KADOKAWA Technology Review
×
「キーボード」に魅せられたデザイナー、1200ページの歴史本を書く
マーシン・ウィチャリーとキーボード
Shift happens: Writing about the history of keyboards

「キーボード」に魅せられたデザイナー、1200ページの歴史本を書く

ひょんなことからキーボードに夢中になったあるデザイナーは、キーボードの歴史書がまだないことに気づき、1200ページもの歴史書を書き上げた。 by Allison Arieff2023.07.07

デザイナーでタイポグラファーのマーシン・ウィチャリーは、5年前にバルセロナ郊外にある小さな美術館を偶然訪れた。そこでの経験からテクノロジーの歴史に興味を持ち、キーボードという特殊なデバイスに夢中になった。

「これほど多くのタイプライターを見たのは初めて。桁外れの数だ」と当時ツイートしている。「今、文字通り目に涙が浮かんでいる。ウソじゃない。奇跡みたいだ」。

ウィチャリーは展示室を歩き回りながら、啓示を受けた。キーボードの1つひとつのキーには、それぞれの物語がある。そして、コンピューティング・テクノロジーだけでなく、キーボードの設計、使用、そしてその他の形で関わった人々の物語でもある。

例えば、バックスペース・キーについてウィチャリーはこのように説明している。「面白いのが、バックスペース(という概念)は、もともとは単に『スペースが後ろに進む』という意味だったのです。私たちは今でこそ、入力方向と逆にたどって文字を消すことに慣れていますが、100年もの間、(文字を)消すという作業は非常に複雑なことでした。コメット消しゴム(タイプライター用の消しゴム)、修正液、あるいは奇妙な修正テープ、場合によってはこれらすべてを使いこなす必要がありました。(中略)あるいはタイプミスをするたびに、諦めて最初からタイプし直す必要がありました」 。

ergoLogic FlexPro keyboard
SafeType three quarters keyboard with side mirrors
これらのキーボードには、調整可能なものと固定式のものがある。エルゴロジック(ergoLogic)のフレックスプロ(FlexPro:上)とセーフタイプ(SafeType:下)は、肘から手首を内側に回す動作を抑制するとともに、手首を反らす動作も抑えてくれる。

最近では最も安価なキーボードでも、何らかの形で「人間工学」に基づいている。最高品質の機械式や電動タイプライターと比較しても、負担が軽減され、レスポンスを向上させている。しかし、キーボードの中には、手や腕に負担をかけないように、キーボードの半分を回転させたり、テント型にしたりと、さらに工夫を凝らしたものもある。

さらに進んだその他のキーボードは、キーの性質そのものを探究している。インテリキー( Intellikeys:左上)、オービータッチ(orbiTouch:右上)、ビッグ・キー(Big Keys、中)、データハンド(DataHand :左下)は、身体障害、認知障害、視覚障害を持つ人に向けて設計されている。マルトロン(Maltron:右下)を使うと、特別な入力作業が必要な人が、従来のキーボードよりもはるかに簡単かつ迅速にコンピューター・ データを入力できる。

キーボードの中には、コミュニケーションが困難な人同士のやりとりを可能にするものもある。単一の点字に接続された簡易キーボード(上左)、点字の印刷ができるタイプライター(上右)、聴覚障害者が電話を介して入力できる機械(下)。 

調べれば調べるほど、ウィチャリーは夢中になった。キーボードの歴史をまとめた本がないことに驚き、自分で書いてみようと思った。本業であるデザイン・ソフトウェア会社のフィグマ(Figma)のチーフ・デザイナーの仕事の合間を縫って、全2巻・合計1216ページに及ぶハードカバー本『Shift Happens(変化は起きる)』の制作に取り掛かり、2023年3月にキックスターター(Kickstarter)のクラウドファンディングで75万ドル以上の資金を集めた。彼は集まった支援金とキーボードが持つ幅広い魅力に少しばかり驚いた。彼が指摘しているように、「キーボードは、人が起きている時間のうち、多くの時間触れている非常に重要なデバイス」なのだ。

人気の記事ランキング
  1. A long-abandoned US nuclear technology is making a comeback in China 中国でトリウム原子炉が稼働、見直される過去のアイデア
  2. Here’s why we need to start thinking of AI as “normal” AIは「普通」の技術、プリンストン大のつまらない提言の背景
  3. AI companions are the final stage of digital addiction, and lawmakers are taking aim SNS超える中毒性、「AIコンパニオン」に安全対策求める声
アリソン・アリエフ [Allison Arieff]米国版 雑誌責任編集者
 
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2025年版

本当に長期的に重要となるものは何か?これは、毎年このリストを作成する際に私たちが取り組む問いである。未来を完全に見通すことはできないが、これらの技術が今後何十年にもわたって世界に大きな影響を与えると私たちは予測している。

特集ページへ
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を発信する。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る