中国テック事情:生成AI規制に隠された政府のメッセージ
生成AIをめぐって、中国政府がいち早く規制法案を発表した。だが、その内容は生成AIの開発を抑制することを目的としたものではないことが分かる。 by Zeyi Yang2023.06.05
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
4月に入り、中国ではAI分野で大きな進展があった。中国のインターネット規制当局が、生成AIに関する規制案を発表したのだ。「生成AIサービス管理弁法」と呼ばれるこの弁法では、特定の企業名は明記されてはいない。しかしその文言から、中国や米国で次々と登場している大規模言語モデルのチャットボットを意識していることは明らかである。
新たな規制案は、AIのリスクに対する賢明な制限と、ハイテク産業への積極的な介入という、これまでの中国政府の強固な伝統とが混在している。
規制案の条項の多くは、AI評論家が欧米で提唱している方針と同じだ。例えば、AI生成モデルの訓練に使用するデータは知的財産やプライバシーを侵害してはならない。アルゴリズムは人種、民族、年齢、性別、その他の属性でユーザーを差別してはならない。AI企業は訓練データの入手方法と、データをラベリングする上での人材の雇用方法について公開すべき、などだ。
一方で、他の国なら尻込みしてしまうような条項もある。中国の他のソーシャルプラットフォームと同様に、政府は生成AIツールのユーザーに個人情報の登録を求めるという。また、AIソフトウェアが生成するコンテンツは、「社会主義の核心的価値観を反映する」必要がある。
どちらの条件も驚くようなものではない。中国政府は近年、テック企業を厳しく規制しており、節度を欠くプラットフォームを罰したり、新しい製品を既存の検閲体制に組み込んだりしている。
この規制案を見ると、そうした規制の慣例がよく分かる。個人データ、アルゴリズム、ディープフェイク、サイバーセキュリティなど、中国で成立した他の規制について繰り返し言及されているのだ。あたかもこれら個別の文書が、中国政府がテック時代における新たな課題を処理するのに役立つルールの網を、ゆっくりと形成しているように感じられる。
新たなテクノロジーの台頭に中国政府がすばやく反応できるというのは、諸刃の剣でもある。新しい技術トレンドを1つ1つ個別に見ていくこのアプローチの強みは、「特定の問題に対して特定の対策を立てるという正確さにある」と、カーネギー国際平和財団の特別研究員である、マット・シーハンは述べている。「弱点は、新しいアプリケーションや問題に対して、規制当局が新しい規制を作成することを余儀なくされるという、断片的な性質です」。政府が新たな規制でモグラたたきをすることに追われていれば、AIに関する長期的なビジョンについて戦略的に考える機会を逃しかねない。このアプローチは、何年も前から「非常に野心的な」AI法に取り組んでいるEUのアプローチとは対照的である(最近のAI法の草案では、生成AIに関する規制が盛り込まれたが)。
この規制案にはすばらしい点が1つある。それは、この規制案が制限的であるにもかかわらず、企業がAIに取り組み続けることを暗に奨励していることだ。規則に違反した場合の罰金は、上限10万人民元(約1万5000ドル)と提案されており、大規模言語モデルを構築する能力を持つ企業にとっては微々たる金額だ。
もちろん、AIモデルが規則に違反するたびに罰金を科されるのであれば、その額は膨れ上がる。しかしこの金額の大きさが示しているのは、この規制案が作られたのは、企業を怖がらせてAIへの投資を踏みとどまらせるためではない、ということだ。香港大学の法学教授であるアンジェラ・チャンが最近記したように、中国政府は複数の役割を担っている。「中国政府は規制当局としてだけでなく、AIの提唱者、スポンサー、投資家として捉えるべきです。AI開発を支持する省庁は、国のスポンサーや投資家とともに、厳格なAI規制に対する強力な対抗勢力となる態勢を整えています」とチャン教授は述べている。
規制当局が草案をまとめるまでにはまだ数カ月、施行までにはさらに数カ月かかるかもしれない。私を含め多くの人が、今後の動向に注目している。
ただ、先のことは誰にも分からない。この弁法が施行される頃には、また新たな大人気AIツールが登場し、中国政府がさらなる規制を打ち出すことになるかもしれない。
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。