KADOKAWA Technology Review
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トランスヒューマニスト——
「永遠の命」を模索する人々
portrait by Ivan Kashinsky
生物工学/医療 Insider Online限定
The transhumanists who want to live forever

トランスヒューマニスト——
「永遠の命」を模索する人々

科学の進歩は、老化の研究にも大きな影響を与えている。そして、若返り、超長寿を望む人が増えている。自らの身体を使って実験をする民間の研究者や、研究に資金を提供し宗教化している高齢の富豪もいる。こうしたトランスヒューマニストたちは何を考え、何を目指しているのか。 by Antonio Regalado2020.01.09

「おいくつですか?」。ジェームズ・クレメントはそう尋ねた。

私は今年で50歳になる。骨がきしむ箇所は増え、肌には昔のような弾力性はなく、体はだぶついて、くすぐられても何も感じない。歯茎も弾性を失い、退縮してきた。こういった変化は、ゆるやかに、あるいはなぜか突然起こる。私の仕事である「文章を読む」という作業ができなくなった日もそうだった。老眼だと眼科医は言った。極めて正常な症状だ。中年なのだから。

だが、クレメントにとって、50歳という私の年齢はすばらしいニュースなのだ。「そうです。あなたは、永遠の命を手に入れられるのですよ」とクレメントはいう。「遺伝的リスクがなければ、50歳以下は全員、長寿への脱出速度に到達できると考えています」。

頭をそり上げ、大きな目をした63歳のクレメントは、エネルギッシュな男だ。多くのビタミン剤を摂取し、長生きする方法を模索している。彼自身や彼の両親のためだけでなく、私を含むすべての人類のためだ。クレメントは、フロリダ州ゲインズビルにある自宅やいくつかの離れ家を拠点として、「ベターヒューマンズ(BetterHumans)」を運営している。クレメントによれば、ベターヒューマンズは、世界「初のトランスヒューマニスト(超人間主義の人)の研究機関」だ。高齢の知り合いの富豪から資金を得て、クレメントはげっ歯類(ネズミ、リスなど)の健康寿命を延ばす医薬品を独自に研究している。電卓を叩いて人間に適切な投与量を推定し、それを服用してくれる人を見付けるのだ。

その結果、医薬品の投与量が安全で効用があるとクレメントが判断すれば、90歳台の自分の両親や資金提供者たちに勧めるつもりだ。「研究が予定通りに進んでいるとは思いません。動機は私の両親です。人類全体のための研究は、まあ、それほど急ぐ必要はありません」。

家のオープンキッチンも研究室と化していた。カウンターの上には、錠剤の入った瓶や、中国の業者から仕入れた白い粉末が半分ほど入った容器が置いてある。クレメントの非営利団体が「わずかな資金で」人間を研究するには、こういった安価なものが必要なのだ。

「すべてビタミン剤ですか」と私は尋ねた。

 

「いいえ、これは」とクレメントは容器が整然と並べられた4つの棚を開けながら話し続けた。「ケルプ、ガンマE、ポリコサノール、スーパーK、アセチル-L-カルニチン、DHA、ザクロ・エキスなどです」。別の棚には、夜に服用するカプセルが入っていた。クレメントは、一握り分の錠剤を一気に飲み込めるようになったそうだ。

加齢を未然に防ぐ行為に、リスクがないわけではない。私が取材した日は、クレメントが意識を失って大きく転倒して負った怪我がまだ治りきっていなかった。2年前、クレメントはペースメーカーを体内に埋め込むことになった。クレメントの深刻な心臓疾患は、ベルベリン根エキスという市販の栄養補助食品によって引き起こされたとクレメントは考えている。心臓の鼓動を遅くする作用(徐脈)を引き起こす可能性があるのだ。「この事実を人々に伝えるべきだと思うのです。世間に浸透しているとは限りませんから」。

脱出速度

トランスヒューマニズム(超人間主義)は、テクノロジーによって人間の状態を高めようとする思想の集まりだ。おそらく、根本的にはそうなのだろう。たとえば、エクストロピアンや、脳のアップローダー、バーチャル世界を描く芸術家、自分の体に電子チップを埋め込むつもりで個人で研究を進めるバイオハッカーなどがいる。ただし、共通のテーマは、超長寿への期待だ。

500歳はまだしも、110歳には到達したい。理論を唱えるだけのフューチャリストとは異なり、延命至上主義者は、自分の身体で実験する用意がある。その他、ビタミン剤や抗がん剤、化学メーカーから不法調達することでのみで入手できる化合物を使おうとする者もいる。

「人間への投与は想定していません」。私がフロリダで取材した元プラスチック製造業者のリチャード・デイリーは語った。すでに一線を退いているデイリーは、ペプチドを使った人体実験で自分の生物学的年齢が4年短くなったと主張する。科学論文が有望な物質を指し示すと同時に、「このコミュニティ」の誰かがその物質を手に入れる方法を見つけるだろうとデイリーはウィンクした。

近年、長生きすること、おそらく今までの想定よりもっとずっと長く生きることは、より現実味を増してきた。生物学者が生命の基本的な事実を明らかにするにつれ、今では浮き世離れしている学者たちも、老化の分子的な「特徴」が明らかになっていると主張している。少なくとも回虫や白いマウスなどを使った実験動物の段階では、寿命を一様に20%から30%延ばせる。

こうした手がかりをもとに、クレメントは棚の中の薬品を増やしている。これまでクレメントは、げっ歯類の健康寿命を延ばすと判明した方法を用いた小規模な4つの研究に対して資金を提供し指導してきた。研究内容は、免疫抑制剤のラパマイシンや、NAD+サプリ、老化細胞を根絶する化合物の組合せ、へその緒から取り出した高濃度の臍帯血の注射だ。クレ …

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