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Using Government to Spur Innovation

産業政策はイノベーションを加速できる

産業政策を成功させることは困難だが、正しく成功した場合、重大な問題を解決する素晴らしい手段となる。 by Jason Pontin2016.10.19

産業政策は「長い対立の歴史」であると、デビッド・ロットマンは「資本主義の愚行」で書いている。政府の狙いが、産業政策を策定することで「望ましい目標を達成するためのイノベーションと成長」へ導くことならば、こうした政策はたびたび失敗している。

「産業政策の歴史には問題が付き物だったと、産業政策の擁護者たちでさえ同意するでしょう」とロットマンは認めている。ハーバード大学の経済学者であるダニ・ロドニックがいうように、産業政策は多くの国で「間違いなく効果があった」ことであり、環境保護テクノロジーを促進した一方で、高くついた政策の失敗やコンコルドのような「無用の長物」を連想させる。コンコルドは美しい旅客機だが、フライトのたびに損失を出すイギリスとフランスの航空宇宙産業の象徴だった。ごく最近では、太陽光パネル製造会社のソリンドラのように、政府の期待を受けながらも倒産した会社を対象にしていたオバマ大統領の景気刺激策が、産業政策を成功させることがいかに困難であるかを示している。

産業政策の困難さは別の話からも見て取れる。ピーター・バローズの記事「イーロン・マスク主演『ハウス・オブ・カード』シーズン2」には電気自動車の会社であるテスラに200万ドル以上の株式で太陽光パネル事業者ソーラーシティを買収させるイーロン・マスクCEOの大胆な計画が書かれている。マスクCEOからすればこれは魅力的な計画なのだ。「この合併会社は消費者向けの電力を生み出します。この電力は、スタイリッシュな屋根に取り付けられた太陽光パネルによって作り出され、テスラのバッテリー・モジュールに蓄えられるのです。当然、テスラの自動車はこの電力の一部を利用します」。しかし、テスラもソーラーシティも利益がほとんど上がらないベンチャー企業だ(テスラは過去5年間でソーラーシティの損失よりもずっと多い、25億ドルの損失を出している)。また、合併によってこの2社が利益を上げるようになるとは限らない。

テスラとソーラーシティは潜在顧客の需要を喚起するために策定された連邦政府や州政府によるさまざまな政策から利益を得ている。テスラの自動車にかかる費用は7500ドルの連邦税額控除や州の別の助成金によって安くなる(便利なことにテスラは自社のWebサイトにこうした全ての特典を載せている)。また、テスラはカリフォルニア州の低公害車控除といった直接的な補助金も享受している。同様に、ソーラーシティの太陽光パネルは太陽エネルギー投資税額控除や州による助成金を得られるため、住宅所有者にとって魅力的な投資先になっている。政府の目標が電気自動車や再生可能エネルギーへの移行を支持することであるならば、こうした政策は多かれ少なかれ擁護できる。しかし、こうした政策が有効に機能するかは未知数だ。テスラとソーラーシティの不採算性は役員による経営戦略であり、公開市場による甘やかしであって、助成金や補助金のせいにはできない(それでも、疑い深い評論家は、テスラやソーラーシティが存在しない場合、こうした損失は許容されるだろうかと疑問に思っている)。

テスラやソーラーシティが享受している別の利点には驚くだろう。金融危機の最中にあった2009年、テスラは米国政府から4億6500万ドルに及ぶ低金利ローンを受けた。貸付から納税者は何の利益も得られなかったし、貸付がなければテスラは倒産していただろう。ソーラーシティの事例はさらに目を引く。雲に覆われたバッファローにあるギガファクトリーは高度な製造業の雇用を地元に生み出すニューヨーク州の目標を直接的に表したものだ。ロットマンによる以前の記事 (”Paying for Solar Power“)によれば、「バッファローはニューヨーク州のバッファロー・ビリオン助成金を利用して経済の再生を活発にしようとしている。この助成金はアンドリュー・クオモ州知事が主導する長年にわたる再開発計画だ。ニューヨーク州の太陽光工場を中心とした野心的政策で、こうした工場の建設や配備にニューヨーク州は7億5000万ドルを費やす。ソーラーシティはこの計画から基本的には金利なしで資金を借りる。そして今後10年かけて、50億ドルを浪費することに全力を尽くす」という。少なくとも、イーロン・マスク主演『ハウス・オブ・カード』の不安定さのいくつかは安易な政策が原因であることは確かだろう。

優れた政策は重大な問題を解決できる。市場の失敗が存在するときは特にそうだ。たとえば、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの外部性(取引結果が、取引の当事者以外にも影響を及ぼすこと)に対処する場合などだ。ゲノム計画やインターネットなど、世界でも最も重要なイノベーションは、政府の戦略を背景にした公的資金を受けた研究によるものだ。政策は経済成長を促進できる。しかし、連邦政府や州政府がテスラやソーラーシティに試みているようなことをいくつか実施した際には、産業政策は面倒なことになるのである。

まず、政府は勝者を予想する際に下手な判断を下すことで悪名高い。よく設計された規則や手順なしには、企業への投資は政治的な気まぐれの結果となることが多く、投資を終わらせることが困難になる可能性がある。次に、政策の目標は明確に定義され、競争相手が存在してはならない。製造業の雇用創出、太陽光エネルギーや電気自動車の奨励といった目標を組み合わせたり、国際的に競争させたりすることは、たいていの場合、どの目標も実現しない結末につながりやすい。

筆者に対して意見がある場合はjason.pontin@technologyreview.comまでメールしてほしい。

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ジェイソン ポンティン [Jason Pontin]米国版 編集長兼発行人
MIT Technology Reviewの編集長兼発行人です。編集部門だけではなく、プラットフォームの開発、紙とデジタルの会社の全般的な事業戦略、イベントまで担当しています。2004年にMIT Technology Reviewに参画する以前は、休刊してしまったバイオテクノロジー誌の創刊編集長でした。1996年から2002年までは、レッド・ヘリング誌(ウォールストリートジャーナルには「ドットコムブームの聖典」と呼ばれました)の編集者でした。育ったのは北カリフォルニアで、母はサンフランシスコのレストラン向けに狩猟鳥を育てていました。ただし、教育を受けたのはイギリスで、ハロウスクールとオックスフォード大学で学びました。その結果、私の英語のアクセントはあり得ないくらいに変わってしまいます。
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