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1日のほとんどを睡眠に費やす赤ちゃん、脳では何が起きているのか
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Babies spend most of their time asleep. New technologies are beginning to reveal why

1日のほとんどを睡眠に費やす赤ちゃん、脳では何が起きているのか

新生児はなぜ、それほど長い睡眠を必要とするのか。新たなツールは、急速に発達する新生児の脳の中で何が起きているのかを明らかにするのに役立つかもしれない。 by Jessica Hamzelou2022.12.30

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

多くの人と同じく、私には十分な睡眠がとれていないという確信がある。私の場合、毎朝4時から6時の間のどこかで、4歳の子どもが私を起こしておしゃべりをしたがるせいもある。もう1人の子どもである2歳児のほうは、夜は12時間の睡眠をとり、昼には2時間の昼寝をする。なんという贅沢だろう。うらやましい限りだ。

幼児は大人よりも多くの睡眠を必要とする。私の下の子などは、以前はもっと多くの時間を睡眠に費やしていた。生まれて数カ月間は、ほとんど目を覚ましている時間がないようにも見えた。科学者たちは、なぜ赤ちゃんがそれほど睡眠を要するのか、今なお厳密に解き明かそうとしている。新たなツールは、急速に発達する新生児の脳の中で何が起きているのかを明らかにするのに役立つかもしれない。

「それは(中略)脳が1秒間に100万シナプスといった速さで結合を発達させている時期なのです」。英国のケンブリッジ大学病院NHS(国民健康サービス:National Health Service)財団トラストのコンサルタント新生児科医であるトプン・オースティンは言う。そうした結合が、新生児が周囲を感知するようになる上で重要な役割を果たすと考えられている。それらの多くはその後、新生児が理解の精度を高めていくにつれて削ぎ落されていく。だが、最初の数週間は、人生の重要な基盤が設定される時期だ。

脳の電気活動を調べる方法の1つに、脳波(EEG)を計測する電極キャップを新生児に被せることがある。だが、この方法で得られる画像は空間分解能があまり高くないため、脳のどの領域が活動しているかを一度で正確に特定することが難しい。

あるいは、脳の血流を測定するMRI(磁気共鳴画像:Magnetic Resonance Imaging)スキャナーに新生児を入れることもある。MRIスキャンを受けたことがある人なら、この巨大な装置が赤ちゃんに適した場所でないことはよく分かるだろう。騒音がひどい上に、スキャンされる側にはほぼ完ぺきな静止状態が要求されるからだ。

オースティン医師とジュリー・ウチテル(当時ケンブリッジ大学の博士課程生、現在はスタンフォード大学の医学生)らの研究チームは、別の方法を開発した。光源とセンサーを埋め込んだキャップを使用する方法だ。これらの部品を組み合わせると、診察室で指にはめるパルス・オキシメーターと同じように、脳の血流を測定できるのだ。

同様の手法はこれまでにも脳の研究に使われていたが、光ファイバーケーブルが何本も突き出たキャップを使う必要があった。そのようなキャップを被ったまま新生児が眠ったままでいるのは難しい。今回の新たな装置では、最近開発されたタイルを使っている。それぞれのタイルには複数の光源と検出器が埋め込まれている。オースティン医師らのチームはこのタイルを12枚、新生児に適したキャップに取り付け、それを1本のケーブルでコンピューターに接続した。その結果、「(これまでの)光ファイバー・ケーブル・システムの少なくとも10倍の空間分解能で」脳の画像が得られるようになったとオースティン医師は語る。

ニューロイメージ(NeuroImage)誌で発表された最近の研究で、オースティン医師のチームは出産直後の親たちに、退院前の新生児を検査させてほしいと依頼した。「小さな水泳帽のようなもので、赤ちゃんはこれを被るととても嬉しそうにするのです」とオースティン医師は言う。チームは新生児28人の睡眠中の脳の活動を記録した。

新生児は2つの睡眠段階を循環する。ピクピクと動いたり顔をしかめたりする活動期の後、動かずじっとしている静止期が続く。研究チームは新生児の脳を検査する間、すべての新生児を撮影し、それぞれの新生児がいつどのような睡眠段階にあるのかを後で調べられるようにした。

その後、オースティン医師らチームが記録画像を分析したところ、睡眠の活動期と静止期では、それぞれの脳の状態に違いがあることが分かった。新生児がそわそわする活発な睡眠期には、左右の脳領域が同じタイミングで同じように発火しているようだった。これは、脳の至るところで新たな長い接続が形成されている可能性を示しているとオースティン医師は言う。静かな静止期には、脳の領域内でもっと短い結合が形成されているように見える。

なぜこうしたことが起きているのか明確ではないが、オースティン医師には1つの見解がある。活発な睡眠は、脳が意識体験をより大まかに構築する準備のために重要なのではないかと考えている。例えば、他人を色や質感が異なる点や断片が連続したものと捉えるのではなく、人として認識するというようにだ。これを成し得るには、さまざまな脳領域が連携して作用する必要がある。

静かな睡眠期に作られる短い結合は、おそらく個々の脳領域を微調整しているのだとオースティン医師は言う。「活発な睡眠で大まかな絵を作り上げ、静かな睡眠で精度を整えているのです」。

健康な新生児の脳の働きが分かるようになればなるほど、未熟児や生後間もなく脳に損傷を受けた新生児を救いやすくなる。オースティン医師は、睡眠時の各段階が脳にどのような影響を与えているかについても詳しく知りたいと考えている。脳の活動に対する理解がもっと進めば、例えば、授乳のためにいつ起こすのが最も安全であるかといったことも解明できるかもしれない。

オースティン医師は、眠っている赤ちゃんの近くに置く信号機のようなものを思い描いている。青信号は、新生児が覚醒と睡眠の中間のような状態にあり、起こしてもよいという合図。一方で赤信号は、脳が重要な処理をしている真っ最中であり、そのまま眠らせておくのが最適だという合図になるというものだ。

私は自分の子どもたちに似たようなことを試してみた。子ども部屋に雲の形のおもちゃを置き、ママを起こしても大丈夫なときには緑色に変わって、歌が流れるのだ。だがその雲は無視されてしまう。残念ながら、子どもたちは自分の脳が目覚める準備ができてしまえば、私の脳が準備できていなくても関係ないようだ。

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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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