長征5号コアブースター、9日に大気圏再突入か 中国の姿勢に批判
中国が4月29日に打ち上げた長征5号のコアブースターが制御不能な状態で宇宙に放置されており、日本時間で5月9日に大気圏に再突入することが予測されている。地表に落下する時間帯や場所を正確に予測することは難しく、大惨事が起こる可能性も否定できないため、中国の無責任な行動に世界中が神経をとがらせている。 by Neel V. Patel2021.05.09
更新:5月9日、米国宇宙軍はこのロケットがモルディブ北のインド洋に落下したのを確認した。
4月29日に中国は、2022年末に完成予定の新たな宇宙ステーションを建造するための最初のモジュールである「天和1(Tianhe-1)」の打ち上げに成功した。1週間経った現在でも、そのミッションは大きな波紋を呼んでいる。良くない意味でだ。天和1を打ち上げた「長征5号B(Long March 5B)」ロケットのコアブースターが、制御不能の状態で地球を周回しているのだ。コアブースターは地上に落下して戻ってくると予想されており、現在の推定では米国東部標準時で5月8日午後2時13分から5月9日午前8時13分(日本時間の5月9日午前4時13分から午後10時13分)になるとみられている。推定時刻の幅があまりにも広いため、どこに落ちるのかは誰にもわからない。
重さ21トンで、高さが10階建てビルに相当するコアブースター「CZ-5B」は巨大だ。もちろん、再突入の際に大気中で完全に燃え尽きる可能性もあるが、大きさを考えるとそれはまずありえそうにない。おそらく高い確率で、溶けた巨大な破片が再突入で燃え尽きずに、地表に衝突するだろう。この1週間にわたる報告を受け、ロシアや米国を含む世界中の多くの機関が警戒を強めている。
ブースターの一部が、人口密集地に落下する可能性は確かに非常に低い(どこかの海に着水する可能性の方が大幅に高い)。だが、可能性はゼロではない。CZ-5Bブースターが初めて使われた2020年5月5日のミッションでも同じ問題が発生した。コアブースターは制御不能状態で周回することになり、ついには地球の大気圏に再突入し、残骸が西アフリカのコートジボワールの村落に落下した。当時の米国航空宇宙局(NASA)のジム・ブライデンスタイン長官から厳しい非難を受けるには十分な出来事だった。
今回も同様のことが起こっており、各国は同様に待ちの戦術を取っている。いつどこでブースターが大気圏に再突入するか予測するのが非常に難しいからだ。予測が難しい第1の理由はブースターの速度だ。現在、ブースターは時速3万キロメートル近くで移動しており、約90分に1周の割合で地球の周りを回っている。第2の理由は、ブースターが受ける抗力の大きさが関係している。理屈の上ではブースターは宇宙にあるが、それでも地球の大気の上端と相互に作用し合っているのだ。
ブースターが受ける抗力は、上層大気の天候、太陽活動、その他の現象に応じて日々変化する。加えて、ブースターは単に大気中をスムーズに疾走して突き抜けているわけではなく、転がるように動き回っており、それがさらに予測不可能な抗力を生み出している。
これらの要因を考慮すれば、ブースターがいつどこで地球の大気圏に再突入する場所や時間帯をはっきりさせられるはずだ。しかし、再突入の時刻がほんの数分変わっただけで、その場所は数千キロメートル離れてしまうことになる。「厳密にモデル化するのは難しいです。つまり、宇宙にある物体の再突入のタイミングに関しては、深刻な不確実さが残るのです」と、CSIS(戦略国際問題研究所:Center for Strategic and International Studies)航空宇宙セキュリティ・プロジェクト(Aerospace Security Project)のトーマス・G・ロバーツ非常勤特別研究員は述べる。
再突入の時間帯や場所は、ブースターの構造体が、大気との摩擦で引き起こされる熱にどれだけ耐えられるかにも左右される。一部の材料は他の材料よりも持ちこたえる可能性があるが、構造体が壊れて溶けるにつれて抗力は増加する。構造体が脆いほど、より多く分解し、より多くの抗力が生み出される。その結果、軌道からより早く脱落する。いくつかの部品は他の部品より早く、または遅く地表に衝突する。
再突入の朝までに、ブースターが地表に衝突する推定時間は、ほんの数時間にまで絞り込まれるはずだ。世界中のいくつかの異なるグループがブースターを追跡しているが、ほとんどの専門家は、米国宇宙軍がスペース・トラックのWebサイトを通じて提供しているデータを追いかけている。ハーバード・スミソニアン天体物理学センターの天体物理学者、ジョナサン・マクダウェル博士は、再突入の朝までに、タイミング・ウィンドウ(再突入の時間帯)が数時間以内(おそらくブースターがさらに2回周回するくらい)に狭まることを望んでいる。その時までには、ブースターの軌道がとっているルートや、地球のどの地域に、残骸が降り注ぐ危険性があるのかについて、より正確な情報がつかめるはずだ。
米国宇宙軍のミサイル早期警戒システムは、ロケットの再突入が始まったときに、壊れて溶けたブースターが発する赤外線の閃光をすぐに追跡するため、残骸がどこに向かっているのかがわかるはずだ。当然ながら、民間人にはしばらくわからない。データは機密性が高いため、煩雑な役所の手続きを終えて、スペース・トラックのサイトが更新されるのには数時間かかるだろう。もしブースターの残骸が人口密集地に落下した場合は、スペース・トラックのサイトが更新される前に、ソーシャルメディア上での報告によって知れわたっているかもしれない。
