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新型コロナ対策で中国が「消毒」にこだわり続ける理由
Liang Zidong/Xinhua/Alamy Live News
Why China is still obsessed with disinfecting everything

新型コロナ対策で中国が「消毒」にこだわり続ける理由

物の表面を介した新型コロナウイルス感染の可能性は低いとされているにもかかわらず、中国政府は執拗に物の表面を介した感染の可能性を強調している。背景には政治的な思惑が見え隠れする。 by Zeyi Yang2022.05.25

5月上旬、中国ではある1分の映像が大きく拡散された。防護服を着た3人の政府当局者が、誰かの家の中を端から端まで、スプレーで消毒している映像だ。冷蔵庫の中、テレビの下、ソファー全体など、徹底的な消毒だった。ソーシャルメディアでは、不幸にも新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染してしまえば、自分の家も同じ扱いを受けるのではないかと心配する声が中国人から上がっている。

中国以外の国では、ウイルスが付着した物の表面を介して新型コロナウイルスに感染するのではないかと心配する人はもうほとんどいない。研究に次ぐ研究から、そのリスクは比較的低いと判明しているからだ。多くの国では、あらゆる物を消毒するという対策は、パンデミックが始まった頃の遠い思い出のようになっている。しかし中国では、2020年初めから時計の針が止まったままのようだ。この映像の拡散後、地方政府の当局者は、コロナ患者の自宅を消毒するという対策は「専門家の見解に即したもの」と主張した。

中国では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者の発生数が過去最多となり、対策が進められている。そうした中で中国政府は、物の表面には大きな感染リスクがあるとのナラティブ(物語)を引き続き主張するように判断した。科学者らは、この判断によって、危機的状況の中で、時間とお金が不要なところに流れてしまっていると言う。空気媒介伝播を止める対策の方がはるかに効果的なのだ。

消毒を優先するという政策は、衛生危機を政治利用し、政府の対応を正当化しようと仕組まれた、政府主導のより幅広いナラティブの一環だ。さらに、物の表面を介した感染を強調することは、冷凍食品を通して武漢に新型コロナウイルスが持ち込まれた可能性があるという、中国が主張したい新型コロナウイルス感染症の起源説を広めるにあたっても好都合だ。

世界の対策から乖離していく中国の対策

物の表面を介した感染が新型コロナウイルスの感染拡大にどれほど寄与しているのかに関しては、国際的には科学的にすでに結論が出されているといっていい。たとえば、2022年4月に曝露科学・環境疫学ジャーナル(Journal of Exposure Science & Environmental Epidemiology)で発表されたミシガン大学の研究によると、ウイルスが付着した物の表面を介して新型コロナウイルスに感染する確率は10万分の1であると推定されている。これは、容認可能なリスクとして研究者が提示している基準を大きく下回る数字だ。

世界保健機関(WHO)を含む公衆衛生当局の大多数は、物の表面を介した感染のリスクはゼロではないが極めて低く、手洗いの推奨以外の積極的な対策が必要になるほどではないと判断している。中国以外のほとんどの国々は、かなり前の時点で、物を消毒するという新型コロナ対策の推奨をやめている。米国疾病予防管理センター(CDC)は、もう2年も前になる2020年5月にガイドラインを更新し、物の消毒は多くの場合不要であるとした。

圧倒的多数の専門家は、物の表面よりもエアロゾルおよび飛沫の方が、はるかに高確率で新型コロナウイルス感染症を広めてしまうと考えている。実際、前述の2022年4月のミシガン大学の研究では、空気を介した感染は物の表面を介した感染より1000倍も起こりやすいことがわかった。

カリフォルニア大学バークレー校で環境工学の助教授を務めるエイミー・ピカリングは、「感染防止対策をする際には、あれもこれも全てできるわけではありません。リスクを下げるのに最も有効な対策に集中するのが理想です」と言う。「すなわち、マスクの着用、物理的な距離の確保、混雑した屋内を避けることです」。

中国ではしばしば、メディアおよび政府が研究結果を挙げて、物の表面を介した感染に引き続き注意することを正当化している。香港、日本、およびオーストラリアの研究者らによると、新型コロナウイルスはさまざまな物の表面で数日から数週間にわたって感染力を保ったまま存在し続けられることが判明している。

しかし、英国のリバプール熱帯医学校で博士研究員を務めるアナ・K・ピトルは、これらの研究の多くは査読を受けていないうえに、そもそもこうした実験室での結果は現実世界とはそぐわないという。ピトル博士は、「巨大な飛沫をウイルスを守る溶液に入れ、容器に入れて、培養器に入れれば、当然のことながら何日も感染力を保つでしょう。場合によっては何週間も感染力を保つかもしれません」と言う。「現実的な状況でどれほどの期間、感染力を保てるのかということを考えるべきです」。

専門家らは、中国が物の表面を介した感染の対策に注力するよう決断したことには代償がつくと言う。たとえば、消毒剤を撒きすぎると化学汚染を引き起こし、それ自体が健康被害の原因になる可能性がある。この事実に関しては、中国の科学者から2020年の早い段階で警告が出されている。新型コロナ感染者の発生数の増加に伴って消毒作業がより積極的に実施されるようになる中で、この懸念を裏付けるような健康被害の報告が出始めている。上海では、住居ビルで産業用消毒剤をむやみに使用したことで、人々の間で炎症反応が出たり、ペットの犬が死んだとの報告がある。こうした大々的な消毒剤散布対策は、仮に安全な形で実施されたとしても、リソースの投下先として適切ではないと、科学者は懸念を抱いている。

