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Gene sleuths are tracking the coronavirus outbreak as it happens

新型コロナは世界にどう広がったのか? 遺伝子解析で追跡

科学者たちは、新型コロナウイルスの遺伝子変異をリアルタイムで追跡している。遺伝情報から、ウイルスの進化の様子や、各国に複数の経路で侵入している事実が明らかになってきた。 by Antonio Regalado2020.03.06

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がこれまでにない規模で世界的に広がる中、ウイルスの遺伝物質から、感染経路だけでなく、世界での広がり方や封じ込めに失敗した状況が、最終的に分かるかもしれない。

科学界では、ウイルスの感染拡大に伴う遺伝子変異を追跡することで、ほぼリアルタイムで系統樹が作成されている。この系統樹は、感染が国から国へ飛び火する様子を特定するのに役立つという。

ブラジルの科学者たちは、2月下旬に国内初の新型コロナウイルスの感染例を確認した際、すぐにウイルスの遺伝子配列を解読した。そして、すでにオンライン上で公表されていた150以上の配列(多くは中国からの情報)と照らし合わせた。

感染者はサンパウロ在住の61歳で、2月にイタリア北部のロンバルディア地方を旅行していたため、イタリアで感染した可能性が高いと思われていた。しかし、感染者のウイルスの遺伝子配列は、さらに複雑な履歴を物語っていた。それは、感染した状態で中国から来た渡航者が、ドイツでのアウトブレイクならびにその後のイタリアでの感染拡大に関連するというものだった。

ウイルスは流行と共に変異し、ゲノムの塩基がランダムに変わる。科学者たちは、そうした遺伝情報の変化を追跡することで、ウイルスの進化の様子や、最も密接に関連する事例を辿ることができる。最新の系統樹では、すでに多数の分岐が示されている。

新型コロナウイルスの遺伝子データは「ネクストストレイン(Nextstrain)」というWebサイトで追跡されている。ネクストストレインは、「病原体のゲノムデータの科学的・公衆衛生的な可能性を活用」するためのオープンソースの活動だ。科学者たちがすみやかにデータを投稿しているおかげで、アウトブレイクとしては初めて、ウイルスの進化と拡散がかなり詳細に、ほぼリアルタイムで追跡されている。

A visualization of the emerging coronavirus around the world.
世界各地で出現しているコロナウイルスの視覚化
nextstrain.org

ゲノムの探索は、封じ込め対策が失敗している場所を知るのに有効だ。各国が、1つだけでなく複数の経路でウイルスに直面していることも明らかになっている。そして最終的には、遺伝子データから、大流行の最初の発生源を突き止められる可能性がある。

「ブラジルでは、研究者が遺伝子データを用いて、最初の症例とその後に見つかった2番目の症例の間に密接な関連がないと示すことができました」と、オックスフォード大学のヌーノ・ファリア准教授は言う。2人の患者のウイルスから採取した遺伝子サンプルには、それぞれ別の場所で感染した可能性が高いことを示すだけの十分な違いが見られた。

「患者の渡航歴と組み合わせた結果、ブラジルで判明した2つの症例は、それぞれ別の経路で国内にウイルスを持ち込んだのだと分かりました」。自身の発見について、ファリア准教授はそう考察している

Jaqueline Goes de Jesus and Nuno Faria during a mobile study of the Zika virus in 2017. The researchers are now sequencing the new coronavirus.
2017年、移動しながらジカウイルスを調査するジャクリーン・ゴーズ・デ・ジーザスとヌーノ・ファリア准教授。2人の研究者は今、新型コロナウイルスの配列決定を行っている
Faria Lab

新型コロナウイルスに対するワクチンがまだないことから、専門家は、感染者の発見や隔離といった積極的な公衆衛生対策が、ウイルスを食い止める最大のチャンスになると指摘する。

その際、ウイルスの系統樹が役に立つ。ウイルスの広がりを追跡し、封じ込めに成功している場所と失敗している場所を特定するのだ。

遺伝子データからは、ウイルスがヨーロッパに複数回侵入していることがうかがえる。そして現在、(研究者は早期に発見したと考えていた)1月のミュンヘンのアウトブレイクは、実際には封じ込めに失敗した可能性があることが示唆されている。

「2月1日以降に関しては、新たな感染例の約4分の1(メキシコ、フィンランド、スコットランド、イタリアでの事例とブラジル初の症例)がミュンヘンのクラスターに遺伝的に類似しているようです」。フレッド・ハッチンソンがん研究センターの研究員で、ネクストストレインの作成にも関わったトレバー・ベッドフォード博士はそう述べている。

系統樹においてミュンヘンから分岐する枝の「患者1」は、ババリア(ドイツ南部の州、バイエルン)の33歳のドイツ人ビジネスマンで、1月24日に発症し、のどの痛みと悪寒を訴えた。症状が出る前に、上海から来た同僚と会っており、この人物も後にウイルス陽性が判明したという。

それから4日以内に、患者1の勤務する企業「べバスト(Webasto)」の従業員にさらに陽性が判明した。本社を閉鎖したが十分ではなかった。遺伝子データによると、ミュンヘンの事例はヨーロッパ全体のアウトブレイクのかなりの部分に関連している可能性があり、そこにはイタリアの3000件以上の症例も含まれるという。

「クラスターが特定され、「封じ込め」られたからといって、大流行になるまで気づかないような感染連鎖の発生源にならないわけではないという、極めて重要な学びを得ることが出来ます」と、ベッドフォード博士はツイートしている。

ウイルス追跡チームは、そのような事態がまさに米国のワシントン州で起きたのではないかと考えている。ワシントン州では、最初の感染例が6週間近く前に発見された。しかし、2月に新たな症例のウイルスの遺伝子配列を解読したところ、最初の感染例に特徴的な変異との共通点が見られた。

つまり、2つの症例は関連しており、その間ずっと新型ウイルスが米国内で静かに広がっていたことになる。以降、ワシントン州では27人の感染と9人の死亡が報告されており、中には適切な診断がなされないまま早期に亡くなった事例も含まれている。

ワシントン州のアウトブレイク以降、米国疾病予防管理センター(CDC)がウイルス検査の対象を制限したことで、実質的に専門家がアウトブレイクに関与できない状態となっていることに対して批判が起きている。

3月6日20時30分更新:一部誤字を修正しました。

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アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
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