子どもの夜間SNS禁止、米国で急速に広がるネット規制が波紋
米国の複数の州で、子どもたちをネット上の脅威から守ることを謳った法案が提出されている。しかし、これらの法案の中身をよく見てみると、プライバシー侵害の疑いや実効性に疑問があるなど、問題が多い。 by Tate Ryan-Mosley2023.05.10
最近、子どもや10代の若者にとって、インターネットをより安全なものにすることを表向きの目的とした法案が、米国のあちこちで登場している。ユタ、アーカンソー、テキサス、メリーランド、コネチカット、ニューヨークなどの州では、ここ数カ月で数十の法案が提出されている。これらの法案は、特に保護者たちが抱く「ソーシャルメディアが子どもの精神的健康に悪影響を及ぼす可能性がある」という懸念に、少なくとも部分的に応えるものである。
しかし、これらの法案の内容は州によって大きく異なる。プライバシー保護を目的とするものもあれば、プライバシーを脅かす恐れのある法案もあるし、ネット上での言論の自由を制限するようなものもある。また、多くの法案が法的な問題に直面する可能性が高く、必ずしも強制力がないものもある。さらにこれらの法案が施行されれば、すでに極めて細かく規定された米国内の規制状況が、より複雑化することになる。
状況は非常に厄介で複雑だ。しかし水面下では、米国における技術規制のあり方を形作る重要な論点がいくつか存在する。特に重要な3つの論点について説明しよう。
第一に、ほとんどの法案が、ネット上における子どものプライバシーに関する権利を扱っている。しかし、プライバシー保護を強化しようとするものがある一方で、こうした動きに水を差すようなものもある。また、これらの法案が善意に基づくものであったとしても、現時点で実行可能であるとは限らない。2022年8月に可決され、2024年7月に施行予定の、カリフォルニア州の「年齢適正デザインコード法(Age Appropriate Design Code)」は、18歳未満のユーザーからのデータ収集を制限することを目的としている。また、ソーシャルメディア企業に対して、コンテンツ・レコメンド・システムにおいて子どもの個人データをどのように使用しているかを検証することを課している。この法律は、Webサイトがユーザーの年齢を推定することを義務付けている。これには高度な技術が要求されるが、多くのプラットフォームが広告目的ですでに実行している。ソーシャルメディア企業はこの法律に反対しており、さまざまな理由から異議を申し立てるため、すでにカリフォルニア州を相手取って訴訟を起こしているところだ。
一方、ユタ州とアーカンソー州の法律では、ソーシャルメディア企業が全ユーザーの年齢を実際に確認することを求めている。これによりまったく新しい確認手法を確立する必要があり、プライバシーに関する疑問が生じる。どちらの法律も成立したが、ソーシャルメディア企業やプライバシー擁護団体が反発している。彼らはこれらの法律は違憲だと主張しており、法廷で決着をつけることになりそうだ。ユタ州の法律ではさらに、ソーシャルメディア・プラットフォームに対し、親または保護者が18歳未満のユーザーのアカウントやプライベート・メッセージにアクセスするための機能を提供するよう求めている。
第二に、こうした法案が親による監督をめぐる議論を巻き起こしている。ユタ州とアーカンソー州の法案は、18歳未満がソーシャルメディアのアカウントを作成する前に、親の同意を得ることを義務づけている。 ユタ州法はさらに踏み込んで、子どもが午後10時30分から午前6時30分の間にソーシャルメディアにアクセスするには、親が同意することを求めている。この法律は2024年3月に施行される予定だが、具体的な運用方法は不明だ。調査によると、子どもたちネット上の既存の年齢要件を簡単に回避できることが分かっている。また親の監督の範囲は、州や年齢によって幅がある。例えばコネチカット州の法案では、16歳未満の子どもがソーシャルメディアのアカウントを作成する際に、両親の同意を得ることが必要になる。
そして最後に、これらの法案は、若者の言論の自由や情報へのアクセスに大きな影響を与える。露骨な規制を課している州もある。例えばテキサス州では、摂食障害につながる可能性のある情報に未成年者がアクセスすることを禁止しようとする、子どもを守るための法案が提案されている。「摂食障害につながる可能性のある情報」がどんな情報なのかは明らかになっていない。しかしほかのほとんどの州では、規制はさらに曖昧で、ソーシャルメディア企業は訴えられることを懸念してコンテンツを削除する可能性があると、ワシントンDCにあるシンクタンク「民主主義とテクノロジーセンター(Center for Democracy & Technology)」の政策担当副所長であるサミール・ジェインは言う。つまり、これらの法律は、ネット上での人々の言論や行動を抑圧してしまう可能性があるのだ。
今後の展開
これらの法案の多くに対して、巨大テック企業のロビイストや活動家などのグループがすでに異議を申し立てている。彼らは、施行が極めて困難であり、場合によっては技術的に不可能であると主張するだろう。例えば、「これらの法案はすべて、ネット上でユーザーの年齢を確認することを前提としているが、それは非常に困難であり、新たなプライバシー上のリスクをもたらすことになる。運転免許証の情報を本当にメタに提供したいと思うだろうか」といった具合だ。
またこの法律は、年齢にかかわらず、ネット上のすべての人のセキュリティ、プライバシー、自由に対する連邦政府の保護が欠如していることを露わにしている、とワシントンDCにある別のシンクタンク「フューチャー・オブ・プライバシー・フォーラム(Future of Privacy Forum)」のベイリー・サンチェス政策顧問は言う(現行の連邦法は、Webサイトが13歳未満のユーザーのデータを収集することを禁じている)。
「いつか17歳の人は18歳になるわけですが、一部の州にいない限り、彼らに適用されるプライバシー法はありません」とサンチェス政策顧問は言う。
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- テイト・ライアン・モズリー [Tate Ryan-Mosley]米国版 テック政策担当上級記者
- 新しいテクノロジーが政治機構、人権、世界の民主主義国家の健全性に与える影響について取材するほか、ポッドキャストやデータ・ジャーナリズムのプロジェクトにも多く参加している。記者になる以前は、MITテクノロジーレビューの研究員としてニュース・ルームで特別調査プロジェクトを担当した。 前職は大企業の新興技術戦略に関するコンサルタント。2012年には、ケロッグ国際問題研究所のフェローとして、紛争と戦後復興を専門に研究していた。