政治的ナラティブの強調

中国が過剰な消毒を継続的に推し進めるのには、隠れた意図がある。あらゆる物の表面が危険であるという考え方は、厳格なロックダウン対策の根拠とも深く関連しているばかりか、中国政府が拡散している新型コロナウイルス起源に関する陰謀論を正当化する根拠にすらなっている。このナラティブが間違っていたと認めれば、政治的に危うい状況を招く可能性があるのだ。

2020年10月、中国の衛生当局は、中国の青島市で初めて、輸入冷凍海産品から感染力のある新型コロナウイルスが検出されたと発表した。その後、中国の政府およびメディアは、冷凍食品のパッケージを介して新型コロナに感染する可能性に繰り返し言及してきた。さらには、武漢での最初の新型コロナの発生は、イタリアまたは米国から持ち込まれたウイルスによって引き起こされたのではないかとの説まで提示した。そればかりか、中国政府は世界保健機関(WHO)に対してロビー活動を展開し、新型コロナウイルス感染症の起源に関するWHO主導の調査時にはこの可能性を検討するよう圧力をかけた。

2022年に入って、より感染力が高まったオミクロン株が出現して以降、物の表面を介した感染を心配する人がさらに増えた。

1月には、北京で同年最初の渡航歴のない感染者が報告された。この患者は当時、新型コロナウイルス感染症の発生が報告されていた場所には行っていなかったため、カナダからの国際郵便に職場で触れた際に新型コロナウイルスのRNAに曝露したのではないかとの説を衛生当局者は提示するに至った。だが、郵便物から見つかったウイルス物質が、この患者が別のところで新型コロナに感染した後に郵便物に触れたことで付着したのか、それともそれ以前から付着していたのかを示す証拠はなかった。にもかかわらず、当局による接触追跡の報告には「この患者は海外からの郵便物を介して新型コロナウイルスに感染した可能性を否定できない」と記されており、報告には国際郵便物の消毒ガイドが添えられていた。

ほぼ同じ頃、深センおよび珠海など中国のその他の都市からも、仕事で輸入品を取り扱っていた人たちの間で初期のオミクロン株感染者が報告された。そのため、物の表面を介した感染というナラティブがさらに強まった。

4月、中国疾病予防管理センター(中国疾病預防控制中心)の疫学首席専門家であるウー・ズンヨウ(呉尊友)は、オミクロン株によって物の表面を介した感染の危険が高まっているかと記者から問われた際、曖昧な回答しかしなかった。呉は、主要な感染経路は飛沫だと認めながらも、包装を介した感染の危険性に言及した。「新型コロナウイルスが付着した物の表面を介した感染リスクは比較的小さいですが、繰り返して曝露があり、手の消毒や個人防護に力を入れていない場合には、危険性は著しく上昇します。我々が、屋外で冷凍冷蔵品や郵便の輸送に従事する人を定期的に検査しているのはそのためです」。

物の表面を介した感染リスクに関しては、中国の国内と国外で認識が大きく異なっている。この事実は、公衆衛生政策は時として、科学的事実より政治的意図に左右される場合があるという現実を如実に語るものだ。

イェール大学ロースクールで研究員を務めるヤンヤン・チェン博士は、「公衆衛生対策自体がこの政治ミッションの一環となっています。中国の公衆衛生対策は、ほとんどの場合、どうすれば政府による統制および政府の権限を盤石化して強化できるかという視点で、政府の利害関係を優先する形で策定されています」と言う。チェン博士の研究対象は、中国における科学およびテクノロジーの発展だ。

チェン博士は、物の表面を介した感染というナラティブは、現在の文脈においては別の目的にも資するものだと言う。消毒の取り組みは、劇場型政治の便利な演出になるというのだ。「物の表面の消毒は、空気の濾過と比べて、コスト面ではるかに簡単です。それでも、膨大なリソースを投下しなければならないため、ほとんどの国が実施していないようです。米国のように何の対策もしないか、中国のように大規模かつ劇場型の対策をするか、各国が判断している状態です」。

今年、渡航歴のない新型コロナ感染者が急増した省の1つである吉林省は、「合計6197万8900平方メートルを消毒」したと発表した。これは、サッカー場8000枚を超える広さだ。中国の1つの省だけで、この面積だ。北京で開催された2022年の冬季オリンピックでは、物の表面を消毒して消毒剤を散布するロボットが導入され、中国が自国の技術力をひけらかす機会となった。

しかし、ごく最近になって、小さな変化の兆しがいくつか出てきている。5月17日、上海市疾病予防管理センターのジュ・レンイ(朱仁义)は、記者会見で、過度な消毒に対して警鐘を鳴らした。おそらく、消毒の取り組みが予定通り進んでいない旨の報道を受けてのことだろう。朱は、ロボットおよびドローンによる消毒に関しては実施しないよう呼びかけたが、郵便物の包装の消毒は必要だとの見解は変えなかった。「十分な消毒をした後、30分経過してから配達すべきです」。

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ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。
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