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CRISPR遺伝子編集ブタ、米FDAが承認 食肉として流通へ
Courtesy of Genus
The US has approved CRISPR pigs for food

CRISPR遺伝子編集ブタ、米FDAが承認 食肉として流通へ

米食品医薬品局(FDA)は、遺伝子編集技術クリスパー(CRISPR)を用いてウイルス耐性を持たせたブタを、食用に供することを承認した。早ければ来年にも流通する可能性がある。 by Antonio Regalado2025.05.08

この記事の3つのポイント
  1. 遺伝子編集技術CRISPRを用いて病気に強いブタが開発された
  2. FDAが食用として承認、来年にも米国市場に出回る可能性
  3. メーカーはメキシコ、カナダ、日本などでも承認を得たい考え
summarized by Claude 3

米国にいるブタのほとんどは工場畜産場に閉じ込められている。その中でブタは、子ブタを死に至らしめる厄介な呼吸器系ウイルスに感染することがある。この病気は、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)と呼ばれている。

数年前、英国の企業であるジーナス(Genus)が、遺伝子編集技術「クリスパー(CRISPR)」を用いてこの病原体に免疫のあるブタを設計することに着手した。この試みは成功しただけでなく、その豚が先月末、米国食品医薬品局(FDA)によって承認され、食用に供される準備が整った。

この豚は、非常に少数しか存在しない、食べることができる遺伝子組換え動物の1つに加わることになる。数が少ない理由は、作るのにコストがかかる上、規制上の障壁にも直面し、必ずしも利益を生むとは限らないためだ。例えば米国では、成長を早める遺伝子を組み込んだ遺伝子組換えサケの承認を得るのに20年かかった。しかし、このサケの開発企業であるアクアバウンティ(AquaBounty)は、2025年初めまでにすべての養魚場を売却してしまった。残った従業員はわずか4人で、誰も魚を売っていない。

それ以降、規制の緩和が進んだ。別の種からDNAを追加するのではなく、特にサケや多くの遺伝子組換え作物のように動物自身のDNAに手を加える遺伝子編集については、規制のハードルが下がった。

確かなのは、このブタのプロジェクトが技術的にすばらしく、科学的に賢いやり方であるということだ。遺伝子組換えブタの胚は編集によって、PRRSウイルスが細胞内に侵入するために利用する受容体が除去される。受容体がなければ感染もしない。

ジーナスの子会社ピッグ・インプルーブメント・カンパニー(Pig Improvement Company)のマット・カルバートソンCOO(最高執行責任者)によると、このブタはPRRSウイルスの既知の変異体の99%以上に対して完全な免疫がある。ただし、この防御策を突破する可能性のある稀な亜型が1つ存在する。

このプロジェクトは、2018年に中国で誕生した悪名高いCRISPRベビーにつながった研究と、科学的に類似している。中国のケースでは、科学者のフー・ジェンクイ(賀建奎=南方科技大学元准教授)が双子の女児の遺伝子を、HIVに耐性を持つように編集した。このケースでも、双子がまだシャーレの中の胚に過ぎないときに、受容体遺伝子を取り除くことが試みられた。

人間に対するそのような実験は不適切であると、広く非難された。しかし、ブタは話が違う。実験に関する倫理的な懸念は人間ほど深刻ではなく、ゲノムを変化させることの利益は、ドルやセントで測ることができる。ブタがPRRSウイルスに免疫を持てば、大きな金額の節約になる。PRRSウイルスは非常に感染が広がりやすく、米国だけでも年間3億ドル以上の損失を引き起こしているからだ。

世界的に見れば、多くの人は鶏から動物性タンパク質を摂取しており、豚と牛は2位と3位である。 2023年のある報告書では、食肉全体に占める豚の割合は34%と推定されている。世界中の10億頭の豚のうち、約半数は中国にいる。米国は2位だが、その数は8000万頭と大差をつけられている。

最近は、遺伝子組換え動物に関するかなり馬鹿げたニュースが多かった。コロッサル・バイオサイエンシズ(Colossal Biosciences)は、遺伝子編集を用いてオオカミを改変し、絶滅種のダイアウルフに似せたと主張した。さらに、暗闇で光るウサギを作ると話すバイオハッカーたちが運営する、「L.A.プロジェクト」と呼ばれる取り組みもある。彼らは、角を持つ馬を作り出すというストレッチ目標を持っている。そう、ユニコーンのことだ。

このどちらのプロジェクトも、有用性よりショーマンシップが重視されている。しかし、これらのプロジェクトは、科学者たちが哺乳類を改変する能力をますます高めていることを実証している。それは主に、新たな遺伝子編集ツールと、動物のDNAを覗き見ることができるDNAシーケンシングを組み合わせて利用できるようになったおかげである。

ウイルスの感染を阻止することは、CRISPRの利用方法としてはるかに優れている。また、ブタやその他の家畜を、アフリカ豚熱やインフルエンザなどの他の感染症にかかりにくくする研究も進行中である。人間はPRRSに感染しないが、ブタや鳥のインフルエンザには感染することがある。しかし、ブタや鶏を感染症に抵抗力を持つように改変できれば、時折危険なパンデミックを引き起こすことがある感染症の波及の可能性を減らせるかもしれない。

ジーナスのブタは、これまでに作り出された遺伝子組換え動物の中で、最も経済的価値のあるものになる可能性がある。つまり、食品システムへの到達に成功した初めてのCRISPR適用製品になるかもしれないのだ。FDAによる承認後、ジーナスの株式価値はロンドン証券取引所で数億ドルも跳ね上がった。

しかし、遺伝子編集ベーコンが米国で一般に販売されるようになるまでには、まだしばらく時間がかかる。ジーナスによれば、養豚場に売り込みをかける前に、米国産豚肉の大きな輸出市場であるメキシコ、カナダ、日本、中国でも承認を得る必要があるという。

カルバートソンCOOによれば、遺伝子編集豚肉は来年中にも米国市場に出回る可能性があるという。同COOは、ポークチョップやその他の食肉に、生物工学食品であることを示すラベルを貼る必要はないとの考えを示す。「私たちはどのようなラベル表示義務も承知していません」。

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アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
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