KADOKAWA Technology Review
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ありふれた作業が難しい、NASA元宇宙飛行士のアドバイス
NASA/Carla Cioffi
How astronauts deal with the boring parts of being in space

ありふれた作業が難しい、NASA元宇宙飛行士のアドバイス

将来、民間人が宇宙旅行をする機会は増えていくだろう。宇宙に行く前にどんな訓練をすべきか、NASAの元宇宙飛行士がアドバイスした。 by Neel V. Patel2021.06.25

ありふれた作業が、宇宙では突如として非常に複雑になることがある。宇宙飛行士は宇宙での日常的な作業にどのように対処しているのか? 2つのミッションで宇宙へ赴任した経験を持つ米国航空宇宙局(NASA)の元宇宙飛行士リーランド・D・メルビンが語った。興味深い内容を抜粋してお届けしよう。

——日々のありふれた作業のうち、宇宙で実行するために学び直さなければならないこととして、最初に何を思い浮かべますか?

宇宙へ行くとき、すべての服はシュリンクパック(収縮包装)されています。つまり、空気が吸い出されているのです。真空包装を解くと、今度はそれらのシャツをロッカーに詰め込む必要があります。「どうすればこれをそこに入れられるのだろう?」という疑問の答えを考えなければなりません。その頃には衣服や物が自分の周りを漂い始めてます。何かを失くしたとき、ほとんどの場合、見上げると、自分の上を漂っているだけだったりします。

清潔さも大事なことでした。地球と同じように、宇宙でも定期的に運動して汗を流すのですが、宇宙では、私が「ランニングパンツ・ガントレット(※ガントレット:2列に並んだ人々の間を走らせて両側から鞭を打つ刑)」と呼びたいものがあります。使用済みのトレーニングシャツや短パン、スポーツブラなんかがが辺りに漂っていて、それらが顔や口や目に擦れないようにできる限り小さく丸まって「通路」を通り抜けるのです。

髭剃りをしているときには、空気がフィルターに流れ込む場所まで行きます。そこにはしっかりした気流があるので、髭の剃りくずがフィルターの中へ上がっていくのです。小さな毛の粒子が目に入るのは嫌ですからね。こういった作業は地球上と同じようにありふれたことですが、ちょっと顔をゆがめてしまいますね。

——NASAや他の場所で訓練できるのですか?

宇宙ステーションやモジュールの類似環境があり、こうした物事にどう対処するのかについて訓練できます。宇宙ですることになる、いわゆるありふれた作業を、どのように実行するべきか確認しに行くのです。ありふれたことを宇宙でどう実行するかを理解するために、弾道飛行をすることもできます。弾道飛行では、一度につき25秒間、無重力を体験できます。

ですが、歯を磨くといったことをするために無重力環境で訓練を受けることは実際にはありません。ですから、それは見当をつけなければなりません。無重力訓練を、宇宙での実際の仕事や生活につなげなければならないのです。ほとんどの人は、かなりすばやくその切り替えができると思いますが、理解する必要があります。自分が入っていくことになる環境を視覚化し、無重力訓練を何度か受けたなら、ありふれた作業を微小重力下でどうこなすか、思考実験ができるようになるでしょう。本当にすぐ習得できると思います。視覚化してすでにやったことがあるわけですから。

——NASAが「タイド(Tide、P&Gの洗濯洗剤ブランド)」と協力して、水不足の環境で衣類を洗浄するのに使用できる洗剤を開発・試験するとの発表がありました。宇宙飛行士は、ついに宇宙で洗濯ができるようになるかもしれません。些細なことのように思えますが、宇宙飛行士や将来の宇宙旅行にとって、なぜ洗濯が重要なのでしょうか?

宇宙では、洗濯はしませんから衣服は廃棄します。しかし将来、ついに月や火星のミッションに赴いたり、あるいは、いつの日かさらに遠くへ行ったりするときには、何も捨てられなくなります。あらゆるものを再利用しなければならないのです。これは宇宙探査において重要だと思います。衣類を洗濯するのは平凡でありふれたことのように思えますが、大切なことです。将来の宇宙探査になくてはならないものなのです。さもないと、運動やトレーニングをしたり、仕事をしたりするときに、着る服が足りなくなってしまいます。

——今後、民間人が宇宙へ行くための新たな機会がたくさん訪れます。これらの人々を適応させるために、宇宙飛行士訓練はどのように進化し、変化すると予想しますか? 実質現実(VR)のような新しいテクノロジーが役に立つことはありますか?

スター・ハーバー・スペース・アカデミー(Star Harbor Space Academy)という企業が、飛行機に搭乗しての無重力飛行、ロボット工学、さらにはVRを用いて宇宙訓練を人々に受けさせる自然浮力研究所(Natural Buoyancy Laboratory)を創設することを検討しています。触感、匂い、温度など、宇宙体験として知覚する興奮すべきあらゆる感覚を与えてくれるVRスーツがあったとしたらどうでしょう。例えば、船外活動をすることになったとき、VRスーツを身につけてドアを開けると、そこに太陽があるのを感じるのです。華氏250度(摂氏120度)です。VRによる没入型の体験は、人々を訓練するためのすばらしいツールとなるでしょう。

——いずれ宇宙に赴くことになる民間人に対して、何か重要な助言はありますか?

グループケアの前にセルフケアということです。他の人を助けに行く前に、まず自分の面倒をみられるようになることが大事です。宇宙では、ロボットアームの先端に他の宇宙飛行士がいるときに、ロボットアームを操作して作業しなければならないようなことが発生します。それなのに突然、気になってしまうのです。「あれ、シャツあそこに戻したっけ? 必要な正しいものを入手したっけ? 自分のこと全部やったっけ?」とね。ですから、あなた自身のパーソナルスペース、用具一式、衛生面などすべてのことを、できるだけ早く片付けられるようになってください。その後で、もし誰かの手助けができるようなら、そうしてください。

もう1つは視覚化です。目を閉じてこう言います。「よし、私はスペースシャトルからハッチを通って、宇宙ステーションへ移行している。私は180度回転している」。フットボールのときと同じですよ。コースを走り、ボールをキャッチし、タッチダウンするという完全な机上訓練をする。宇宙でロボットアームを操作するようなこと場合でも同じことができます。「私は並進ハンドコントローラーを外へ向かって動かしている。ペイロードはこう動いている」といった具合です。私は、宇宙へ向かう民間人は視覚化の訓練から始めるべきだと思っています。

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MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。地球外で起こっているすべてのことを扱うニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」の執筆も担当している。MITテクノロジーレビュー入社前は、フリーランスの科学技術ジャーナリストとして、ポピュラー・サイエンス(Popular Science)、デイリー・ビースト(The Daily Beast)、スレート(Slate)、ワイアード(Wired)、ヴァージ(the Verge)などに寄稿。独立前は、インバース(Inverse)の准編集者として、宇宙報道の強化をリードした。
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