KADOKAWA Technology Review
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解説:人工培養肉、実は環境に悪い? 評価割れる理由とは
Stephanie Arnett/MITTR
Here’s what we know about lab-grown meat and climate change

解説:人工培養肉、実は環境に悪い? 評価割れる理由とは

米国において培養肉の販売が許可されたが、これで食品由来の二酸化炭素排出を減らせるかどうかは定かではない。培養肉を製造するほうが実際の肉を生産するよりも、多くの二酸化炭素を排出するという研究結果もある。 by Casey Crownhart2023.07.11

近い将来、行きつけのバーガー屋のメニューには、肉やキノコ、ブラックビーンズで作ったパティに加えて、実験室で培養された動物細胞をふんだんに使ったパティも並ぶようになるかもしれない。

米国では培養肉の販売が初めて承認されたばかりだが、それに加えて、150社あまりの企業からなるこの業界は、レストランや食料品店に培養肉製品を流通させようと、何十億ドルという資金を調達している。

理屈の上では、これは環境保護の面で大きな勝利と言えるはずだ。

培養肉(ラボミートや人工肉とも呼ばれる)に焦点を当てたビジネスの大きな原動力として、現在の食料システムが気候に与える影響を解消できる可能性が挙げられる。私たちが食する動物(主に牛)から排出される温室効果ガスは、全世界の総排出量の15%近くを占めており、その割合は今後数十年でさらに増加することが予想されている。

しかし、培養肉が環境に優しいかどうかは、まだ完全には明らかになっていない。

というのも、培養肉が商業規模でどのように生産されるかについて、いまだ未知数の部分が多く残されているからだ。スタートアップ企業の多くは、実際の消費者が最終的に口にする食品の生産を開始すべく、研究室レベルから大規模な施設へと移行する計画を立てている段階だ。

この移行が具体的にどのように実行されるかによって、こうした食の新たな選択肢を消費者が買い物かごに入れられるほど安価になるかが決まる。そればかりでなく、培養肉によって、気候変動に関する大きな目標を果たせるかどうかまでも決まる可能性がある。

牛たちよ、道をあけろ

家畜、特に肉牛の飼育で大量の二酸化炭素が排出されることはよく知られている。農場で家畜を肥育するには、膨大な土地とエネルギーが必要であり、そのどちらも二酸化炭素の排出源となる。加えて、牛は(羊などその他一部の家畜と同じく)餌を消化する際に大量のメタンガスを生成する。これらすべてを足し合わせて世界平均を算出すると、牛肉1キログラムあたり二酸化炭素換算で100キログラムに相当する温室効果ガスを排出している計算になる(正確な推定値は、牛が飼育される場所、飼料の種類、農場の運営方法によって異なる)。

細胞レベルで見れば、培養肉は現在私たちが口にしている食肉と基本的に同じ成分から出来ている。科学者たちは、若い家畜もしくは受精卵から組織サンプルを採取し、細胞を分離してバイオリアクター内で培養することで、屠殺を目的とした家畜の肥育という束縛を受けることなく、家畜由来の肉を作り出すことができる。

2023年6月、米国農務省(USDA)は、カリフォルニア州を拠点とするイート・ジャスト(Eat Just)とアップサイド・フーズ(Upside Foods)の2社に対し、培養鶏肉製品の生産・販売を認める決定を下した。これにより、米国はシンガポールに次いで、培養肉の販売が許可された世界で2番目の国となった。

培養肉もまた、二酸化炭素を排出する。細胞を成長させるバイオリアクターを稼働させるのに、エネルギーが必要となるからだ。現在、米国をはじめ世界のほとんどの地域では、こうしたエネルギー源に化石燃料が含まれている可能性が高い。将来的には再生可能エネルギーが、培養肉を生産する施設の電力供給に十分なほど、広範囲で安定的に利用できるようになるかもしれない。しかしその場合でも、生産施設に必要なリアクターや配管、その他さまざまな設備には二酸化炭素の排出がつきものであり、それらを完全にゼロにすることは難しい。さらに、動物細胞は栄養を与えたり世話をする必要があり、それに関わるサプライチェーンにも二酸化炭素の排出が伴う。

結果、培養肉に絡む排出量はかなりなものになるかもしれない。この分野における初期の研究の中には、医薬品の製造目的で細胞を培養するバイオ医薬品業界から転用された材料や手法に依存しているものもある。それは、高純度の原料や高価なリアクター、さらには大量のエネルギーを必要とする、厳しい規制を受けた骨の折れる工程だと、カリフォルニア大学デービス校で食品科学工学の准教授を務めるエドワード・スパングは指摘する。

スパング准教授らの研究チームは、現在の生産手法を用いた場合の培養肉が気候に与える影響を推定する取り組みを始めた。研究チームは、気候への潜在的なプラス効果を定量化するため、ライフサイクルアセスメントと呼ばれる分析方法で、畜産と培養肉の双方が環境に与える環境への総合的な影響を調査した。この種の分析方法では、製品を製造するのに必要なエネルギー、水、材料をすべて足し合わせ、それを相当する二酸化炭素排出量に換算する。

