KADOKAWA Technology Review
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マステン・スペース
世界でもっとも小さな
ロケット企業の物語
SPENCER LOWELL
ビジネス・インパクト Insider Online限定
The world’s smallest big rocket company

マステン・スペース
世界でもっとも小さな
ロケット企業の物語

マステン・スペース・システムズ(MSS:Masten Space Systems)のデイブ・マステン最高技術責任者(CTO)は、砂漠の真ん中でわずかな資金をもとにロケットを作っている。2004年の創業以来、幾度もの危機を乗り越え、月を目指し続けるマステンCTOらの挑戦の軌跡。 by Haley Cohen Gilliland2019.09.04

デイブ・マステンは、コンピューターの画面を見つめていた。目の前には、ドライバーやティーバッグ、使い古してボロボロになった物理学の専門書が無造作に置かれている。「誰か、一緒に見ないか?」と声をかけるが、返事はない。2019年4月11日木曜日、正午になるところだ。マステンは、南カリフォルニアの高地砂漠にあるモハーヴェ空港兼宇宙港に構える、通常よりも4倍大きいトレーラーハウスを転用したみすぼらしいオフィスを見回したが、誰もいなかった。

珍しいことではない。共同創業者でもあるマステン最高技術責任者(CTO)が2004年に設立したロケット開発会社マステン・スペース・システムズ(MSS:Masten Space Systems)の全従業員は15人だ。モハーヴェを拠点とする7人は、概して胸に「I need my space(宇宙が必要だ)」などと書いてあるTシャツを着た若者で、机で方程式を解いたり、NASAなどの顧客向け提案書を練ったりしている。しかし、そうした作業よりも、ほこりっぽい駐車場の向こう側にある米軍の格納庫を転用したスペースでロケットをいじり回していることの方が多い。

マステンCTOは画面に向き直った。民間資金を得たイスラエルの非営利組織「スペースIL(SpaceIL)」が開発した月探査機「ベレシート(Beresheet)」の様子をストリーミング中継していた。2019年2月、ベレシートはスペースX(SpaceX)のファルコン9(Falcon 9)ロケットによって打ち上げられ、4月第1週、月への着陸準備のため、月を周回していた。ベレシートが問題なく着陸すれば、民間の月着陸船としては初の月面着陸となっただろう。

ベレシートが降下していく様子がスペースILのネット中継に映し出されると、別ウィンドウでチャットするマステンCTOに緊張感が走った。目標着陸時刻の数分前、ベレシートの宇宙船の加速度と回転を測定する慣性計測装置との通信が途絶えたという声が聞こえた。

マステンCTOは舌打ちした。「失敗だな」。

ベレシートの月面着陸に対するマステンCTOの関心は、個人的なものだった。MSSは、自社の月面着陸船開発で忙しかったのだ。

MSSの着陸船「XL-1」は、長さ3.5メートル、幅3メートルを超えている。ルナ・カタリスト・プログラム(Lunar Catalyst:月面着陸に必要な技術を民間企業と共同研究するNASAのプログラム)を通したNASAからの(資金的支援ではないが)技術支援を受け、MSSは100キログラムの科学物資を月面に運び、12日間滞在するための月面着陸船を開発した。ロケット用推進剤が入った球状の3つのタンクが、華奢な着陸脚の上でバランスを取り、さらにその上には長方形の太陽光パネルが備え付けられ、まるでマッチ箱を背負った巨大なアリのように見える。タンクには、独自配合の数種類の非毒性の液体が入れられ、それらが混ざり合うと自発的に着火し、4つのメインエンジンと16の軌道修正用エンジンの動力源となる。これらのエンジンはすべて、この奇妙な形をした装置の側面にぶら下がっている。燃料を含まない総重量は675キログラムで、燃料搭載時の総重量は2675キログラムとトヨタのピックアップ・トラック「タコマ(Tacoma)」とほぼ同じだ。2018年後半、XL-1の簡素な構造と低コストが評価され、MSSはNASAの「商業月面物資輸送サービス(Commercial Lunar Payload Services:CLPS、『クリップス』と読む)」プログラムに参加する9社のうちの1社に選ばれた。

