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重工業はなぜ、気候問題で「解決困難なセクター」であり続けるのか?
Kirill Braga / Sputnik via AP
How hydrogen and electricity can clean up heavy industry

重工業はなぜ、気候問題で「解決困難なセクター」であり続けるのか?

鉄鋼、セメント、化学薬品、つまり重工業は、全世界の温室効果ガス排出量のうち、相当な割合を占める量を排出している。気候変動を抑制するには、重工業からの排出を抑制する必要があるが、簡単なことではない。 by Casey Crownhart2022.11.11

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

年に一度のイベント「ClimateTech(クライメート・テック)」のため、私はボストンに来ている。イベントの中で特に楽しみにしているのは、 「解決困難なセクターの解決」 と呼ばれるセッションだ。解決困難なセクターとは、人類全体にとって重要なのに、イノベーションが忘れられがちな産業のこと。気候テック分野ではよく使われる表現だ。

そこで、このClimateTechのセッションをちょっと覗いて、そう呼ばれているセクターとは何か、何がそんなに難しいのか、企業はどのようなアプローチでクリーン化を進めているのか、ひも解いてみよう。

なぜ重工業は気候の悪夢となるのか?

解決が困難なセクターといえば通常、鉄鋼、セメント、化学製品などの重工業を指す。道路や建物、そして私たちが毎日使っている製品のほとんどを作っている産業だ。

輸送や食品といった他のセクターのほうが注目されるかもしれないが、重工業は気候変動のパイの小さな一切れではない。世界の温室効果ガス排出量のおよそ20%を占めているのだ。

重工業からの排出量を削減するのが難しい理由は大きく2つある。

第一に、製造工程がエネルギーを大量に消費する傾向がある。例えば、鉄鋼を生産するには1600℃ を超える高温が必要だ。炉をこれほど高温にすることは、多くの化石燃料(多くは石炭)を燃やすことを意味する。

水素やバイオ燃料といった異なる熱源に置き換えることで、排出量を削減できる場合もある。だがここで第2の問題がある。製品を作る化学プロセスに炭素が関わっている場合があるのだ。

セメントの生産を例に考えてみよう。化学的なことはあまり詳しく説明しないが、基本的にセメントの原料は石灰石で、そのほとんどが炭酸カルシウムであるため、石灰、つまり酸化カルシウムに変える必要がある。この工程で高熱が必要となり、石灰石中の炭素と酸素が排出され、温室効果ガスとして有名な二酸化炭素が発生する

つまり、たとえ窯を温めるための代替燃料があったとしても、セメント製造には排出ガスが付きものなのだ。

また、石油や天然ガスが原料となる工業製品もある。プラスチックはその典型で、使い捨てのプラスチックのほとんどは化石燃料に由来している。これは、ハンドソープに含まれる洗剤や香水に含まれる香料など、他の化学物質にも当てはまる。

さらに、産業用設備は規模が大きいため、変更が困難であり、非常にコストがかかるのも問題だ。大規模な製鉄所の建設には10億ドル以上の費用がかかり、通常、何十年も操業する。そのため、将来的に排出量を削減しようとする企業は、今すぐにでも新しいテクノロジーに多額の資金を投資する必要があるわけだ。

私たちにできることは?

鉄鋼、セメント、化学製品などを製造する、脱炭素化した新しい方法は、そのほとんどがまだ研究段階か試験段階であり、いずれの産業においても明らかな勝者はまだいない。だが、勢いを増しているアプローチもいくつかある。

代替燃料として水素を使用することは、鉄鋼などの産業から排出されるガスを削減する最も簡単な方法の1つとなる可能性がある。一部の設備は調整する必要があるものの、水素の燃焼は、主に石炭や天然ガスに依存している今日のアプローチに最も近い。

グリーン水素は、MITテクノロジーレビューが2021年に選んだ「ブレークスルー・テクノロジー」の1つであり、その可能性と考えられる課題については、こちらで詳しく説明している。

電化は、いくつかのスタートアップが目指しているもう一つのルートだ。ボストン・メタル(Boston Metal)は鉄鋼の電化を試みており、サブライム・システムズ(Sublime Systems)はセメント産業に電気化学を導入しようとしている。熱を電気に置き換えるには、プロセスを動かすのに十分な再生可能エネルギーを確保する必要がある。

サブライム・システムズのリア・エリス共同創業者兼最高経営責任者(CEO)は、MITテクノロジーレビューが選んだ2021年の「35歳未満のイノベーター35人」の1人である。彼女とサブライム・システムズについてはこちらの記事をお読みいただきたい。

二酸化炭素の回収も、排出量削減のために不可欠な要素になる可能性がある。ただし、現在でも高価であり、回収後の二酸化炭素の行き先がどうなるのかが、そのプロセスが実際にどれだけ排出量を削減できるかの重要なポイントになる。

スタートアップ企業のトウェルブ(Twelve)は、二酸化炭素を燃料からプラスチックまで、使用可能な製品に変換することに取り組んでいる。トウェルブの共同創業者兼CTOのケンドラ・クールは2016年の「35歳未満のイノベーター35人」の1人でもある(詳しくはこちら)。

気候変動関連の最近の話題

  • ClimateTechの開催を記念して、本誌エネルギー担当上級編集者のジェイムズ・テンプルが、気候変動の危険性がいかに加速しているか、それに対して何ができるか、そしてこの瞬間がいかに重要であるかについて、タイムリーなエッセーを書いている。気候変動に危機感をお持ちの方はぜひ一読を 。
  • 国際航空を監督する国連機関は、ついに2050年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロにする目標を設定した。決定には何年もかかっている。(ニューヨーク・タイムズ紙
  • 一部の航空会社や業界団体はすでに2050年を目標に掲げていた。この目標とそれを達成するために必要なことについては、私が以前執筆したこちらの記事をチェックしてほしい。
  • 他の航空関連のニュースとしては、フリークエント・フライヤー税(年間搭乗回数に応じた課税制度)が、航空機の排出量削減に必要とされる高額な費用を賄うのに役立つ可能性がある。(ワシントンポスト紙
  • 自動車メーカーは米国における電気自動車の製造に資金を投入している。今年成立した米国のインフレ抑制法のインセンティブが進歩を加速している。(プロトコル
  • アイダホ州でコバルト鉱山が操業を開始した。米国で唯一の稼働中のコバルト鉱山となる。コバルトは電気自動車や家電製品のほとんどのリチウムイオン電池に使用される重要な鉱物で、現在そのほとんどはコンゴ民主共和国で採掘され、中国で加工されている。(NPR
  • 電気トラック/SUVメーカーであるリヴィアン(Rivian)は、ほぼ全ての車両に影響する大規模なリコールを発表した。問題は車のステアリングに影響を与える可能性があり、リコールは同社が生産拡大に取り組む中で起きた。(ウォール・ストリート・ジャーナル紙

 

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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

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