KADOKAWA Technology Review
×
【3/14】MITTR主催「アクセシビリティとテクノロジー 」開催 申込受付中
「人工ヒト胚」めぐる騒動、背景に研究者間の競争過熱
Ilia Yefimovich/picture-alliance/dpa/AP Images
The wild race to improve synthetic embryos

「人工ヒト胚」めぐる騒動、背景に研究者間の競争過熱

ある研究者が本物に近い「人工ヒト胚」を作り上げたと英紙が報道し、物議を醸している。人工胚の開発が、扱いの枠組みを決める前から、研究室間の無謀な競争の様相を呈している。 by Antonio Regalado2023.06.28

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

ジャーナリストと科学者に共通するのは、スクープされるのを嫌うということだ。ニュースが「フェイク」である場合は、特に腹立たしい。

6月14日から17日にかけてボストンで開催された国際幹細胞学会(ISSCR:International Society for Stem Cell Research)の会議「ISSCR 2023」に絡んで、英ガーディアン紙が大きく取り上げたセンセーショナルな「ブレークスルー」のニュースがそれだ。

同紙は、ケンブリッジ大学とカリフォルニア工科大学を拠点とするマグダレナ・ゼルニツカ=ゲッツ教授が、幹細胞から「人工ヒト胚」を作り上げたと主張したのだ。

ガーディアン紙の記事に私は苛立った。そのアイデアは、それほど新しいものではないからだ。幹細胞が本物の胚と同じような特徴を持つ構造に自己組織化するという驚くべき事実は、数年前に知られ、研究されてきている。MITテクノロジーレビューが初めて報じたのは2017年だった

以来、いくつかの研究室は、これらの「胚モデル」をより完全に、より現実的にして、胎盤組織も備えさせて、ますます本物の胚に近づけようと競い合っている

科学者たちを苛立たせたのは、ゼルニツカ=ゲッツ教授がメディアに対し、科学的証拠を提供することなく、その競争を終わらせたと主張しているように見えたことである。

スペインの科学者、アルフォンソ・マルティネス・アリアス教授はすぐさまツイッターでキャンペーンを開始し、「フェイクニュース」と「#posttruth(ポスト真実)」科学を激しく非難した。アリアス教授によれば、実際にゼルニツカ=ゲッツ教授が生成したのは、本物の胚と限定的な類似性を持つ塊であるという。アリアス教授はこれを、「弱く組織化された細胞塊」と呼んでいる

この話に絡む意外な展開として、ブレイクスルーは実際に起こっていた。しかし、それは別の研究室でのことだ。ガーディアン紙の記事が公開された直後、イスラエルを拠点とする科学者のジェイコブ・ハンナ教授は、約14日の段階にまで成長した極めて本物に近い人工胚モデルについての査読前論文(プレプリント)を投稿した

ゼルニツカ=ゲッツ教授が「しかし未実施である」と主張したことを、ハンナ教授は「完全に論証した」とアリアス教授は述べている。

ゼルニツカ=ゲッツ教授は、自身の研究室で作られたのは「本物の胚ではない」と後にツイッターで述べている。「グループの研究に関する最近の報道に対して、私たちの目標はトップニュースに取り上げられることではなく、コミュニティとの研究の共有だったということを明確にしておきたいと思います。私たちは、発見がニュースでどのように報じられるのかをコントロールできません。ですが、関心や建設的なコメントに感謝しています」とも述べた

科学者がお互いを出し抜こうとするのは、あり得ない話ではない。それでも、この騒動(スペインのエル・パイス=El Pais紙がうまく取り上げている)は厄介である。話題になった実験室の創造物は、最終的に本物のヒト胚と見なされる可能性があるからだ。

「明白な枠組みが必要なのに、代わりに起こっているのは研究室間の無謀な競い合いです」と、ISSCR 2023の会議中に一人の雑誌編集者が私に語った。「重要なのは、胚モデルがどこまで進むのか、そして法的、道徳的な領域のどこにそれを置くのか、という問いです。これらのモデルが2年前よりはるかに進んでいるならば、それに関する研究を支持できるでしょうか」。

この競争は、果たしてどこへ向かうのか。胚を再現することの意義は、子宮壁に着床するだろう期間中に胚を研究できることにあると大半の科学者は言う。ヒトでは、着床の瞬間はめったに観察されない。しかし幹細胞胚を利用すれば、科学者はその瞬間を詳しく分析できる。

だが、このような実験室の胚が本物であると判明する可能性もある。誰かの子宮に移植すれば、赤ん坊へと育つかもしれないほど本物に近い胚というわけだ。

これまでのところ、ISSCRのような科学団体は、人工ヒト胚の移植を禁じるべきであると述べている。しかし、技術的な進歩は、子宮の外での胚の培養が完全に可能であることを示している。科学者は、研究室でより長く胚を育てることができるだけでなく、逆側の進歩により、未熟児をより早い段階から生かすこともできる。

