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「新型出生前診断」普及で
染色体疾患が急増の米国、
親はどう行動すべきか?
illustration sources: National Human Genome Research Institute
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What to expect when you’re expecting an extra X or Y chromosome

「新型出生前診断」普及で
染色体疾患が急増の米国、
親はどう行動すべきか?

出生前の遺伝子検査が標準的な妊婦健診として普及している米国では、これから産まれてくる子どもの性染色体異常が見つかることが増えてきている。しかし性染色体異常によって、家族と子どもに何が起きるのかを正しく知らせてくれる医師は少なく、不安を与えている。 by Bonnie Rochman2022.10.12

妊娠9週目のときのことだ。オリーの母親であるケイティは、米国コロラド州ボルダーのかかりつけの産婦人科で、新型の出生前血液検査を受けた。検査ではダウン症候群や18トリソミー(エドワーズ症候群)などの主な染色体疾患を調べられるとのことだった。100ドルの特別料金を提示された夫妻は提案を受け入れ、検査に同意したのだ。ただし、1つ条件を提示した。「覚えておいてくださいね」とオリーの母親は看護師に言った。「私たちは産まれてくる子どもの性別を知りたくはありません」。

だが、産科医からは予期せぬ電話によって、夫妻は結局、子どもの性別を知ることになった。「『お子さんは男の子ですが、 残念ながらXXY症候群を持っていることをお伝えしなければなりません』と、産科医に言われました」(ケイティ)。

ケイティと夫のサイモンは XXY症候群という病気を聞いたことがなく、産科医もあまり助けにならなかった。「クラインフェルター症候群」とも呼ばれるXXY症候群は、不妊やその他の健康問題を引き起こす可能性のある遺伝子疾患である。一般的に、出生時に男性とされる子どもが、通常のX染色体とY染色体の他に余分のX染色体を持って生まれる場合に生じる。

X染色体またはY染色体が過剰または欠落している性染色体異常は、染色体疾患の中で最も一般的なものであり、出生児400人に1人の確率で発症する。しかし、性染色体異常を持つ人の多くは、自分が性染色体異常であることさえ知らない。性染色体異常の疾患は気づかれない場合があるからだ。生命を脅かすものではなく、必ずしも致死的なものでもなく、注意を促す明確な特徴を持っていることが少ない。 それでも、性染色体異常の診断は苦悩を引き起こす場合がある。

生まれてくる子どもに重度の疾患がないことを確認するため、非侵襲的な出生前診断を選択する親が増えている。それに合わせて、極めて軽度であるがほとんど知られていない疾患を胎児が持っていることを知り、驚く親も多くなっている。染色体異常の多くはこれまで診断されてこなかったこともあり、このような疾患に精通していない産科医も多い。そのため、予期せぬ知らせを受けた家族は、自ら対処せざるを得ない。家族の多くは、次にどうするべきか、支援団体や遺伝カウンセラー、さらにはインスタグラムからも情報を集め、考えることになる。

10年前に非侵襲的な出生前検査(NIPS:Noninvasive Prenatal Screening)が台頭して以来、妊娠中に得られる胎児の情報は劇的に変化している。2011年に登場した、ダウン症候群を検出するための妊娠初期の血液検査は、普及が進んでいるだけでなく、年月を経るに従い、性染色体異数性(染色体数の異常を示す医学的用語)を含む、より広範な疾患を検出できるようになった。

2020年、米国産科婦人科学会が、年齢を問わない非侵襲的な出生前検査を承認し、血液検査は事実上、妊婦健診の標準的な項目となった。親は通常、胎児にダウン症候群などの重度な疾患がないことを確認するため、これらの検査を利用する。しかし、検査対象となっていることさえ知らなかった疾患が見つかってしまうケースも多い。 「一番恐ろしいのは、私たちがよく理解しないまま実施した検査に基づいてこの診断がこうやって出されているということです」とサイモンは言う。「非常に重度の疾患だけを検出するものだと私たちは思っていました」とケイティは付け加える。

さらに問題を複雑にしているのは、非侵襲的な出生前検査が、性染色体異数性に関してはダウン症候群の検査ほど正確でないことだ。そのため、妊娠中の羊水検査や絨毛生検(胎盤組織の検査)、または出産後の赤ちゃんの血液検査で陽性の検査結果を確認することが重要性だと強調されている。だが、学術誌『出生前診断(Prenatal Diagnosis)』の2016年の記事によると、「一部の女性が、(非侵襲的な出生前検査)だけに基づいて中絶することを選択し、疾患を持っていない胎児を中絶してしまっている可能性がある」ことがデータから読み取れるという。

XXY症候群の男性のうち、生涯の間に診断されるのは約40%であり、診断を受けるのは通常、大人になって不妊症を経験した時である。こう説明するのは、性染色体異常の世界的専門家であり、デンバー小児病院の小児科医であるニコル・タルタグリア医師だ。XXY症候群の患者は、精巣萎縮、筋肉が少ない、顔や体の毛が少ないなどの身体的特徴に加えて、学習障害や社会的相互作用の課題を抱えている場合がある。しかし、クラインフェルター症候群の患者の大部分は、成長して生産的かつ健康な生活を送る。

一方、XXX染色体またはXYY染色体を持つ人のうち自分の疾患を認識しているのは10%に過ぎない。だが、遺伝子鑑定の普及に伴い、この数は増加している。「私たちに寄せられる相談の件数から判断すると、診断を受けずにいる人の割合は少なくなってきているように思います」とタルタグリア医師は言う。

米国で胎児に性染色体異常があることを知った親が最初に頼る場所の1つが、支援団体のAXYS(Association for X and Y Chromosome Variations)だ。AXYSは、非侵襲的な出生前検査が普及するにつれ、検査結果を知ってうろたえた家族からの相談が急増していると言う。「親御さんは非常に心配して私たちのところにやってきます」とAXYSの事務局長を務めるキャロル・マーシャートは述べる。「彼らはこれらの疾患について知りませんし、かかりつけ医もこの疾患について知りません。でも、ダウン症候群よりずっと一般的なのです」。

XXYは男性として生まれた人の約650人に1人、XXXは女性として生まれた人の1000人に1人、 XYYは男性1000人に1人の確率で発生する。「あなたもこうした疾患を持っている人と会っている可能性が高いのです」とマーシャート事務局長は言う。「あなたが気づかなかっただけです。患者自身、疾患を持っていることを知らない場合もあります」 。

遺伝カウンセリング、そしてX染色体およびY染色体の異常に関する情報は、胎児にこうした異常があることを知った家族の増加に追い付いていない。ニューヨーク市にあるワイルコーネル医科大学の小児遺伝学者、リリアン・コーエン助教授がX染色体およびY染色体の異常を専門とする研究センターの開設を支援したのは、そのような乖離を埋めるためだ。「1週間に診察した4 …

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