KADOKAWA Technology Review
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A Big Step Forward in the Quest for a Better Painkiller

副作用のない鎮痛剤を創薬
人類は痛みから解放される?

オピオイド系鎮痛剤の痛みを消す効果を保ちながら、依存性のない新薬が開発された。 by Adam Piore2016.08.17

身体的依存、便秘、命に関わることもある呼吸障害といった副作用のない、強力な鎮痛効果を持つと考えられる合成オピオイドの有望な鎮痛薬が新たに考案された。

17日のネイチャー誌に詳細な論文が発表された新薬「PZM21」を発見するために、カリフォルニア大学サンフランシスコ校薬学部の研究チームは、4兆件におよぶ脳内の「モルヒネ受容体」間の異なる化学的相互作用について、さらには400万件近くの市販薬剤化合物の仮想ライブラリーでシミュレーションを実施した。その中から最も理想的な候補を選び、3つの研究機関の研究者グループとの共同マウス実験により、望ましい作用を持つ化合物の開発に取り組んだ。

「オピオイドは呼吸障害を引き起こす可能性があり、呼吸ができなければ死に至ります。私たちが目指したのは、副作用がない分子構造を考案することでした」と論文の上席共著者でカリフォルニア大学サンフランシスコ校薬学部のブライアン・ショイチェット教授(薬化学)はいう。

論文を発表した科学者グループは、ベンチャーキャピタルKPCB(クライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズ)の出資で新会社エピオダインを立ち上げ、鎮痛薬の開発を進める。

今回の研究成果は、オピオイドの痛みの感覚をまひさせる作用と、致命的あるいは常習性をもたらす副作用を分離する、現在進行中の取り組みで、最新かつ有望な進歩だ。米国ではオピオイド関連の死亡例や依存例が多発しているため、この取り組みは、緊急性を要する状況だ。(「鎮痛剤で年間2万人弱が死亡米国型医療の闇」参照)。副作用のない新たな鎮痛薬の開発は、数多くの取り組みが進行中で、現在似たような化合物で人を対象とした治験も進められている。

Brian Kobilka, a Stanford University Nobel Laureate, is among the researchers behind the drug discovery.
スタンフォード大学のブライアン・コビルカ教授(2012年のノーベル化学賞受賞者)も新薬発見に取り組むメンバーの一員

米国では約1億人が慢性的な痛みに悩まされており、国立薬害研究所によると、慢性痛に対して麻薬性鎮痛薬を処方された人の最大8%が中毒になる。2014年に米国でオピオイドの過剰摂取が原因で亡くなった人は1万8000人以上、1日当たり約50人、2001年の死亡者の3倍超だ。死者数には痛みを抑えるためにヘロインを始めた鎮静薬依存者は含まれない。米国疾病予防管理センターは最近、この問題の大きさを1980年代のHIV大流行になぞらえた。

科学者グループが執筆したネイチャー誌の論文は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のブライアン・ショイチェット教授、スタンフォード大学のブライアン・コビルカ教授(ノーベル賞受賞者)、北カリフォルニア大学のブライアン・ロス教授( オピオイド薬理学研究の第一人者)、フリードリヒ・アレクサンダー大学エアランゲン=ニュルンベルクのピーター・グマイナー教授(医薬品化学の第一人者)などの長年にわたる共同研究から生まれた。

今回の研究報告では、新薬開発を容易にする重要な2つのイノベーションについて紹介している。2007年にコビルカ教授は新たな方法「Gタンパク質共益受容体(GPCRs)」を開発し、脳内のタンパク質の種類について正確な原子構造をマッピングできるようなった。(コビルカ教授は、この研究で2012年にノーベル賞を受賞した)。GPCRsは細胞の内側と外側にまたがっており、人間が痛みを感じる神経インパルスといった、体内のどこかの場所から発せられる生化学的信号に対する脳細胞の反応力について、重要な役割を担っている。

一方ショイチェット教授は、さまざまな薬品が分子レベルでどのように脳と相互作用するかをシミュレートできるコンピューター・プログラムの構築に、およそ30年間取り組んできた。ネイチャー誌の論文用の分析では、ショイチェット教授のデータベースには、300万~400万件の市販薬の化学構造が登録されていた。

ショイチェット教授とコビルカ教授は、スタンフォード大学の研究チームが初めてGPCRsマッピングの新技術を開発した2007年から、共同研究を続けている。このようなことから、コビルカ教授の指導を受けたスタンフォード大学のアシシュ・マングリック講師が、初めてコビルカ教授の手法を使ってオピオイドによって活性化されるレセプターの原子構造をマッピングしたことは、理想的なタイミングだった。

オキシコンチンやヘロイン、モルヒネといったオピオイドは、神経細胞が集まる接合部にあるMUレセプターとして知られる部分に結合することで、魔法のような作用をもたらす。結合によって、細胞の興奮が抑制されることで、体の末端にある神経線維が痛みの信号を脳で処理するために送っても、人間に痛みを感じさせるニューロンが反応しなくなるのだ。

しかし、MUレセプターは痛みを感知する脳の中心機能ではない。MUレセプターは、痛みとは無関係の、体中のあらゆる接合部にも存在する。つまりオピオイドによって、体の別の場所にも影響が及び、様々な副作用が引き起こされるのだ。

課題は、副作用につながるタンパク質を活性化させることなく、痛みの感覚をまひさせるタンパク質を活性化する、新種の薬剤化合物を見つけることだ。マングリック講師は、ショイチェット研究室の別の卒業生と共同で、望ましくない副作用が発生しない物質を発見することを目指し、さまざまな薬品がレセプターとどのように相互作用するかをシミュレートするために、データベースを構築した。その結果、PZM21がこの性質を備えているようであることがわかったのだ。

「バーチャル・スクリーニング・テクノロジーのおかげで、400万件という膨大な化合物の山から、この結果を導き出せました」と、論文の共著者であるスタンフォード大学のコビルカ教授はいう。

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