KADOKAWA Technology Review
×
【4/24開催】生成AIで自動運転はどう変わるか?イベント参加受付中
中国テック事情:EVバッテリー巡り緊張高まる米中関係
Annu Kilpelainen
EV batteries are the next point of tension between China and the US

中国テック事情:EVバッテリー巡り緊張高まる米中関係

中国企業が世界の電気自動車用の電池製造をほぼ独占するようになり、政治的問題の火種となることが増えてきた。この傾向は今後、ますます強まりそうだ。 by Zeyi Yang2023.04.11

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

電気自動車の電池と中国について話題にするちょうどいいタイミングだ。中国が電気自動車産業において世界のリーダーために、20年にわたって実施してきた投資について解説する記事を先日公開した。中国政府、企業、そして消費者、さらにはテスラ(Tesla)までが、いかに協力して、研究課題に過ぎなかった電気自動車を一般に普及させるまでに至ったのか、という記事だ。

さまざまな要因があるが、中国が電池セルの精製済み材料をコントロールしているということ、そして高度な電池製造テクノロジーを有しているということが、特に重要だ。欧米の自動車メーカーがガソリン自動車から転換しようと思っても、中国製の電池に頼らなければ転換できないほど、重要なのだ。そのため、フォード(Ford)はかなり以前から、世界最大のリチウム電池メーカーである中国大手CATL(寧徳時代新能源科技)と共同で電池工場を建設する計画を進めている。

2月のフォードの発表によると、CATLと共同での電池工場の建設計画はミシガン州で進んでいる。だが、反対の声も上がっており、政治的理由からこの計画が頓挫する可能性も残されているとのことだ。この発表からも、中国が電池テクノロジーでアドバンテージを握っていることが、今後私たちの日常生活にもますます影響を及ぼしてくるであろうことが読み取れる。

しかし、フォードは、そもそもなぜ、電気自動車の電池を作るにあたって、CATLと協力する必要があると考えているのだろうか。単純な答えは、中国企業は高品質の電池を大量かつ低コストに生産することに成功しているからだ。中国の電池の使用を避けることは商業的に不可能となり、米国内の電池企業がCATLの規模と効率に匹敵するには長い時間がかかるだろう。

編集部のケイシー・クラウンハートが解説したとおり、フォードの新工場はリン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池を専門に製造することになる。LFP電池は、別の一般的な種類のリチウム電池であるNMC電池で使われているコバルトおよびニッケルではなく、材料に鉄を用いる。米国および欧州で電気自動車の製造に広く使用されているNMC電池と比較すると、LFP電池はコストが安く、寿命が長く、発火リスクの面でより安全だ。

しかし、つい数年前までは、LFP電池は旧式のテクノロジーであり、エネルギー密度の点でNMC電池には決して匹敵しないと考えられていた。この一般認識を高度な研究で変えたのが、中国企業、特にCATLであった。グローバル調査企業のウッド・マッケンジー(Wood Mackenzie)の電気自動車および電池のサプライチェーンサービス部門の上級研究アナリストを務めるマックス・リードは、「これは純粋に、中国のセルメーカーにおけるイノベーションの成果です」と語る。「それによって、中国の電気自動車の電池企業、とりわけトップクラスの企業が大きな注目を集めるに至ったのです」。

その結果、「セル製造能力の点で中国はかなり先行していますし、現在ではかなり有望視されるテクノロジーとなったLFP製造のほぼ全体においても実質的に先行しています」と、リードは言う。 

コバルトおよびニッケルを用いた電池に関しても、中国はまだ電池産業のシェアのかなりを維持している。なぜなら、世界のコバルトおよびニッケルの材料の精製拠点の大部分が、中国国内に存在しているからだ。中国がこうした上流側の材料の多くを製造しているため、中国は電池製造のコストをある程度コントロールできるだけでなく、電気自動車への転換において上流側の材料を必要とするあらゆる外国に対して、上流側の材料を人質に取ることもできる。米国は現在、中国の半導体産業の発展を阻止しようとしている。中国がそれに対抗したければ、電気自動車の電池の上流側の材料を人質に取ることが最重要カードの1つになると長年にわたって考えられてきた。

