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「生まれてからでは手遅れ」胎児への手術は新たな選択肢になるか
37週の胎児の3D超音波画像(提供写真)
Brain surgery on a fetus

「生まれてからでは手遅れ」胎児への手術は新たな選択肢になるか

胎児を対象にした脳外科手術の成功が先月、報じられた。胎児は脳血管に致命的な奇形があり、誕生後すぐに命に関わる重篤な状態に陥る可能性があった。今後、別の症状についても子宮内で治療できる可能性があるという。 by Jessica Hamzelou2023.06.21

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

本人はまだ分かっていないが、ボストン近郊に住むある女の子の赤ちゃんが、歴史に名を刻んだ。生後7週間となるこの赤ちゃんは、まだ子宮の中にいる間に実施する実験的な脳手術の、最初の被施術者の1人になったのだ。この手術の成功によって、彼女の命が救われた可能性がある。

女の子は生まれる前、脳の中の幅14ミリの嚢包に血液が溜まる危険な症状を発症した。この症状は、生まれた後に脳障害や心疾患、呼吸困難などの疾患をもたらし、命に関わる可能性もあった。

女の子の両親は、それらの疾患のいずれかが発症する前に医師による治療が可能かどうか確認するため、子宮内外科治療の臨床試験に登録した。治療は効果があったようだ。手術を実施したチームは現在、同じ方法を用いて、より多くの胎児を治療することを計画している。他の似たような脳の症状にも、この方法が有効かもしれない。胎児脳外科手術は、それらの疾患に対する希望となる可能性がある。

ガレン大静脈瘤と呼ばれる今回の赤ちゃんの疾患は、妊娠30週目の定期超音波検査で初めて発覚した。この症状は、脳内で静脈と動脈がつながることで起こる。動脈と静脈の血管はそれぞれ異なる機能を担っており、別々に分かれていなければならない。動脈は、心臓から送り出される酸素含有量の多い高圧の血流を運ぶ一方で、壁の薄い静脈は、低圧の血流を逆方向に運んでいる。

動脈と静脈がつながってしまうと、動脈から流れ出る高圧の血流によって静脈の薄い壁が引き伸ばされてしまうことがある。「基本的には、時間とともに静脈が風船のように膨らんでいきます」と、ガレン大静脈瘤を患う赤ちゃんたちの治療にあたっている、マサチューセッツ州ボストン小児病院の放射線科医、ダレン・オーバックは言う。

症状の結果として生じる血液の風船は、赤ちゃんに深刻な問題を引き起こす場合がある。「血液循環の他の部分から、血液が奪われてしまいます」と、英国オックスフォード大学病院の顧問神経外科医、マリオ・ガナウは言う。ガナウ医師は今回の手術に携わっていない。豊富な酸素を含む血液が脳の他の部分へ十分に行き渡らなくなれば、脳障害が起こる可能性があり、脳内出血の危険性もある。血液を送り出すため心臓に余分な負担がかかれば、心不全になることもある。他の臓器、特に肺や腎臓にも悪影響が出る可能性があるとガナウ医師は言う。

ただし、このような症状を持つ胎児は、胎盤によってある程度守られると考えられている。だが、出産時にへその緒からの血流が止まった瞬間から、状況は変わる。「生まれたばかりの赤ちゃんの心臓に突然、大きな負担がかかります」と、オーバック医師は言う。「そのような症状を持つほとんどの赤ちゃんは、高い確率で、非常に早く疾患を発症します」。

いくつかのチームが、そうなる前に、つまり胎児がまだ子宮の中にいるうちに、症状を治療することを試みている。オーバック医師も、そのようなチームの一員である。ボストン小児病院と、同じくボストンにあるブリガム・アンド・ウィメンズ病院の医師たちで構成されるオーバック医師のチームは2020年に、胎児の脳外科手術が治療に役立つかどうか検証するための臨床試験を登録した 。

今回の女の子の母親は、オーバック医師の臨床試験を紹介された。妊娠34週目に入っていた3月15日に、女の子は実験的な手術を受けた。この2時間の手術には、さまざまな医療関係者が関わった。

まず、母親に脊髄麻酔が施され、下半身に何も感じないようにした。母親は手術中も目を覚ましたままだったと、オーバック医師は言う。「彼女はヘッドホンをして音楽を聴いていました」。

次に、子宮の中で胎児を物理的に動かし、確実に正面から脳にアクセスできるようにした。胎児には、手術が始まる前に、痛みを防ぎ、動きを抑制するための注射が打たれた。

続いて医師たちは、超音波画像を頼りに針を導き、母親の腹部、子宮壁、胎児の頭蓋骨へと通し、脳の奇形部まで到達させた。そしてこの針に小さなカテーテルを通し、血液が詰まった嚢包にプラチナ製の小さなコイルを次々に送り込んだ。それぞれのコイルは放出後に広がり、動脈と静脈の接合部を塞ぐ役割を果たした。

作業中、チームメンバーは、胎児の脳内の血流を注意深く監視し続けた。そして、血流が健全なレベルに戻ったことを確認すると、コイルの注入を止め、慎重に針を抜いた。

数日後、女の子は元気に生まれてきた。オーバック准教授はこの手術に関する報告書を共同で執筆し、学術誌『ストローク(Stroke)』で発表した。女の子に奇形の治療は必要なかった。「脳はとても良い状態に見えます」と、オーバック医師は言う。女の子は病院で数週間の経過観察を受けたが、今は家で元気にしているという。

「これは、困難な問題に対する非常に刺激的で洗練された解決方法です」。英国ケンブリッジ大学病院NHS財団トラストの顧問神経外科医、イブラヒム・ジャローは言う。ジャロー医師は今回の手術に携わっていない。「リスクについては、さらなる手術例を待って判断する必要があります。しかし、(深刻な奇形を持つ新生児の)転帰が非常に悪いことを考えると、この方法が前進のための道になるのではないかと思っています」と、同医師は話す。

「本当に刺激的かつ画期的な方法です」と、ロンドンにあるグレート・オーモンド・ストリート病院の小児神経外科医、グレッグ・ジェームズは言う。トロント大学の神経放射線科医、ティモ・クリングスも同じ意見だ。「他の方法では助かる可能性がほとんどない子どもたちに、チャンスを与えています」と、クリングス医師は言う。2人はさらに、この種の胎児外科手術に最適な候補となるのはどのような赤ちゃんなのか、見極めることが重要になると付け加える。この手術はリスクを伴うため、たとえば、回復する見込みが高い重症患者に対してのみ、実施する価値があるのかもしれない。

ガレン大静脈瘤に対する胎児脳外科手術を研究しているのは、オーバック医師のチームだけではない。クリングス医師は、テキサス大学のカレン・チェン博士らと協力して、同様の臨床試験を実施している。また、パリでも別の赤ちゃんが同様の手術を受け、その後、無事に生まれた話を聞いたと言う。チェン博士は、メキシコでも未発表の手術が試みられたことを知っているが、その赤ちゃんは残念なことに生後10日で亡くなってしまったと話す。「非常に注目されている話題です」と、クリングス医師は言う。「誰が最初に発表するかの競争のようになっています」。

このような手術が、他の血管の問題や脳腫瘍など、別の症状の治療にも役立つことが証明されるかもしれないと、クリングス医師は言う。ガナウ医師も、「生後数週間以内に対処する多くの症状」を、子宮内で治療できる可能性があると考えている。

「非常に目覚ましい成果だったので、間違いなく希望と楽観的な見通しを持っています」と、オーバック医師は言う。

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生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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