KADOKAWA Technology Review
×
「Innovators Under 35 Japan」2024年度候補者募集中!
100日で1億回接種に壁、
米ワクチン流通が抱える問題
Ms Tech | Getty
生物工学/医療 Insider Online限定
This is how America gets its vaccines

100日で1億回接種に壁、
米ワクチン流通が抱える問題

バイデン政権は就任後100日間で新型コロナワクチンを1億回分接種するという目標を立てている。目標達成には、ワクチンの割り当てや配布、追跡、接種に関与する寄せ集めのシステムや、一貫性のない政策を是正する必要がある。 by Karen Hao2021.03.02

就任して間もないというのに、バイデン政権はすでに大変なプレッシャー下に置かれている。混乱気味の米国の新型コロナウイルス・ワクチン展開を、その手で正さなければならないのだ。

トランプ前大統領は「ワープスピード作戦」と称してワクチン開発に莫大な資金を投入した。だが、ワクチンの接種については、計画やコストのほとんどを州政府任せにしており、各州政府は現在その思いがけぬ作業への対処を迫られている。ワクチン接種を慢性的に資金不足に陥っている保健局に依存しなければならなくなったせいで、デジタルエコシステムが摩耗状態になっている事実があらわになった。そのエコシステムでは、問題のある個所を修正するには、大規模に実施するのは無理としても、手作業によるデータ入力が最も手っ取り早い方法であることが多い。

この問題に絡んで、地方政府の指導者たちは、一貫性のないワクチン供給について何度も苦情を訴えてきた。トップダウンでの調整やコミュニケーションが欠如していることにより、予約のキャンセルが大量に発生し、数え切れないほどのワクチンが廃棄される事態が起こっている。

バイデン大統領が新たに発表したパンデミック戦略は、中心となるひとつの目標を中心に構成されている。その目標とは、100日間に1億回分のワクチン接種を監督することである。それを実現するためには、バイデン大統領は現在の混乱状態を修正しなければならない。

バイデン大統領の計画を野心的すぎると批判する人もいれば、野心に欠けると批判する人もいる。困難な闘いとなることは間違いない。だが、解決策にたどり着く前に、現時点におけるシステムの運営状況を理解する必要がある。そしてその上で、どの側面を捨て、置き換え、維持する必要があるかを把握しなければならない。

メーカーから患者へ

連邦レベルでは、ワクチン製造工場と接種をする診療所との間に、米保健福祉省(HHS)のワクチン配分計画システムである「ティベリウス(Tiberius)」と、米国疾病予防管理センター(CDC)のワクチン注文ポータルである「ブイトラックス(VTrckS)」という2つの中核的なシステムが存在する。

ティベリウスは、多数の不整合なソースからデータを取得して使用可能な情報へと変えることで、州政府や連邦政府機関がワクチン配布計画を立案するのを支援する。ブイトラックスは、実際に州政府がワクチンを注文して配布するシステムだ。

テクノロジーという観点からみると、この2つの間には果てしないほど大きな隔たりがある。米国のソフトウェア企業であるパランティア(Palantir)が昨年の夏に最新のテクノロジーを使ってティベリウスを構築したのに対し、ブイトラックスは誕生してすでに10年が経過した、多数のベンダーの手によるレガシーシステムだ。この2つは主に、ユーザーが片方からファイルをダウンロードし、もう片方にアップロードすることによって繋がれている。

このほかにも、民間のシステム、現場のシステム、州政府や連邦政府のシステムなど、何十ものシステムが、ワクチンの割り当てや配布、追跡、接種に関与している。ここでは、そのプロセスを段階的に説明しよう。

ステップ1:メーカーがワクチンを生産する

HHSがファイザーとモデルナ(Moderna)から定期的に生産状況の最新情報を受け取る。メーカーは、HHSが計画を立てやすいように推定生産量を事前に伝え、その後で実際の生産量を確認するようにしている。ティベリウスに入力されるのは、この実際の生産量の数値である。