スパング准教授は、最近発表した査読前論文(プレプリント)において、業界の現状を前提に、複数のシナリオを想定して培養肉の地球温暖化効果を推計した。

シナリオは大きく2種類に分けられた。1つめは、バイオ医薬品産業で用いられている工程や材料を採用した培養肉の生産を想定したもので、特に混入物質を除去する際のエネルギー消費が大きい精製工程も含まれたものだ。もう一方のシナリオは、培養肉の生産には超高純度の原料は必要なく、代わりに現在の食品業界で使用されているような原料を使うと仮定したもので、要するエネルギーや二酸化炭素の排出はより抑えられる。

この2通りのシナリオでは、気候変動に与える影響が大きく異なってくる。食品グレードの工程では、牛肉1キログラムあたりの二酸化炭素排出量は10~75キログラムに相当すると試算されたが、これは肉牛による世界平均排出量よりも低く、現在の一部の国における牛肉生産と同水準である。しかし、バイオ医薬品並みの工程では、培養肉は現在の牛肉生産工程よりもはるかに大量の二酸化炭素を排出することになる。具体的なシナリオにもよるが、牛肉1キログラムあたり250キログラムから1000キログラム相当の二酸化炭素を排出する計算となる。

牛肉はどこに?

4月に発表されたスパング准教授の査読前論文は、排出量が激増する可能性があるとの衝撃的な見出しで報道された。一方で、この研究は即座に業界の一部からの批判を招き、その前提条件を疑問視する公開書簡も大々的に出回る事態となった。

専門家たちが特に問題視したのは、培養肉の生産に使われる材料に、医薬品グレードの原料を使用し、「エンドトキシン」と呼ばれる混入物質を除去するために厳重な精製工程を経る必要があるという仮定だ。エンドトキシンはある種のバクテリア外膜の断片であり、それら微生物が増殖および死滅するときに排出される。バイオ医薬品の製造工程では、エンドトキシンの除去が必要な場合が多々ある。ごく少量であっても、一部の細胞の増殖に悪影響を与えたり、免疫反応を引き起こしたりする恐れがあるためだ。

これらの混入物質を除去する工程こそが、査読前論文の一方のシナリオで見られた、高い二酸化炭素排出量の主な要因となっている。しかしながら、こうした精製工程は、培養肉の商業生産では必要ないと、業界団体「グッドフード・インスティテュート(Good Food Institute)」の主席科学者で、公開書簡の著者の一人でもあるエリオット・スワーツ博士は言う。細胞の種類によってエンドトキシンの影響は異なっており、培養肉に使われる細胞は、より高濃度のエンドトキシンに耐性があるはずで、つまり精製工程はそれほど必要ないとスワーツ博士は主張している。

今回の研究結果は、この分野における過去の多くの分析結果とは異なっている。これまで、培養肉は従来の牛肉生産よりも二酸化炭素排出量を削減するとされてきた。こうした研究のほとんどは、培養肉の生産業者が、スパング准教授らの査読前論文に記載されているような大量のエネルギーを要する方法を避け、大規模な生産施設にスケールアップし、より幅広く入手可能な食品グレードの原料の使用に向けた舵取りをすると仮定したものだ。

経験を重ねることで、この業界が気候に与える潜在的な影響について、より正確に把握できるようになるだろうと、エネルギーと環境を専門とする独立系調査・コンサルティング会社「CEデルフト(CE Delft)」のペレ・シンケ研究員は語る。「どんな革新的なテクノロジーにも、ものすごい学習曲線は存在するものです。(培養肉が)地球規模で気候に甚大な負担を与えるかについて、そこまで心配すべきかどうか定かではありません」 。

シンケ研究員らのチームは、2023年1月に発表した分析のなかで、生産工程に食品グレードの原料を使用でき、今後10年のどこかで生産が商業規模に達すると仮定して、2030年時点の培養肉関連の二酸化炭素排出量の推定を試みた。この研究では、気候変動への影響として、培養肉1キログラムあたり3~14キログラムの二酸化炭素が排出されると算出された。

培養肉生産による総排出量がこの範囲に収まるかどうかは、バイオリアクターを稼働させるためのエネルギーが、どこから供給されるかに大きく左右される。化石燃料に部分的に依存する電力網からエネルギーが供給された場合、再生可能エネルギーが使用された場合よりも、二酸化炭素の排出量ははるかに多くなる。また、細胞を増殖する培地にどのような成分が含まれるかによっても異なる。

いずれにせよ、シンケ研究員らの研究によれば、総排出量は牛肉生産によるものよりも大幅に少なくなる。同研究によると、西欧州の最適化されたシステムでも、牛肉生産における二酸化炭素排出量は35キログラムに相当すると推計された(鶏肉はおよそ3キログラム、豚肉はおよそ5キログラム相当の二酸化炭素を排出する計算結果となった)。