宇宙に行くには、これまで多額の費用がかかってきた。月着陸に関しては、さらに高額だ。CLPSに選ばれた企業の1つであるアストロボティック(Astrobotic)によれば、月面に到達するためには、1キログラムあたり120万ドルかかる(一般的に、他社はこういった数字の公表を控えている)。NASAは、最近(2019年3月)トランプ政権によって公表され驚かされたデッドラインの2024年までに、月への有人飛行を目指している。しかし、CLPSは民間企業が低コストで迅速に月まで到達できるかどうかを証明する試みだ。NASAは、月に輸送する物資への資金は提供するが、月に到達する宇宙船の設計や建造への資金提供はしない。CLPSは、月面配送サービスとしての機能を期待されているのだ。

MSSは、選定された9社の中で最も規模が小さい。最も規模が大きいのは、10万人の従業員を抱え、時価総額960億ドルを誇るロッキード・マーチン(Lockheed Martin)だ。NASAのCLPSへの2019年度予算は8000万ドルだが、プログラムが成功すれば、今後10年間で合計26億ドルに増加する可能性がある。CLPSに選定された企業は、一連の「タスク・オーダー(任務指示)」に関する入札資格が与えられる。ここで選ばれなければ支払いはゼロだ。契約に至ると、一定の金額を受け取り、月に到達する方法を考え出さなければならない。

2019年5月31日、最初のタスク・オーダー(合計2億5000万ドル以上)に3社が選ばれた。2020年9月に打ち上げ予定のオービット・ビヨンド(Orbit Beyond)、2021年7月に打ち上げ予定のアストロボティック、インテュイティブ・マシーンズ(Intuitive Machines)の3社だ。NASAのスティーブン・クラーク探査部門副局長補は、今後はタスク・オーダーによる、当初は年間約2回だったミッションが、2023年までに年間3~4回に増えるといった「良いリズム」になるだろうと話す。いずれのCLPS選定企業も、新しい打ち上げロケットの建造はしない。商用サービス企業のロケットによる軌道までの打ち上げ枠を購入するのだ。たとえば、オービット・ビヨンドやインテュイティブ・マシーンズは、スペースXのファルコン9で地球周回軌道に打ち上げる予定だ。

NASAは1972年以来、月に着陸船を1度も着陸させていない。人間に関しては言うまでもない。輝かしい過去を誇らしげにふり返っても、もはや意味がないのだ。ロッキード・マーチンでCLPSに取り組むデイブ・マロー部長は、「1960年代に残した旗と足跡は素晴らしいものでした。当時それは、国家として重要なことだったのです。ですがいまでは、持続可能なものが必要です」と話す。

健全な産業の発展の一翼を担うほど月旅行への需要があるかどうかは不明だ。それは、着陸船が何を月面で発見するかに、ある程度かかっている。NASA本部の有人月探査プログラムのマーシャル・スミス局長は、月の南極には豊富な水があり、ロケット燃料や宇宙飛行士の飲料水に変換できると考えている。

NASAのベテラン科学者(経済地質学者でもある)で、現在はエアロスペース・コープ(Aerospace Corporation)のディーン・エプラー月主任研究員は、そこまで確信していない。エプラー主任研究員は、月周回衛星はできるかぎり多くの情報を集めたと、エアロスペース・コープがコロラド州コロラドスプリングスで主催したフォーラムで語った。月で水を採掘できるかどうかを見極めるには「実際に、月に降り立たなければなりません」とエプラー主任研究員は話す。「だからこそ、CLPSが重要なのです。やっと始まりました。このプログラムがなければ極めて困難な道になったでしょう」。