ゼルニツカ=ゲッツ教授のチームメンバーであるカルロス・ガントナー博士は、「真ん中で合流するためにトンネルを掘っているようなものです。それを止める理由は思い当たりません」と、会議で会った私に語った。「この方法で生殖できない理由は何もありません」。

しかし、人々はそれを望むだろうか。奇妙なことに、人工胚から発生した人物は、クローンということになる。胚を作るにあたって最初に使われた細胞の持ち主のクローンである。

『スターウォーズ』に出てくるようなクローン軍を求めているなら、これは検討すべきテクノロジーだろう。

MITテクノロジーレビューの関連記事

あるスタートアップ企業は、人工ヒト胚を作り、その小さな臓器を移植医療で利用するために摘出したいと考えている。昨年私が書いたように、胚モデルを「3Dバイオプリンター」として活用するという発想だ。

人工胚は、生児出生につなげられるのか。本誌のジェシカ・ヘンゼロー記者は4月、中国の研究者が猿でそれを試みたがうまくいかなかったと報じた

人のクローニングに挑戦しようとする理由の上位には、亡くなった子どもの身代わり、というものがあるだろう。娘を自殺で亡くした後、不可解な犬のクローニング・プロジェクトへと引き込まれた1人の母親を2018年に取材している。

医学・生物工学関連の注目ニュース

若返りのテクノロジーに関する科学的なプレゼンテーションに殺到した人々を、警察が解散させた。ボストンでの騒動は、動物やヒトの細胞の年齢逆転を調査するために設立されたアルトス・ラボ(Altos Lab)を巡る強い関心を示唆するものだった。生命過程を逆転させることは、生命工学のエンジニアにとって「究極の偉業」になるだろう。(MITテクノロジーレビュー

ゼロ号患者の噂。報道によると、米国は、武漢ウイルス研究所で危険なコロナウイルス研究に携わっていた3人の主要科学者が2019年に呼吸器疾患を発病したと考えており、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が研究所での事故の産物であるという憶測を煽っている。(ウォール・ストリート・ジャーナル

バイデン政権は、パンデミックの起源について分かっているすべてのことについて、機密扱いを解除する期限を逃した。(ニューヨーク・タイムズ紙

私たちは、劇的な遺伝子療法を耳にすることに慣れており、それは株式投資家も同じである。遺伝子療法会社であるユニキュア(Uniqure)によるハンチントン病治療が曖昧な結果を出した後、同社の株価が40%暴落したのは、それが理由かもしれない。ハンチントン病は致命的な遺伝性疾患である。そのため患者は選択肢を必死に求めており、実験的治療の有用性が証明されることを今も願っている。(エバリュエート

他の投資関連のニュースでは、生命工学産業は疑わしい取引だらけだ。経営幹部や投資家は、数十万ドルから数百万ドルもの利益をもたらす「絶妙なタイミングの取引」をしている。その一部は疑わしいものにみえる。(プロパブリカ

臓器は、ガラスのような状態へ変化させる「ガラス化」によって保存できる。ある研究チームが、ガラス化したラットの臓器を解凍し、レシピエント動物(移植される動物)へ移植するのに成功したと述べている。この分野における「歴史的」発展である。(スタット誌

人気の記事ランキング
  1. OpenAI teases an amazing new generative video model called Sora 動画でも生成革命、オープンAIが新モデル「Sora」を発表
  2. Promotion MITTR Emerging Technology Nite #27 MITTR主催「アクセシビリティとテクノロジー 」開催のご案内
  3. How sulfur could be a surprise ingredient in cheaper, better batteries 米ベンチャーがリチウム硫黄バッテリーを生産、EV搭載はいつ?
  4. Watch this robot as it learns to stitch up wounds AIロボットが縫合技術を習得、6針縫うことに成功
  5. How to fix the internet 「インターネット」の直し方
アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
10 Breakthrough Technologies 2024

MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

記事一覧を見る
人気の記事ランキング
  1. OpenAI teases an amazing new generative video model called Sora 動画でも生成革命、オープンAIが新モデル「Sora」を発表
  2. Promotion MITTR Emerging Technology Nite #27 MITTR主催「アクセシビリティとテクノロジー 」開催のご案内
  3. How sulfur could be a surprise ingredient in cheaper, better batteries 米ベンチャーがリチウム硫黄バッテリーを生産、EV搭載はいつ?
  4. Watch this robot as it learns to stitch up wounds AIロボットが縫合技術を習得、6針縫うことに成功
  5. How to fix the internet 「インターネット」の直し方
気候テック企業15 2023

MITテクノロジーレビューの「気候テック企業15」は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する、あるいは地球温暖化の脅威に対処できる可能性が高い有望な「気候テック企業」の年次リストである。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る