両社のワクチンはいずれも、「メッセンジャーRNA(mRNA)」という、これまで一度も大量生産されたことがないバイオテクノロジーを使って作られており、どちらも針に入れる直前まで極低温で保存する必要がある。モデルナ製ワクチンの場合はマイナス25℃ からマイナス15℃、ファイザー製ワクチンの場合はこれよりもさらに低温の、マイナス80℃からマイナス60℃で保存しなければならない。ワープスピード作戦の計画・運営・分析チーフであり、元マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員でもあるディーコン・マドックスによると、メーカーがワクチン供給のスピードを過大評価していたことが昨年秋に明らかになったという。

「誕生したばかりの生物学的製品については特に、製造状況を予測するのは大変難しいものです」とマドックスは言う。「予測してみることはできますし、もちろん皆から、予測してみてほしいと頼まれるでしょう。正確にどれだけの量を入手できるのか、誰もが知りたがっているからです。でも、それは不可能というものです」。

これがワクチン展開の最初のつまずきの元凶となった。州政府を対象としたティベリウス使用法の訓練中に、ワープスピード作戦の担当者は、各州政府が計画目的でさまざまな配給戦略をモデル化できるようにするため、過大評価された見積もりをティベリウスの「サンドボックス」バージョンに入力してしまったのだ。実際の生産量がその数量と異なると分かると、混乱と怒りが巻き起こった。

「12 月末には、『これだけもらえると聞いていたのに、その量が減らされてしまった』と言う声が聞かれるようになりました。それはすべて、私たちが訓練の際に推定量を入力したためであり、その量を実際に受け取れるものと皆が思い込んでいたからなのです」とマドックスは言う。「人々は割当量にピリピリしており、とても感情的になっています」。

ステップ2:連邦政府がワクチンの割当量を決める

HHSの職員が毎週、生産量の見積もりと在庫数を見ながら、「大きな数字」、つまり各ワクチンを州や準州に合計何回分割り当てるかを決めていく。最近では週に約430万回分という数字にこだわっているが、それは、この量であれば「生産量が低下しても乗り切ることができ、これより生産量が高まったらその分を備蓄に回すことができる」からだとマドックスは言う。

この数値はティベリウスに入力され、国勢調査のデータに基づいてワクチンの割当量が決定される。HHSもメディアの報道も、このステップでティベリウスのアルゴリズムを使っているとしばしば説明したが、これを機械学習と混同してはいけない。割り当ての方針に基づいた単純な計算にすぎないとマドックスは言う。

これまでのところ、方針としては、各管轄区域の成人(18歳以上)人口に基づいてワクチンを配布するという方法が採られている。マドックスによると、バイデン大統領が高齢者(65歳以上)集団といった別の根拠に基づいて配布すると決定したとしても、それに応じてティベリウスのロジッ …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
人気の記事ランキング
  1. AI can make you more creative—but it has limits 生成AIは人間の創造性を高めるか? 新研究で限界が明らかに
  2. Promotion Call for entries for Innovators Under 35 Japan 2024 「Innovators Under 35 Japan」2024年度候補者募集のお知らせ
  3. A new weather prediction model from Google combines AI with traditional physics グーグルが気象予測で新モデル、機械学習と物理学を統合
  4. How to fix a Windows PC affected by the global outage 世界規模のウィンドウズPCトラブル、IT部門「最悪の週末」に
  5. The next generation of mRNA vaccines is on its way 日本で承認された新世代mRNAワクチン、従来とどう違うのか?
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。2024年も候補者の募集を開始しました。 世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を随時発信中。

特集ページへ
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2024年版

「ブレークスルー・テクノロジー10」は、人工知能、生物工学、気候変動、コンピューティングなどの分野における重要な技術的進歩を評価するMITテクノロジーレビューの年次企画だ。2024年に注目すべき10のテクノロジーを紹介しよう。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る