公共交通の未来、
キーワードは「15分都市」
新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、世界各地の公共交通機関は大変革を迫られている。かつて都心部のオフィスに集まって働いていた人たちの多くはリモートワークに移行し、電車やバスを利用しなくなった。公共交通機関と都市はどうあるべきなのか。世界中の公共交通機関から採用が相次ぐ新興ソフトウェア企業のトップは、都市を見直す機会だという。 by John Surico2021.05.25
途方もない仕事だった。新型コロナウイルスの急速な感染拡大を抑えるため、ニューヨーク市を走る地下鉄の終夜運転が開設以来117年間で初めて中止となり、深夜1時から早朝5時の間運休することになった。これに伴い、運営会社であるメトロポリタン・トランスポーテーション・オーソリティ(MTA)は、総延長665マイル(1070キロメートル)の鉄路に代わる巨大なバスネットワークを構築しなければならなくなったのだ。
- この記事はマガジン「Cities Issue」に収録されています。 マガジンの紹介
パンデミック以前のニューヨーク市地下鉄の利用者は、平日1日当たりおよそ550万人。路線総延長距離はニューヨーク市とイリノイ州シカゴ市の間の直線距離にほぼ相当する。そして、バスネットワーク構築には時間の猶予はほとんどなかった。
地下鉄の終夜運転中止が決まった直後の2020年4月末、代替バスネットワーク構築の担当者たちは、世界的に人気のある交通計画ソフトウェアの1つである「リミックス(Remix)」を使って作業を始めた。リミックスは交通機関向けのソフトウェアで、簡単な操作で路線の変更や新規路線の設置などができる。MTAは以前からこのソフトウェアを使用し、クイーンズ区のバスネットワークの再設計を始めていた。
しかし、夜間に運休する地下鉄に代わるバスネットワークを構築するには、さらに多くのデータが必要だった。深夜便を利用するエッセンシャル・ワーカーが住んでいるのはどこか? 彼らはどこに向かう可能性が高いのか? このような情報があれば、最も効率の良いバス路線を計画でき、さらには地下鉄が提供していたものよりも、良いサービスを実現できる可能性もあった。
サンフランシスコにあるリミックスの本部では、ソフトウェアエンジニアのチームがすばやく作業に取り掛かった。チームはさまざまな情報源から多様なデータを収集し、それをソフトウェアに入力して提供した。MTAが最適なルートを見つけ出せるようにしたわけだ。その結果、MTAは3つの新しいバスルートを開設した。例えば、ブロンクス区やブルックリン区の南部・東部に住む医療従事者らを、マンハッタンの西側、あるいはその途中にあるどの場所にでも移動させることを可能にした路線もある。
しばらくの間、西海岸と東海岸の両方で作業が続いた。通常であれば数カ月まではいかないまでも数週間はかかる作業が、最終的にわずか数日で完了した。5月6日の夜、ニューヨーク市の地下鉄は運休となり、新しい夜行バスネットワークの運行が始まった。
この作業は、欧米の都市公共交通機関が最大の存亡の危機にさらされていたころ、初期に起こった戦いの一つであった。欧州や北米では、パンデミックによる移動制限によって公共交通機関の利用者数が激減している。都市の公共交通機関は、ビジネスの中心拠点に人々が行き来することを狙っている。その設計思想は、伝統的な「ハブアンドスポーク方式」に基づくものだが、これがパンデミックでひっくり返ってしまった。私たちの知るラッシュアワーは、突然、それほど「ラッシュ」なものではなくなったのだ。
リミックスの共同創業者であり、新任のCEOであるティファニー・チューは、こうした大変化をすべてリアルタイムで目にしてきた。「交通機関は常に何かしら変わり続けていますが、そのほとんどは小さなもので、少しずつ変わっていくような変化です」とチューCEOはいう。「新型コロナウイルスが流行し始めたとき、リミックスの管理画面では即座に、サービスの提供規模が50%になったり、30%になったりと、多くの急激な変化が見られました。交通機関がいたるところでサービスの提供を大幅に削減していたのです」
1年が経過した今でも、新型コロナが現代の交通網に与えたかつてない衝撃の影響は続いている。ホワイトカラーの仕事はリモートワークへとシフトした。以前のラッシュアワーが今後完全に復活するとは考えにくい。なにしろ、オフィスには人がいなくなっているのだ。交通システムにとってその影響は甚大だ。
チューCEOは、このパンデミックが欧米の交通機関に根本的な脅威をもたらしていると指摘する。「交通機関は、より少ないリソースでより多くの仕事をこなす方法を学ぶ必要に迫られています」。しかし、チューCEOは、このシステム全体の大規模な混乱は、公共交通機関をより良いものへと見直すための貴重な機会でもあると考えている。
パターンの予測ではなく、機会の拡大
現在32歳のチューCEOは、2010年にマサチューセッツ工科大学(MIT)を卒業し、当時急成長していた分野であるユーザーエクスペリエンス・デザイン(UX)に関する自身の持つスキルと、都市への関心を結びつけようと考えた。その結果、大手建築事務所での仕事や、デザイン誌「ドゥウェル(Dwell)」への寄稿、カーシェア会社「ジップカー(Zipcar)」での最初のUX担当者としての業務などを経験した。それでもなお、彼女はさらに多くのことをやってみたいと思っていた。
そんな時、チューCEOは友人から、サンフランシスコにある非営利団体「コード・フォー・アメリカ(Code for America)」の研究員職について話を聞いた。市民のためのよりよい行政サービスを実現するテクノロジーについて研究する、任期1年間の役職だ。チューCEOはこの職に応募し、すぐに荷物をまとめてカリフォルニアへと発った。デザイナーのサム・ハシェミ、エンジニアのダン・ゲテルマンやダニー・ホレンといった同じ志を持つ人々に出会ったのは、この時だ。
「私たちは皆、交通機関に漠然とした興味を持っていました」。ズームを使ったインタビューの最中、チューCEOはこう語った。彼女は日の光が差す明るいサンフランシスコの自宅から話しており、部屋の片隅には自転車が置いてあった。チューCEOによると、各地の交通機関がデータの標準化に長年取り組んできたおかげで、交通機関には研究対象として独特の魅力があるという。「すぐにプログラムで利用できるデータが数多くあるのです。ほかの公共サービスでは、このようなことはまず期待できません」。
研究員として働き始めて数カ月後、チューCEOら4人は、ハッカソンに参加した。技術者同士の典型的な交流の場だ。このハッカソンで4人は、行きたい場所に向かうバスルートがないという不満を友人たちが漏らしているのを聞き、ユーザーが新しいルートをサンフランシ …
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