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トランプ猛反対でも 「郵便投票」拡大が米大統領選に必要な理由
Simoul Alva
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America might survive coronavirus. But will the election?

トランプ猛反対でも 「郵便投票」拡大が米大統領選に必要な理由

新型コロナウイルス感染症の流行で米国大統領選挙が混乱している。投票所の混雑を避けるためには「郵便投票」の拡大が欠かせないが、トランプ大統領はこれに「不正の温床」と反発。かつて一度も延期されたことがない大統領選を予定どおり実施するには準備を急ぐ必要がある。 by Patrick Howell O'Neill2020.07.01

外出禁止令の最中、ほとんどの米国人は家にこもっていた。だが、郵便投票用紙の製造を手がけるランベック選挙サービス(Runbeck Election Services、アリゾナ州)のジェフ・エリントンCOO(最高執行責任者)にとって、今年はこれまでで最も忙しい年になりそうだ。同社はフェニックス市にある自社の8300平方メートルの施設に1巻約500キログラムのロール紙を20万本保管しており、さらにそれよりずっと多い量を発注済みだ。

エリントンCOOは、これまでに米国では実施されたことのない選挙方法に備えている。氏によると、同社は通常、21の州の投票用紙を製造・発送し、有権者が自宅で投票できるようにしている。現在、従業員たちは、ほとんどすべての州からの問い合わせに対応し、自宅の台所や庭、車の中などから電話会議やビデオ・チャットに参加している。だが数週間後には、再び会社での勤務に戻らなければならない。

選挙政治の仕組みは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のおかげで混乱に巻き込まれている。米国大統領予備選挙はいくつかの州で延期か、選挙形態が変更されて実施された。遊説や対話集会、一般大衆の注目喚起といった典型的な選挙活動は、多くの人命を脅かす未曾有の危機の時代においては不可能に思える。今のところ、11月の大統領選投票日に投票所に行くのが安全かどうかは分からないが、唯一はっきりしているのは、2020年の大統領選挙の実施は史上最大の挑戦になることだ。

危険な選択肢

最大かつ最も明白な問題は、どうすれば選挙を実施できるかだ。エリントンCOOやランベックの従業員だけでなく、政治家や各地の選挙対策部長、多数の有権者の最大の関心事であることは間違いない。

選挙を実施するための解決策は3つある。第一は、従来のように有権者自らが投票日に投票所へ出向いて投票する方法だ。

混雑する投票所は、良きにつけ悪しきにつけ米国民主主義の象徴だ。しかし、新型コロナウイルスの蔓延が秋まで続いたら(感染症の数理モデル作成者は、その可能性が高いとしている)、有権者を投票所に集めるのは投票者の健康だけではなく、公衆衛生を意図的に危険に陥れることになる。パンデミック(世界的な流行)の拡大にも関わらず予備選挙を実施したフロリダ州やカリフォルニア州では、比較的高齢で重症化しやすい選挙管理人や投票所作業員への感染例が多く報告されている。

「私は昨日、カリフォルニアの選挙管理人と悲しい電話をしました」。民主化基金(Democracy Fund)の選挙専門家であるタミー・パトリック上級顧問は話す。「選挙管理人の1人が、新型コロナウイルスに感染しました。しかし、選挙管理人の契約は予備選挙が終わるまでと全員はっきり理解しています。ですから、文字通り生きるか死ぬかの問題です。投票のために有権者自らが投票所ヘ出かけるのは、有権者自身が危険であり、投票所作業員も危険であり、選挙管理人や候補者も危険なのです」。

第二の選択肢は、投票所の混雑を緩和するため、有権者が投票できる期間を数日から数週間に伸ばすことだ。すでに、39の州とワシントンDCは期日前投票を許可しているので不可能ではないものの、感染リスクは残る。

第三の選択肢は、ほとんどの専門家の意見が一致している最も安全な解決策、郵便投票だ。郵便投票は実績がある信頼できるシステムで、すでに米国の有権者の20%が利用している。しかし、投票までの期間がこれほど短いと、全米での郵便投票は想像するよりずっと複雑なものになる。

オレゴンやコロラドなどの州では、すでにほとんどの選挙が郵便投票で実施されている。アリゾナ、カリフォルニア、ハワイ、モンタナ、ユタ、ワシントンの各州では半数以上の選挙が郵便投票で、郵送以外にもさまざまな方法がとられている。投票方法を変えようとしている州もある。ジョージアとミシガンでは、有権者全員に不在者投票用紙を送付する予定だ。しかし、それ以外の州(ルイジアナやウェストバージニアなど)では、特に郵便投票は困難だ。

どのみち、州政府も投票期間中に何が起こるか完全に把握できない。選挙に関連する機関は1つではなく、50でもなく、なんと5000以上の別々の地方管轄区が米国の選挙を運営しているからだ。そのすべてを調整し、短期間で体制を変更するのは極端に難しい。しかし、実際に代替策はない。

「どうすれば我々の民主主義が確実に機能し続けられるのかを、決めなければなりません」。元コロラド州選挙管理人で、現在は全国家庭投票研究所(National Vote at Home Institute)のアンバー・マクレイノルズ所長は話す。「今は緊急事態です。郵便投票は、米国人全員が効率的に、支障なく、安全に投票できる唯一の方法です」。

郵便投票に向けて

もし郵送投票への変更が決定されれば、それはそれで問題がある。投票関連の書類をこれまでより数千万人も多い国民の元に届けなければならないのだ。わずか数社しかない国政選挙サービス会社の1つであるランベックのエリントンCOOによると、同社の場合、能力的にも資材的にも400万人分を少し超える程度しか対応できない。だが、米国には約2億5000万人の有権者がいる。同社では政府勧告どおり3月から従業員が自宅で仕事をしているが、現在、状況の変化に対応するため、多くの従業員を会社での勤務に戻しつつある。

作業は複雑だ。郵送する投票用紙は、大量に発送される他の通常郵便物と見分けがつかないかもしれず、そのうえ投票用紙は多種多様で、郡、州で大きく異なる。封筒には有権者の正しい住所、郡のロゴ、追跡用情報、それに集計のために投票用紙を地元の選挙管轄区に戻すための情報を個別に印刷しなければならない。送付書類の校正、人的・物的リソースの集結、有権者への説明、集計プロセス、新しい選挙法の採択、複雑なハードウェア要件、動きの遅い官僚機構への対応は、選挙担当者が直面する障害のほんの一部だ。

正確に印刷された投票用紙と封筒を製造するために必要な紙の量だけでも想像を絶する。ランベックの施設にある10万トンの紙だけでも、オフィス用品店で注文できるような量ではない。

「当社で使うロール紙は1本、約450キログラムあります」とエリントンCOOは説明する。「それを印刷機に通すと、1時間に2万人分の投票用紙を印刷できます。(紙さえあれば)当社の設備で1日に100万人分以上の投票用紙を印刷できます」。

SIMOUL ALVA

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