KADOKAWA Technology Review
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肝臓を最長12日間体外保存、移植タイムリミットを大幅延長
Sean Gallup/Getty Images
A new storage technique could vastly expand the number of livers available for transplant

肝臓を最長12日間体外保存、移植タイムリミットを大幅延長

ドナーから提供された肝臓の保存期間を、現在の数時間から数日間に延ばせる最新の研究成果が発表された。移植に利用可能な肝臓を大幅に増やせる可能性がある。 by Rhiannon Williams2022.06.03

人体を模した新型機械で3日間保存したドナーの肝臓を移植したところ、患者は手術から1年経っても健康だという。ネイチャー・バイオテクノロジー誌に掲載された研究によって明らかになった。研究チームは、このテクノロジーによって移植に適合する肝臓の数を大幅に増やせる可能性があると主張している。ドナーの肝臓を現在の水準よりも長期間保存できること、確保はできたものの損傷が深刻なために移植に適さない臓器を修復すること、双方が期待できるという。

チューリッヒ大学病院外科のピエール・アラン・クラビエン教授が率いる研究チームは、ある機械の中に今回の研究に使った肝臓を保存した。機械は人体内の状態を部分的に再現するもので、機械内部の圧力は人体内と同レベル、温度は37℃に保たれている。この機械は肝臓の中に残っている液体を洗い流し、胆汁とタンパク質の産生をモニターする。また、通常は移植に使えないとされる感染症を治療するため、抗生物質と抗真菌薬を投与した。

使用された肝臓は29歳の女性から提供されたものだが、病変があったため、すべての移植センターから受け入れを拒否されたものだ。病変が良性のものであるかどうかの確認には24時間の時間が必要になるが、肝臓移植までのタイムリミットを超過してしまう。しかし、この研究で述べられている技術によって、医師は生体組織検査と、適切な処置を施すための十分な時間を得られた。同じような問題がある肝臓を移植することが可能となり、結果としてより多くの命を救えるかもしれない。

「米国では、(移植用に提供された肝臓)のうち70%は使えません。その70%すべてを救えるかどうかは分かりません」とクラビエン教授は言う。「ですが、移植に使われない臓器や、問題はあっても移植に使えるかもしれない臓器を救うという試みは、素晴らしいことです。今回の研究で使用した肝臓は、その可能性を示したのです」  。

ドナーから摘出された肝臓の保存は、通常、氷で冷やされ、期間は最長12時間とされている。このタイムリミットは、氷の冷たさによって肝臓の細胞が傷つき、移植が成功する可能性を低下させないようにするため設けられている。時間制限が短いため、ドナーの肝臓と、移植を待つ人々との臓器適合を確認する時間が厳しくなっている。そのため、多くの患者は移植のための肝臓を見つける前に亡くなってしまう。

さらなる研究が必要だが、研究チームはこの新技術によって、ドナーの肝臓を移植まで安全に保管できる期間を最長12日間に延ばせるかもしれないと考えている。それだけの期間保存できれば、手術前にドナーの肝臓を薬で治療できる可能性も高くなる。

今回の研究で臓器提供を受けた62歳の男性は、重度の肝硬変や、深刻な門脈圧亢進症といった深刻な症状を抱えていた。門脈圧亢進症に罹ると腸と脾臓から肝臓へと血液を運ぶ主要な血管の血圧が高くなり、静脈瘤ができたり、脾臓が腫れて脾腫となったり、腹水が溜まったりする。

肝臓は、患者の体内へ移植されると3日ほどで正常に機能し始めた。患者は手術後の感染症のリスクを下げるため免疫抑制剤が投与されたが、手術から12日後には退院できた。移植から1年後の検査でも、肝臓の障害や損傷、拒絶反応を示す兆候は見られなかった。

肝臓移植の需要は高まっており、肝臓の病気で亡くなる人の数も年々増えている。しかし、移植に使える臓器の数は依然として少ないままだ。米国保健福祉省によると、現在、1万1000人以上もの人が肝臓移植を待っており、移植の待ち時間は地域によって大きく異なるという。

「この研究によって、肝疾患の治療法に革命が起きたと言えるでしょう」とクラビエン教授は話す。「その証拠は、深刻な病状だったにもかかわらず、移植を受けた彼が今も生きていることです」。

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リアノン・ウィリアムズ [Rhiannon Williams]米国版 ニュース担当記者
米国版ニュースレター「ザ・ダウンロード(The Download)」の執筆を担当。MITテクノロジーレビュー入社以前は、英国「i (アイ)」紙のテクノロジー特派員、テレグラフ紙のテクノロジー担当記者を務めた。2021年には英国ジャーナリズム賞の最終選考に残ったほか、専門家としてBBCにも定期的に出演している。
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