境を調査した研究では、AIチューターが学生をより積極的に学習に取り組ませることができる可能性が示されている。

しかし、話にはさらに続きがある。前述したハーバード大学のサーベイ調査では、子どもたちがカンニングや手抜きをするために、AIを頻繁に使用していることも明らかになった。そして、AIに依存することで批判的思考力が低下する可能性があることが判明したとするマイクロソフトの論文もしばしば引用されている。大規模言語モデルの仕組み上、不正確な情報による「ハルシネーション(幻覚)」が避けられない現象であるという事実は言うまでもない。

AIが学生にとって純粋な利益となり得るという明確な証拠は不足している。全米AI指導アカデミーに資金を提供するAI企業が、AIを使用すべきでない場面についても正直な助言を与えるかどうかは疑わしいものだ。

同アカデミーの立ち上げをめぐる大々的な宣伝と、最初の教師研修がわずか数カ月後に予定されているという事実にもかかわらず、オープンAIとアンソロピックは具体的な内容については何も公開できないという。

教師たち自身がAIへのアプローチ方法にすでに取り組んでいないわけではない。ニューヨーク州の22の農村部学区をカバーする図書館システムを率いているクリストファー・ハリスは、そのような教師の一人だ。ハリスは、AIリテラシーを目的としたカリキュラムを作成した。トピックは、スマートスピーカーを使用する際のプライバシー(小学2年生向け)から、誤情報とディープフェイク(高校生向け)まで多岐にわたる。私はハリスに、新しい全米AI指導アカデミーに期待するカリキュラムについて尋ねた。

「真の成果は、AIがどのように機能し、どのようにツールとして使用できるかについての理解に十分な自信を持ち、学生にもその技術について教えられる教師を育成することです」。避けるべきことは、ツールや事前に構築されたプロンプトに過度に焦点を当て、その仕組みを知らないまま教師に使用を指示することである。

しかし、学校がAI時代において学生を評価する方法を調整しなければ、これらすべては無駄になるであろうとハリスは指摘する。「より大きな問題は、AIによるカンニングに直面して、学生の課題に出して評価する基本的なアプローチを転換することです」。

この新しい取り組みは、180万人の組合員を代表する米国教員連盟(American Federation of Teachers)と、ニューヨークで20万人の組合員を代表する統一教員連盟(United Federation of Teachers)によって主導されている。これらの団体を味方につけられれば、テック企業は何百万人もの教師がAIについて学ぶ方法に対して大きな影響力を持つことになる。しかし、7月6日の公開書簡に署名した数百人をはじめとして、AIの使用に完全に抵抗している教育関係者もいる。

その一人である南カリフォルニア大学のヘレン・チョイ准教授は、「教育関係者は教室で使用するツールを精査し、誇大宣伝を見抜く義務があると思います」と話す。チョイ准教授は、「有用で安全かつ倫理的であることがわかるまで、私たちは、教育を念頭に置いて教育者によって設計されていない大規模言語モデルのようなツールの大量導入に抵抗する義務があります」と警告する。

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自律自動車や外科用ロボット、チャットボットなどのテクノロジーがもたらす可能性とリスクについて主に取材。MITテクノロジーレビュー入社以前は、PBSの報道番組『フロントライン(FRONTLINE)』の調査報道担当記者。ワシントンポスト、プロパブリカ(ProPublica)、WNYCなどのメディアにも寄稿・出演している。
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