アポロ計画の終了以来ずっと、NASAは効率的になろうと奮闘してきた。1992年から2001年までNASAを統括していたダニエル・ゴールディン元長官が「より速く、より良く、より安く」と掲げた取り組みは、現在ではいたるところで嘲笑の的となっている。2度にわたる火星ミッションの失敗や、7名の宇宙飛行士が犠牲になった2003年のスペースシャトル・コロンビア号の空中分解事故などは、この取り組みが原因だと非難されている。「航空宇宙業界にいる私たちは、こういった失敗が『ああ、本当に痛ましい』と思ったのです。同じ間違いを犯すつもりはありません」(マロー部長)。

同じ過ちを繰り返さず、そして資金を切り詰めるため、NASAは民間とのパートナーシップをさらに強めている。2006年初頭にNASAが発表した国際宇宙ステーション(ISS)への物資輸送契約の競争入札に関しては、CLPSに似た概念を用いたと、NASAのローリ・ガーヴァー元副長官は振り返る。

ISSへの物資輸送プログラムの発表を受け、スペースXはファルコン9打ち上げロケットの建造を加速した。開発費は約3億9000万ドルだった。NASAの予測によれば、NASAが打ち上げロケットを開発した場合、コストは17億ドルから40億ドルに膨れ上がる。だが、外部委託が成功を保証するわけではない。民間のサービス会社を活用して地球周回軌道に人間の乗組員を送る最近の取り組みは、NASAのプログラムが直面したのと同様の問題で遅延している。そしてガーヴァー元副長官は、外部委託で実行できるほど、月市場が大きいか疑わしいと疑問を呈している。

CLPSは、極めて合理化された手法を取る。CLPSの提案依頼書は、およそ12ページ。通常NASAとの共同研究に付随する終わりのないコンプライアンス要件を記した数百ページにわたる書類とは対照的だ。手続きの停滞がしばしば遅れの原因となっているため、契約構造は訴訟を起こせないように重要な詳細に絞って作られている。そしてNASAは、中小企業にチャンスを与える努力をしているようだ。MSSほど小さくはないが、最初のタスク・オーダーに選ばれた3社はすべて、航空宇宙業界では小さい方だ。ロッキード・マーチンを除けば、規模の大きい航空宇宙企業はマサチューセッツ工科大学(MIT)の一機関として1932年に設立された非営利法人ドレイパー研究所(Draper)だけだ。

NASAのジョンソン宇宙センター(JSC:Johnson Space Center)で、CLPSを管理しているクリス・カルバート主任技術者は、エアロスペース・コープのフォーラムで、「NASAで働く私たちが、プロセスをどのように変えるかを上層部に伝える絶好の機会かもしれません」と話した。ロッキード・マーチンとNASAに10年間ずつ務めたインテュイティブ・マシーンズのトレント・マーティンはもっと感情的だ。「本当に長い間、NASAの周りで仕事をしてきましたが、これまでとはまったく違います」。CLPSが構想通りに機能した場合、ロッキード・マーチンやドレイパー研究所のような大企業でも、コスト面やスピード面で小規模企業と競合できると証明しなければならないだろう。

ロッキード・マーチンにとって、CLPSは申し分のない契約だ。だが、中小企業にとってはリスクが高い。ディープ・スペース・システムズ(Deep Space Systems)のスティーブ・ベイリー創業者は、CLPSに「会社を賭けている」という。ロッキード・マーチンのマロー部長は、「持続可能な経済活動は、支配力や独占権を持つたった1つの企業からは生まれません。さまざまな長所や短所、さまざまなリスクに対する姿勢、そして率直に言えば、さまざまな成功確率を持つ多種多様な企業から生まれるのです」と話す。

NASAにとって、CLPSの効率的な機敏性は理想的だ。NASAのジム・ブライデンスタイン長官から、かなり下級の担当職員までが、NASAはこつこつと確実な進歩を遂げるよりも、迅速に「ゴールを決める」ことに関心があると述べている。 …

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