寺部雅能:量子コンピューターの社会実装はどこまで進んだか?
来るべき量子社会の未来に向けて、すでに量子技術の社会実装を進める動きがある。さまざまな領域で量子コンピューターの活用を検討・推進する住友商事のQX(Quantum Transformation)プロジェクトで代表を務める寺部雅能氏に国内外の動向や現状、課題について語ってもらった。 by MIT Technology Review Japan2022.12.22
量子特有の物理現象を利用した量子コンピューターの開発が世界中で加速している。100万量子ビット級の本格的な量子コンピューターの実用化は2030年代になるとの予測もあるが、すでに量子技術を利用したビジネスでの実証実験や社会課題を解決するための取り組みが始まっている。
- この記事はマガジン「量子時代のコンピューティング」に収録されています。 マガジンの紹介
量子技術を起点に社会変革を目指す住友商事の「QX(Quantum Transformation)プロジェクト」で代表を務める寺部雅能氏は、量子コンピューター開発と社会実装に向けた動きの現状を次のように説明する。
「量子コンピューターは計算方式の違いによって、量子ゲート方式と量子アニーリング方式に大きく分けられ、現在の産業界で実装が進んでいるのはアニーリング方式です。これは組み合わせ最適化問題を解くのに適した、いわば機能特化型の量子コンピューターです。一方で、現在世界中で研究開発が盛んに進められているゲート方式は汎用性が高くさらなる発展性が期待されています。ただし、大規模化にはデコヒーレンスとノイズの影響を取り除けるエラー訂正機能が必要であり、それを備えた量子コンピューターの登場はもう少し先になるでしょう」
実用化で先行する量子アニーリングマシンはどのような用途で使われているのだろうか。
「組み合わせ最適化では、工場における生産オペレーションや物流における無人配送の効率性を高めるための計算に使われています。また、創薬や化学材料の開発、金融分野ではポートフォリオの最適化や価格予測、さらにエネルギー分野の効率化といった組み合わせを伴う課題を解くのに用いられています」
従来のコンピューターにおいても近年は機械学習など人工知能(AI)による処理が盛んとなっているが、これを組み合わせ最適化の問題に生かすことはできないのだろうか。
「予測や判断に用いられる点では、AIと量子コンピューターが得意な組み合わせ最適化は似ていますが、これらは別物です。機械学習はすでに答えが分かっている大量のデータの中から隠れたルールやパターンを発見するのに適した手法です。一方、組み合わせ最適化は決まったルールの中から未知の組み合わせも含めて一度に計算できます。そのため、人間が思いつかないようなベストプラクティスが導かれる可能性もあるわけです」
さらに、機械学習のモデルを量子コンピューター上で実行するための量子アルゴリズムも複数提案されており、従来のコンピューターでは時間がかかりすぎてしまうAIの演算をさらに高効率に実行できる可能性も秘めている。
量子コンピューターでさまざまな社会課題の解決を目指す
量子コンピューターはハードウェアやアルゴリズムの研究開発が話題になりがちだが、社会実装の動きが今後ますます注目されていくと寺部氏は語る。国内で実施された実証実験の一例として、バス会社の取り組みを挙げた。
「たとえば、路線バス会社を傘下に持つみちのりホールディングスでは、地方のバス会社の事業再生のために、自動運転やICT、MaaS(Mobility as a Service)などの新技術を用いたイノベーティブな実験をしています。その一環として、将来の量子コンピューター活用を見据え、地域の路線バスの運行計画の最適化の取り組みを実施し、効率を数パーセント上げたという結果も出ています」
現在、バスの運行計画や運転手の配置計画は膨大な時間をかけて計算されている。これを量子アニーリングマシンが得意とする組み合わせ最適化問題として計算することで従来よりも効率的な計算が可能になるという。将来的には街の状態に合わせてリアルタイムに最適化できる可能性が生まれてくる。これは定時運行の計画だけでなく、既定の経路や時刻表がないオンデマンドバスの実現にもつながる。特に人口減少や高齢化が進む地域における公共交通インフラの維持に効果が期待できるだろう。
「スケジューリングの最適化という点では、飛行機のフライトや鉄道ダイヤの最適化、都市部の交通渋滞解消といった他のモビリティ分野にも応用できます。これは移動時間の短縮だけでなく、燃料の節約や大気汚染の軽減など環境やエネルギー問題に対しても貢献する可能性があります。2017年にはフォルクスワーゲンが北京市のタクシーの走行データセットを使って渋滞解消のデモを披露して話題となりました。同年に私の前職であるデンソーと豊田通商も共同でタイのバンコクにおいて交通渋滞解消やタクシー配車アプリの実証実験を実施しています」
また、その翌年にはデンソーと東北大学が共同で工場内での無人搬送車(AGV)の経路最適化の実証実験を実施し、AGVの稼働率を最大15パーセント向上させる成果を残すなど、FA(Factory Automation)分野での応用可能性を示した。
他にも、組み合わせ最適化のアプローチは応用範囲が広く、近年期待が高まっているのが、ドイツ電力最大手エーオン(E.ON)とIBMが共同で研究を進めている、再生可能 …
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