「航空機のネスプレッソ目指す」新型水素航空機、次の展開は?
MITテクノロジーレビュー(米国版)の読者投票で、2023年の11番目の重大技術に選ばれたのが、「水素航空機」だ。航空機向けの「ネスプレッソ・コーヒー・カプセル」を作りたいと語るスタートアップ、ユニバーサル・ハイドロゲンの取り組みを紹介しよう。 by Casey Crownhart2023.04.19
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
11番目のテクノロジーがついに決まった。MITテクノロジーレビューが今年発表した「2023年版ブレークスルー・テクノロジー10」では、「10大技術」に次ぐテクノロジーを選ぶ 読者投票を実施した。その結果、選ばれたのが、水素航空機だ
奇しくも、3月には水素航空機に関するニュースがいくつかあった。スタートアップ企業のユニバーサル・ハイドロゲン(Universal Hydrogen)によるテスト飛行が3月2日に予定されている。計画どおりに進めば、水素燃料電池を動力源として飛行した航空機としては最大のものとなる(日本版注:予定どおり3月2日の朝、テスト飛行に成功したと同社が発表している)。
今回は、ユニバーサル・ハイドロゲンが目指すものは何か、航空機向けの「ネスプレッソ・コーヒー・カプセル」を作りたいと語った同社CEOの真意、そして水素航空機の次の展開について見ていこう。
航空機が排出する温室効果ガスは、全世界の排出量の約3%を占めている。しかも、この分野は成長を続けている。今日、航空機のほとんどは、ケロシンと呼ばれる化石燃料を燃料としており、航空機のエンジンで燃焼させことで排出ガスが発生する。ケロシンは、小さな容積で多くのエネルギーを運ぶことができ、なおかつ重量もほどほどのため、代替が困難だ。
航空機の脱炭素化には、いくつかの選択肢がある。小型の航空機で短距離を飛行するだけなら、電池もエネルギー源になり得る。合成ケロシンや、廃油から作る代替ジェット燃料も選択肢となるだろう。代替燃料は既存の航空機でそのまま使えるという利点もある。しかし供給量が少なく、 高価であることが問題だ。現時点で考えられる選択肢についてもっと知りたい方は、以前のこちらの記事を参照してほしい。
だが、ここでは水素に焦点を当てることにしよう。航空機の燃料として水素を利用する試みは1950年代まで遡る。昨今は、気候変動への懸念から化石燃料が問題となっており、水素燃料への関心が再燃している。
現在、水素の普及が進んでいる。再生可能エネルギーの導入が進み、グリーン水素(再生可能エネルギーを利用して製造された水素)はより入手しやすく、低コスト化が進んでいる。また、欧州や米国では、水素に対する新たな補助金制度も始まっている。
そして近年、水素航空機稼働への取り組みにも大きな進展があった。スタートアップ企業のゼロアヴィア(ZeroAvia)は、水素燃料電池を部分的に使用した小型飛行機の試験飛行を続けている。エアバスも水素を燃焼とするエンジンのテスト・プログラムを立ち上げている。
そして3月初めに、ユニバーサル・ハイドロゲンがこの開発競争に加わろうとしている。同社は座席数40席以上のリージョナル機「DHC-8-300(デ・ハビランド・カナダ製)」の試験飛行を計画している。
主な目標は、水素と酸素を水蒸気に変換して発電する水素燃料電池を使った推進装置のテストだ。
この航空機は、片翼に水素燃料電池を、もう片翼には従来式のターボプロップ・エンジンを搭載して飛行する。ユニバーサル・ハイドロゲンの共同創業者兼最高経営責任者(CEO)のポール・エレメンコによれば、新しい推進装置の飛行テストでは標準的な方法だという。
たとえ試験飛行が成功しても、水素航空機が貨物や旅客を運ぶようになるまでには長い道のりが待っている。というのも、航空機の周辺には数々のインフラが整備されており、水素エネルギーによる飛行に切り替えるには、その大部分を刷新しなければならない可能性があるからだ。
燃料補給を例に取ろう。今日の民間空港には、航空機に燃料を補給するためのネットワークが確立されている。ジェット燃料は通常、トラックやパイプラインを通して、中央給油システムに運ばれる。そしてトラックは、中央給油システムから燃料を受け取ると、ゲートで待ち構える航空機に輸送する。
このような給油システムは水素には適さないかもしれない、とエレメンコCEOは話す。水素を運ぶパイプラインは漏れやすく、水素を液体のままにしておくには極低温まで冷却する必要がある。そのため、容器に入った水素を別の容器に移す際に大きな損失が発生するのだ。
エレメンコCEOが思い描く解決策は、私も愛用しているネスプレッソのコーヒー・メーカーによく似ているという。ユニバーサル・ハイドロゲンは、水素燃料を充填したカプセルを製造して利用することを考えている。カプセルは航空機に搭載すると、そのまま内部に詰まった水素を供給し始める。カプセル内の水素を使い切ったら、新しいカプセルに交換できる。これで、異なる容器の間で水素を移動させる必要がなくなる。
3月の試験飛行では、水素航空機の推進装置が意図どおりに作動すると確認することに重点を置いているため、カプセルは使わない予定だ。今回試験飛行に臨むDHC-8-300は、飛行前に充填された水素タンクを使用するが、いずれはカプセルが試験飛行でどのように働くかを確認するとエレメンコCEOは言う。
より長期的には、ユニバーサル・ハイドロゲンは、エレメンコCEOが近い将来の実用化を望んでいる水素航空機に向けて、機種を問わず使えるソリューションを開発することを目指している。
なお、燃料カプセルの搭載には、機体をより長い形状に作り変える必要があるかもしれないとエレメンコCEOは話している。また、水素航空機の形状は従来のものとまったく異なるものになるとの見方もある。
「(航空機)が脱炭素化することは十分に可能です」とエレメンコCEOは言う。必要なことは、漸進的な脱炭素化ではなく、水素燃料へと一気に移行することだとエレメンコCEOは言う。
ユニバーサル・ハイドロゲンは、2025年前後に小型リージョナル機の商用化を目指している。その後、同社は大型機メーカー向けの水素カプセルの供給を始める予定で、カプセルを組み込んだ大型機は早ければ2030年代半ばの就航を見込んでいる。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。