しかし、そうなる前にも、私たちの眼前ではすでに、米国および中国の両方で電池テクノロジーがますます政治問題化されている。

ミシガン州の工場建設を実現するために、フォードは当初から注意深く計画を進めてきた。フォードがCATLと結んだ契約では、CATLはこの工場の持分を一切得ず、一切の支配権も得ないことが明確に規定されている。フォードは単に、CATLのテクノロジーのライセンスを取得し、自社で使う電池を製造しようとしているということだ。こうすることで、フォードによる電池生産は、バイデンの野心的な産業政策計画であるインフレ抑制法の下での補助金の対象にもなる。

しかし、それでは十分ではなさそうだ。なぜなら、中国は米国の政治において、最も意見が割れる問題の1つになっているからだ。フォードの電池工場は、当初バージニア州が建設候補地になっていたが、バージニア州知事は1月、入札から撤退を決めた。この工場は、「中国共産党のフロント組織」だというのだ。フォードとCATLがミシガン州での建設で合意すると、中国に対するタカ派政策で知られるマルコ・ルビオ上院議員は、連邦政府への公開書簡において、特に対米外国投資委員会に対して、この計画を審査するよう要請した。

ワシントンD.C.のシンクタンクであるピーターソン国際経済研究所(Peterson Institute for International Economics)で上級フェローを務めるマーティン・コルゼンパは、対米外国投資委員会は持ち株、不動産取引、またはテクノロジーの譲渡を伴う特定の事業取引を阻止するのが目的であるため、ルビオ上院議員の要請にはおそらく根拠がないと言う。コルゼンパは、「CATLとフォードの計画においては、CATLが既存の米国企業にエクイティ投資をするか、CATLに土地を購入させることを示唆する情報はまだ得ていません。そのため、対米外国投資委員会がこの計画に対してどのような管轄権を持つのか理解に苦しみます」と言う。

しかし、電池テクノロジーの世界に政治を持ち込もうとする有力者は、ルビオ上院議員だけではない。2月16日のブルームバーグの報道によると、中国自体が国家安全保障の観点からこの計画を審査しようとしている。CATLがコアテクノロジーを過剰に共有して中国が持つ電気自動車の電池分野におけるアドバンテージを危険にさらす懸念があるというのだ。

私が何人かの電気自動車の専門家と話したところ、CATLとフォードの計画のニュースから、確実に学ぶべきことが1つ浮上してきた。それは、電池は長年にわたって地政治学的な摩擦の影響を受けずに済んでいた。だが、世界各地でエネルギー転換への注目が高まっていることで電池に関心が集まり、中国が電気自動車で大きなシェアを有していることから、この分野では中国が必然的に大きな存在感を持つことになるということだ。米中関係が不安定であることも、状況を確実に悪くする要因だ。もうすぐ、電池(および電池を作るための材料)が、半導体のように新たな火種となるだろう。

中国関連の最新ニュース

1. ティックトック(TikTok)は、過去6カ月で欧州連合(EU)加盟国内の月間アクティブユーザーが1億2500万人になったと報告した。ユーザーのデータを現地で保管するために、EU加盟国内に新たに2カ所のデータセンターを設けることを計画している。(ロイター通信

2. 中国は、「信頼できない企業リスト」を初めて用いて、台湾への武器販売に関してロッキード・マーチン(Lockheed Martin)およびレイセオン(Raytheon)に制裁を科した。この動きは、米国が1月の「偵察気球」問題で中国の6つの企業を取引禁止対象に加えたことに対する報復ではないかと見られている。(CNN

