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米政府が新基準発表でEV販売を後押し、課題は充電設備の拡充
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EVs just got a big boost. We’re going to need a lot more chargers.

米政府が新基準発表でEV販売を後押し、課題は充電設備の拡充

米政府は、電気自動車が新車販売気の半分を占めるという当初の目標を達成するために、新車の二酸化炭素排出量についての基準案を発表した。しかし、その目標を達成するには、新たな充電設備が大量に必要だ。 by Casey Crownhart2023.04.20

米国政府は、今後数年間のうちに公道を走る電気自動車が大々的に普及することを強く求めている。だが、すべての電気自動車に電力を供給するだけの十分な数の充電設備が国内に設置されていない。

米環境保護庁(EPA)は4月12日に、新車から出される二酸化炭素の総排出量の上限を企業に対して設定する基準案を発表した。 この基準は十分に厳しいもので、これを満たすには、2030年までにメーカーが販売する新車の60%近くを電気自動車が占める必要がある。なお、この基準は2027年モデル以降の車両に適用される。

現在、輸送部門は、米国において温室効果ガスを最も多く排出している。今回の新しい規則は、電気自動車などの低排出運輸形態を普及させることを目指した、米連邦政府からの圧力が高まっていることを示すものでもある。2021年、バイデン大統領は、2030年までに電気自動車が新車販売の半分を占めるという目標を設定した。2022年に可決されたインフレ抑制法には、電気自動車の新車購入に対する7500ドルの個人所得税控除が含まれている。

「今回の発表は、進行中であるクリーンな自動車の未来への移行を加速し、気候危機に真っ向から取り組み、全国のコミュニティの大気環境を改善するものです」と、EPAのマイケル・リーガン長官は、新たな規則の発表記者会見で述べた。

急がれる充電設備の拡充

これらすべての新しい電気自動車をサポートするには、現在米国内にあるものよりもはるかに多くの充電設備が必要になる。米国内に現在設置されている公共充電設備は約13万カ所にすぎず、急速充電設備にいたってはそのほんの一部にすぎないEPAのプレスリリースによると、この数は2020年から40%増となっているが、それでも十分ではない。今後10年以内に、何百万カ所もの新たな充電設備を作る必要がある。

国際エネルギー機関(IEA)によると、利用可能な充電インフラの不足は、電気自動車普及における最も大きな障壁の1つとなっている。公共の充電設備があることで、電気自動車のドライバーはより長距離移動が可能となり、一定の信頼感を持つ。

2021年にバイデン政権は、2030年までに電気自動車の公共充電設備を50万カ所に設置するという目標を設定し、全国的な充電ネットワークを構築する資金として50億ドルを割り当てた。ゼロエミッション輸送協会(Zero Emissions Transportation Association)レイラニ・ゴンザレス政策部長は、その投資によって、「国道沿いの直流急速充電設備が短期間で増加するでしょう」と電子メールで述べている。

一部のアナリストは、それらの目標が今後10年のうちに路上を走るであろうすべての電気自動車をサポートするには不十分であると考えている。金融サービス企業のS&Pグローバル(S&P Global)が2023年1月に発表したレポートによると、2030年に電気自動車の新車販売台数が、新しいEPAの規則に基づく普及予想よりも少なく、全体のわずか40%となった場合でも、米国はそれまでに200万カ所以上の公共充電設備を設置する必要がある。この数字には、従業員専用のものなど、利用が制限されている設備が含まれている。

「州および連邦レベルで、充電ネットワークへの強力な投資が必要です」と、気候政策シンクタンクのエネルギー・イノベーション(Energy Innovation)でモデリング・分析担当上級部長を務めるロビー・オービスは言う。「そして、そこでやるべきことはたくさんあります」。

米国立再生可能エネルギー研究所(NREL)の調査によると、電気自動車充電の70%から80%は家庭で実施されている。そのため、電気自動車の増加をサポートするには、公共の充電設備に加えて、何百万カ所もの新しい家庭用充電設備が必要になる。国際クリーン交通委員会(ICCT:International Council on Clean Transportation)が2021年に発表したレポートによると、2030年の新車販売台数の3分の1強を電気自動車が占めた場合でも、合計で1700万カ所の家庭用充電設備が必要になる。

高額な投資になるだろう。このICCTのレポートによると、必要なすべての従業員向けおよび公共の充電設備を作るだけでも、2021年から2030年の間に総額280億ドルの投資が必要になる。

電気自動車の所有者は家庭用充電設備を設置するための費用を負担することになるが、その設置にはさらなる壁が存在する可能性がある。ほとんどの家庭では、電気自動車の充電をできるようにするために、何らかの電気工事が必要であり、改造が必要な場合には高額になる可能性がある。「大抵の建物は充電できるように対応していません」と、エネルギー・イノベーションでモデリング分析官を務めるダン・オブライエンは言う。

充電の問題に加えて、電気技師も不足している。 ロジスティクス面が大変であるとはいえ、政府だけが充電インフラを構築しようとしているわけではない。ウォルマートといった企業も、需要に後れを取らないように奮闘している。同社は、今後数年間で数千カ所という店舗駐車場に充電設備を追加することを計画している。

高まる電気自動車の潮流

より多くの充電設備が必要になることは間違いない。問題となるのは充電に必要な数とそのスピードである。すでに電気自動車の普及率を高めている様々な連邦および州の政策に、今回の新しいEPAガイドラインが加わった。

昨年、カリフォルニア州当局は、電気自動車、プラグインハイブリッド、燃料電池車といった低排出ガス車の販売割合を高めることをメーカーに要求する、自動車に関する新しい基準を発表した。この規則では、2035年以降、州内でのガソリン車の新車販売が事実上禁止される。また、17の州がかつてのカリフォルニア州自動車基準の採用に署名していることから、この指示は全国的に影響が及ぶ可能性がある。すでにいくつかの州は、新しい規則に署名する計画を発表している。

ジョンズ・ホプキンス大学でエネルギー、資源、環境が専門のジョナス・ナーム助教授は、今回のEPAの発表は実質的に連邦規制を新しいカリフォルニア州規則に合わせたものであると電子メールで述べている。

今回のEPAの規則はまた、2030年代初頭にインフレ抑制法の税控除が終了となった後も、電気自動車の販売を確実に維持する手助けとなる。エネルギー・イノベーションのモデルによると、インフレ抑制法の電気自動車購入による個人の税控除や他のインセンティブにより、2030年の電気自動車販売は、全体の40%未満から60%近くまで増加するとすでに予想されていた。つまり、インフレ抑制法のインセンティブにより、電気自動車の販売が順調に推移し、提案されたEPAガイドラインを満たすということだ。しかし、インフレ抑制法のインセンティブが終了すると、2030年代初頭にガソリン車へのリバウンドがあるのではないかと、一部の専門家は心配しているとオービスは話す。

新しい連邦規則といった指示の発令が、電気自動車の未来を確実にするうえでの鍵となる可能性がある。 「これらの目標を達成するために、自動車メーカーは、後で方針を変えるのが難しくなる程度まで、電気自動車にコミットする必要があります」とナームは話す。

気候変動をめぐる目標の達成を目指し、電気自動車が必要なレベルに到達するには、充電、バッテリー技術、国民の理解に関する作業が多く残されているが、今回の新たなEPA規則や他の政策の変更は、流れが変わりつつあることを示唆している。 「これが未来です。消費者の需要があり、市場がそれを可能にし、テクノロジーがそれを可能にします」と、リーガン長官は記者会見で述べた。 「私たちは同じ方向に向かっています」。

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MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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