シンケ研究員の分析以前にも、培養肉が従来の生産方法よりも気候変動に与える影響が小さいと推定された事例がある。2011年に発表された、この分野における初期の分析では、商業規模の生産を仮定した場合、欧州での食肉生産と比較して、培養肉生産は温室効果ガス排出量を78~96%削減するとされた。

培養肉は、いずれ気候変動に大きなメリットをもたらす可能性がある。そう指摘するのは、ヘルシンキ大学の准教授で、前述の2011年の研究の筆頭著者であるハンナ・トゥオミストだ。トゥオミスト准教授は最近、培養肉が気候変動にメリットをもたらす可能性を示した別の研究を発表した。しかし、培養肉産業が気候に与える真の影響はまだはっきりしていないと付け加える。そして、「答えが出ていない疑問が、まだまだたくさんあります。多くの企業がまだ大規模な施設を作っていないからです」と話す。

牛の歩みで

より大規模な生産施設で培養肉を作ろうとするスケールアップの試みは、今まさに進められている段階だ。

米国農務省の認可を最近受けた2社のひとつであるアップサイド・フーズでは、現在、年間最大約180トンのパイロット施設を稼働させているが、現在の生産能力は約23トン近くとなっている。同社が現在設計を進めている最初の大量生産施設は、はるかに大規模なもので、年間数千トンもの生産能力を持つ。

「どんな革新的なテクノロジーにも、ものすごい学習曲線は存在するものです」

ペレ・シンケ研究員

アップサイド社内の試算によれば、同社の製品は従来の食肉よりも生産に必要な水と土地が少なく済むはずだとグローバル科学・規制担当副社長エリック・シュルツェはメールで語っている。しかし、「私たちが望んでいる効果を実際に測定し、実感し始めるためには、より大規模な生産が必要です」と付け加えた。

イート・ジャストは現在、米国で実証プラントを稼働中で、シンガポールでもその建設を進めている。これらの施設では、それぞれ3500リットルと6000リットルの容量を持つリアクターが装備される。同社は最終的に、1基25万リットルのリアクターを10基備えた将来の大量生産施設において、毎年数千トンの培養肉を生産することを計画している。

培養肉が気候に与える影響について、すでに「期待を抱かせるだけの理由はたくさんあります」と、イート・ジャストのコミュニケーション担当副社長アンドリュー・ノイエスはメールで語った。「しかし、その目標を達成できるかどうかは、生産工程の最適化とスケールアップ、さらには将来の大規模生産施設の設計に関連した複数の要素に左右されるでしょう」。

最近の規制当局の認可は、培養肉業界にとって画期的な出来事として歓迎されているが、こうした製品が近いうちにバーガー屋に並ぶことはないだろう。生産コストを削減するためには、企業は大規模施設を建設し、それを円滑に稼動させる必要がある。

こうした成長の一端は、業界が他所から拝借してきた高価な設備や原材料からの転換を果たすことにかかっていると、培養肉企業「オハヨー・バレー」の創業者で最高経営責任者(CEO)を務めるジェス・クリーガーは言う。そして、「今のままでは、将来的にやっていけない」と話す。スパング准教授の最悪ケースの排出シナリオにつながった要因、たとえば徹底的な精製、高価なリアクター、医薬品グレードの培地などは、生産に必要ないとクリーガーCEOは指摘する。

確かに、初期段階の企業はまだ医薬品レベルの原料を使用することが多いと、グッドフード・インスティテュートのエリオット・スワーツ博士は言う。しかし、市場にはすでに、より安価な食品グレードの選択肢が出回っている。イート・ジャストとアップサイド・フーズの両社は、最終的な商業運転では、こうした非医薬品原料を使用する予定だという。

エネルギーを大量に消費するやり方は、地球にとって持続性がないだけではないと、CEデルフトのシンケ研究員は話す。バイオ医薬品の手法に依存する多くの工程は、単に二酸化炭素の排出量が多いからというだけでなく、「それを採用するだけの資金的余裕がない」という理由で、業界では採用されないだろうと指摘する。

スパング准教授も、経済的な観点から、培養肉が気候への極端な影響をもたらすような生産方法はとらないだろうという点に同意している。「医薬品レベルの原材料の投入が必要だとしたら、産業としてほとんど成立しないと思います。高価すぎて、発展可能な方法だとは思えません」。

しかし、スパング准教授の考えでは、業界が気候変動の解決策として評価するには、答えを見つけるべき未解明の疑問や実行すべき計画が数多く残されている。「実験室規模の科学から費用対効果の高い気候変動対策に至るには、相当な道のりがあると私は思います」と同准教授は言う。

特に風力や太陽光などの再生可能エネルギーがより広く利用可能になるにつれて、培養肉が気候に大きなプラスの影響をもたらす可能性はまだある。すべて再生可能電力によって稼働する工程で、広く入手可能な原材料を使い、巨大なリアクターで細胞を効率的に培養させることができる産業は、私たちの食料システムをよりクリーンにする大きな一手となる可能性がある。

しかし、それを可能にする施設のほとんどはまだ計画段階にある。培養肉がどのような道をたどって私たちの食卓に届くのかは、まだ明らかではない。

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MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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