3. 中国の直近の新型コロナ感染の波による死者数は、公式には8万3150人とされている。しかし、疫学の専門家による推計はそれをはるかに超えており、97万人から160万人にのぼると見ている。(ニューヨーク・タイムズ紙

4.中国のメタバースに期待していた人にとっては、悪いニュースだ。バイトダンス(ByteDance)とテンセント(Tencent)が2月に、いずれも実質現実(VR)関連のチームにおけるリストラを発表した。(イーカイ・グローバル、Yicai Global

5. 配車アプリのディディ(DiDi)が中国で復活した。ここからは、中国政府が巨大テック企業を抑えつけようとしつつも経済成長を目指すために、微妙なバランスを取ろうとしていることがわかる。(ワイアード

6. オランダの半導体リソグラフィー機械メーカーのASMLが、中国国籍を持つ元従業員が過去数カ月で秘密情報を盗んだと訴えている。(ブルームバーグ

7. 中国の億万長者の銀行家で、中国のテック業界で屈指の規模となっている幾つかの買収の仲介をしたバオ・ファン(包凡)が、行方不明となっており、理由もわかっていない。(BBC

充電インフラ不足の解消を担う新ビジネス

中国では、電気自動車の台数が急激に増えており、それに対応できる充電インフラの構築が難しい問題となっている。中国メディアの時代週報の報道によると、旧正月に車で長距離移動していた中国の電気自動車のオーナーは、高速道路のサービスエリアで何時間も待たないと、自動車の充電ができなかったとのことだ。昨年夏にも、中国の一部地域で猛烈な熱波によって送電網が機能しなくなり、同様の事態が起こった。

現在、中国の公共充電スポット1カ所に対して、人口が集中している地域では、自宅で充電ができない電気自動車のオーナーが12人以上いる。公共インフラが欠如していることから、一部のオーナーは自宅の充電スポットを貸し出し始めた。自宅の充電スポットは、90%の時間は使用されていないからだ。貸し出すことによる利益は毎年2000中国人民元(290ドル)を超える場合もあり、充電スポットの設置費用の回収につながる。しかし、これまでのところ、自宅に充電スポットを持つ人のほとんどは、貸し出しが可能であるということにまだ気づいていない。他の電気自動車オーナーに貸し出されているのは、わずか2.1%にとどまっていると推定されている。

あともう1つ

フォードがCATLとの電池製造計画を発表する中、クオーツ(Quartz)のメアリー・フイ記者は、興味深い前例に気づいた。2023年に計画が実現すれば、中国の電池大手であるCATLは、ようやく米国市場に参入できることになるが、米中関係は中国の偵察気球をめぐる問題で不安定化している。2001年に遡ると、米国の偵察機をめぐる問題で米中関係が 不安定化した際に、米国の自動車大手であるフォードと中国の自動車メーカーの計画によって、フォードが中国市場への参入を果たした。偶然だろうか。私はそうは思わない。

 

 

人気の記事ランキング
  1. Promotion MITTR Emerging Technology Nite #28 「自動運転2.0  生成AIで実現する次世代自律車両」開催のご案内
  2. How thermal batteries are heating up energy storage レンガにエネルギーを蓄える「熱電池」に熱視線が注がれる理由
  3. 10 Breakthrough Technologies 2024 MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2024年版
ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。
10 Breakthrough Technologies 2024

MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

記事一覧を見る
人気の記事ランキング
  1. Promotion MITTR Emerging Technology Nite #28 「自動運転2.0  生成AIで実現する次世代自律車両」開催のご案内
  2. How thermal batteries are heating up energy storage レンガにエネルギーを蓄える「熱電池」に熱視線が注がれる理由
  3. 10 Breakthrough Technologies 2024 MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2024年版
気候テック企業15 2023

MITテクノロジーレビューの「気候テック企業15」は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する、あるいは地球温暖化の脅威に対処できる可能性が高い有望な「気候テック企業」の年次リストである。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る