KADOKAWA Technology Review
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世界が渇望するワクチン、
最初に手にするのは誰か?
Nicolás Ortega
生命の再定義 Insider Online限定
Every country wants a covid-19 vaccine. Who will get it first?

世界が渇望するワクチン、
最初に手にするのは誰か?

完成が待たれる新型コロナウイルスのワクチンを巡って、各国政府は自国民のための囲い込みを強化している。貧富に関わらず、誰もが平等にワクチン接種を受けられるようにするにはどうすべきか。 by Antonio Regalado2020.08.26

中国のシノバック・バイオテック(Sinovac Biotech)は2004年、重症急性呼吸器症候群(SARS)に対する実験的なワクチンを開発した。SARSはわずか800人の死者を出しただけで終息したので、SARSワクチン開発プロジェクトは棚上げにされた。しかし、この過去のおかげで、2020年1月に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が中国で爆発的に流行した時、シノバックは次に何をすべきかのロードマップを持っていた。流行の発生から4か月後、シノバックは不活化したウイルスから作られたシンプルなワクチンを使って、サルを新型コロナウイルスから守ることができるという証拠を発表した。

しかし、その発表がなされた頃の中国は別の問題、すなわち新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者が足りないという問題を抱えていた。厳格なロックダウンの実施で、中国国内で新型コロナウイルスをあまりも効果的に抑え込むことができたため、ワクチンを十分にテストできるだけの患者数を医師が確保できなくなってしまったのだ。米国では多くの症例があったが、両国間の緊張の高まりにより、中国製の新型コロナウイルス用ワクチンを米国でテストすることは到底望めなかった。

そこで6月、シノバックは、ブラジルのサンパウロにあるワクチン開発センター、ブタンタン研究所(Butantan Institute)と契約し、約9000人の医療従事者を対象に大規模な臨床試験を実施することにした。新型コロナウイルスの打撃を受けたブラジルにとって、この試験には明確な見返りがある。ブタンタン研究所は臨床試験の費用を負担し、志願者を募集する。その引き換えとしてシノバックは、ブラジルに6000万回分のワクチンを供給し、さらに必要となった場合はブラジルに製造させることも約束している。

ブラジルがこうした臨床試験を実施できるのは、1980年代以来、ブタンタンおよびリオデジャネイロ近郊の第2センターで、ワクチンの研究、製造、保存ができる能力を入念に保持してきたためである。「ブラジル政府が実施しているこの免疫獲得プログラムは、自給自足を目標としているのです」と語るのは、この臨床試験を運営しているブタンタン在住の感染症専門医、リカルド・パラシオス博士だ。

近いうちに、世界各国の人々が新型コロナウイルスのワクチンを切望するようになるだろう。米国は、「ワープ・スピード作戦」と呼ばれる政府主導のプロジェクトを通じて、すでに50億ドル以上を費やして製薬メーカーに国内でワクチンを製造させている。中国は、独自のワクチン候補をいくつか揃えており、製造への投資を加速させている。しかし、他の国、特にヨーロッパでは、長年にわたって国営の製造拠点を売却または閉鎖してきたため、国内における専門性は蓄積されず、次第に関心も薄れ、ワクチンの製造や保存を近隣諸国に頼るようになってきている。

新型コロナウイルスのワクチンの十分な供給を確保することは、現在の石油や核兵器のように、地政学的な力の象徴となる可能性がある。各国政府は、経済を再開し、政治的安定を確保する切り札としてワクチンに頼るようになるだろう。国々の同盟関係はすでに変化しており、ワクチンの製造、試験、原料の量産、そして充填および最終的な製剤化ができる国に有利な方向へと変化しつつある。他の国々は、致命的なパンデミック(世界的流行)に対して無策な状態になることを恐れつつ、この状況を固唾を呑んで見守っている。

米国第一主義

新型コロナウイルスワクチンの開発競争はかつてないスピードで進んでいる。7月の時点で、シノバックのものを含むいくつかのワクチン候補が、サルを新型コロナウイルスから保護することが実証され、ヒトを対象とした初期の試験において安全性も証明されている。臨床試験の次の段階では、免疫力の付与に効果があるかどうかを検証することになっている。専門家によると、1つのワクチンだけでなく複数のワクチンが必要とされており、最初のうちは供給量が大幅に制限されるとのことだ。そのため、ワクチン確保をめぐって、すでに各国間で前例のない競争が繰り広げられている。

水面下ではワクチン入手のための取引がすでに始まっており、あらゆる物がワクチンとの交換対象になっていると、ピエール・モーゴン最高経営責任者(CEO)は指摘する。モーゴンCEOはバイオテック分野のコンサルタントであり、新型コロナウイルスのワクチン製造を手がけるもう一社の中国企業カンシノ(CanSino)に協力している。さらにモーゴンCEOは、「ワクチン入手は、抜け目のない駆け引きが横行する暗黒の世界に入るようなものです」という。モーゴンCEOがフランスの製薬企業サノフィ(Sanofi)に勤務していた2009年には、H1N1型インフルエンザが大流行したが、当時の外務省当局者は、優先的にワクチン供給を受けるべき国を選別していたという。そのリストには、フランスがガス、石油、およびウランの供給を依存している国が載っていた。「誰もそのことを隠そうとはしなかったのです」とモーゴンCEOは話す。

ワクチン入手を競い合っているのは国だけではなく、企業や個人、そして冷蔵輸送トラックをハイジャックしそうな犯罪組織までもが加わっている。H1N1型インフルエンザのアウトブレイクの最中には、フランスはサノフィ工場の門に国家憲兵隊を配置した。「需要が高くて供給が追い付かないものは高値で取引されるのです。マスクが良い例でしょう。通常価格の何倍もの価格で転売されているのですから」とモーゴンCEOは話す。欧米の諜報機関が主張するには、ロシアはすでに、英国と米国のサーバーからワクチンに関する機密情報を引き出そうとして、コージーベア(Cozy Bear)として知 …

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