1970年代、こういった危険要素は宇宙ミッションの後にはありふれたことだった。「やがて人々は、大きな金属の塊が空から落ちてくるのは好ましくないと感じ始めました」とマクダウェル博士は言う。NASAの77トンあったスカイラブ宇宙ステーションが大きな警鐘を鳴らすこととなった。1979年、世界中が注目する中で、スカイラブが制御不能状態で軌道から離れ、その大きな残骸が西オーストラリアに衝突したのだ。幸い、負傷者もなく、物的損害もなかったが、世界は、大型宇宙船が制御不能状態で大気圏に再突入するという同様のリスクを回避したいと切望するようになった(安全に燃え尽きてしまう小さなブースターは問題にならない)。
その結果、打ち上げ事業者の多くは、コアブースターが軌道に到達し、第2ブースターや積載物(ペイロード)から分離した後、即座に軌道離脱燃焼を実施してコアブースターを大気圏内に戻し、海に落ちるようにコースを制御するようになった(制御落下)。こうすることで、ブースターを宇宙に放置しておいた場合に起こるリスクを排除できる。制御落下は、再始動可能なエンジン、または、特に軌道離脱燃焼用に設計された追加の第2エンジンのいずれかで実施する。これらのブースターの残骸は、海の辺境に落とされる。例えば、ロシアの旧ミール宇宙ステーションのような巨大な宇宙船が投棄された南太平洋の無人地帯などだ。
スペースシャトルのミッションで用いられ、現在もヨーロッパの「アリアン5(Ariane 5)」のような大型ブースターで使われている別の方法は、コアステージ(第1段目)を完全に軌道に乗せることを避け、まだ地球の大気圏内にあるうちに、数秒早くスイッチを切ることだ。すると、より小型のエンジンが点火して、積載物をもう少しだけ移動させて宇宙に届ける一方で、コアブースターは海に投棄される。
これらの選択肢はどれも安価ではない上、いくつかの新たなリスクを生み出す(エンジンが増えれば、障害発生点も増える)。だが、「これは皆がやっていることです。この種のデブリのリスクを生み出したくないですから」とマクダウェル博士は言う。「ブースターを軌道上に残さないようにすることが、世界における標準的な慣習です。中国が例外なのです」。
なぜなのだろうか。「宇宙の安全が、単に中国の優先事項ではないからです」とロバーツ研究員は言う。「何年にもわたるロケット打ち上げオペレーションで経験を積んできた中国は、ブースター再突入の事態を回避することくらいできます。それなのに、あえてそうしないのです」。
過去数年間、中国が打ち上げたロケットの機体の数々が戻ってきて地上に落下し、村落の建物を破壊し、人々を有害な化学物質に晒してきた。「中国が、制御不能となったブースターの大気圏再突入を、運任せにすることを厭わなかったとしても不思議ではありません。人口密集地域への脅威が比較的少ないのですから」とロバーツ研究員は述べる。「中国の姿勢は全く許しがたいですが、驚くべきことではありません」。
マクダウェル博士はまた、スペースシャトル「コロンビア号」の大惨事のときに何が起こったのかを指摘する。翼の損傷によって宇宙船の(再)突入が不安定になり空中分解した事故だ。3万8500キログラム近くの残骸が、テキサス州とルイジアナ州の地表に落下した。メインエンジンの大きな塊は沼地に落ちた。もしコロンビア号が数分早く空中分解していたら、その残骸は大都市を襲い、例えばダラスの超高層ビル群に激突していたかもしれない。「地上で死傷者が出なかったことが、どれほど運が良かったのかを人々は理解していないと思います」とマクダウェル博士は述べる。「私たちはこれまでにもこういった危険な状況に陥ったことがありましたが、運が良かったのです」。
しかし、いつも運任せにすることはできない。長征5号BロケットのCZ-5Bブースターは、2022年にさらに2回打ち上げられ、中国の宇宙ステーションの残りを建造するのを支援する予定になっている。中国がこれらのミッションの詳細な計画を変更するかどうかはまだわからない。おそらく、ブースターが大気圏に再突入した際の結果次第だろう。
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- ニール・V・パテル [Neel V. Patel]米国版 宇宙担当記者
- MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。地球外で起こっているすべてのことを扱うニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」の執筆も担当している。MITテクノロジーレビュー入社前は、フリーランスの科学技術ジャーナリストとして、ポピュラー・サイエンス(Popular Science)、デイリー・ビースト(The Daily Beast)、スレート(Slate)、ワイアード(Wired)、ヴァージ(the Verge)などに寄稿。独立前は、インバース(Inverse)の准編集者として、宇宙報道の強化をリードした。