解説:航空業界の脱炭素のカギ「SAF(持続可能な航空燃料)」とは
航空機は大量の二酸化炭素を排出しているが、航空業界による気候変動対策はなかなか進まない。化石燃料に代わる現実的な選択肢がまだ存在しないからだ。航空業界が期待を寄せるのが、代替ジェット燃料である。 by Casey Crownhart2023.06.14
航空業界の未来は、フライドポテト、ゴミ、日光にかかっているのかもしれない。
航空機が排出する二酸化炭素の総量は、世界の排出量の約2%を占める。ほかの汚染ガスを加えると、航空業界は、人為的な地球温暖化全体のおよそ3%を引き起こしている計算になる。
航空業界が気候への影響を減らすために期待している方法の1つに、新種の燃料の導入が挙げられる。持続可能な航空燃料(SAFs:Sustainable Aviation Fuels、日本ではSAFとも)と呼ばれることが多い一連の代替燃料は、さまざまな材料から作られており、ほとんどの既存の航空機で使える。航空業界は、2050年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロにするという気候目標を掲げているが、その達成にはSAFsが鍵となるかもしれない。
欧州連合(EU)と米国がともに政策面でSAFsを後押ししている。また航空会社は、燃料源を切り替える取り組みを紹介する広告キャンペーンを推進している。
代替燃料は、航空業界にとって気候変動の解決策になるかもしれない。しかし一方で、その実際の効果は多くの要因に依存する。ジェット燃料の未来と気候について、いま知っておくべきことを紹介しよう。
SAFsとは何か
現代の航空機は、たいていの場合ジェット燃料を燃やしている。これは、ケロシンとも呼ばれる炭素を含む分子を混合した化石燃料である。混合物である分子には多様な組み合わせが存在するが、主成分は炭素と水素の単純な連鎖であり、エネルギーが凝縮されている。代替燃料の化学組成は、基本的には化石燃料と共通している。異なるのは、SAFsが再生可能資源から生まれるという点だ。
SAFsは、大きくバイオ燃料と合成電気燃料の2種類に分類できる。
バイオ燃料は、さまざまな生物資源から得られる。使用済みの調理油、農業残渣、または埋立ゴミなど、廃棄物に由来するものと、トウモロコシやヤシの木、スイッチグラス(北米原産のイネ科の植物)など、燃料用として特別に栽培された作物に由来するものがある。
生物資源から燃料を作るには、植物がエネルギーを貯蔵するために形成している複雑な化学構造を切り刻む必要がある。脂肪と炭水化物は、既存の精油所で細かな断片に分解して精製し、炭素を豊富に含む単純な鎖状につながった分子を作ることができる。これはジェット燃料の主成分となる。
一方、電気燃料(e-fuelsとも呼ぶ)の原料は植物ではない。代わりに、水素と二酸化炭素の2つを主な構成要素とする。
水素と二酸化炭素はどちらも、さまざまな資源から得られる。だが、最も気候にやさしい電気燃料を作るなら、再生可能エネルギーで発電した電気を利用して水を分解することで得た水素と、直接空気回収(DAC:Direct Air Capture)技術で大気から回収した二酸化炭素を使うことになるだろう。電気化学反応によってこれらを結合し、変換するのだ。
現在のところ、電気燃料の製造コストは高額だ。作業工程の効率が低く、商業目的の大規模生産ができていないためだ。しかし、2050年の目標を達成するには、航空業界は電気燃料に大きく依存することになると専門家は述べる。二酸化炭素排出量を削減する上で、それが最も効果的な方法なのだ。また、植物や廃棄物に由来する燃料のように、供給や回収に関連する物流に制限されることもない。
SAFsは気候問題の進展にどのように役立つのか
飛行機でエネルギーとして燃焼した代替燃料は、従来のジェット燃料と同じく、二酸化炭素などの排出物を生み出す。
従来のジェット燃料と異なるのは、SAFsなら製造法次第で、二酸化炭素排出量を相殺できる点だ。理想を言えば、代替燃料を作る過程で非常に多くの炭素を吸収し、燃やしたときに二酸化炭素排出量を原則として相殺できる、というのが望ましい。
しかしほとんどの場合、理想と現実はかけ離れている。現在、代替燃料を製造する工程は、二酸化炭素を排出していると見なされている。製造にエネルギーを必要とする点と、炭素を放出して生態系に影響を与える点が理由として挙げられる。
「すべてのSAFsが同じように作られているわけではありません」。非営利団体である欧州運輸・環境連盟(European Federation for Transport and Environment)のマッテオ・ミロロ航空政策責任者は言う。
米国の非営利団体である国際クリーン交通委員会(International Council on Clean Transportation)で燃料チームを率いるニキータ・パブレンコによると、代替燃料は二酸化炭素排出量の削減効果に応じてスペクトルのように分類できるという。スペクトルの一方には、合成燃料がある。エネルギーのすべてを再生可能エネルギーで発電した電力に頼る製造施設で、直接空気回収技術で大気から回収した炭素で作られるこの燃料は、化石燃料と比較して二酸化炭素排出量をほぼ100%削減可能にする。
もう一方にあるのは、作物由来のバイオ燃料だ。これは実際のところ、化石燃料よりも多くの二酸化炭素を排出する可能性があるとパブレンコは言う。この指摘は、パーム油から作られるバイオ燃料に当てはまることが多い。原料となるアブラヤシの栽培が、熱帯雨林を破壊する可能性があるからだ。合成された電気燃料であっても、化石燃料から得た電力で製造されていれば、ジェット燃料と同じように二酸化炭素を排出する可能性がある。
現在商用になっているほとんどの代替ジェット燃料は、油脂類から製造されている。使用済みの調理油のような廃棄物を原料としていれば、代替ジェット燃料は化石燃料と比較して、二酸化炭素排出量をだいたい70〜80%減らせる。
SAFsは、二酸化炭素排出量をネットゼロに近づけることはできる。だが燃料を燃やせば、ほかの温室効果ガスや粒子状物質など、別の種類の汚染物質を作り出してしまうことを記憶に留めておく必要がある。また、この燃料は大気中に熱を閉じ込める飛行機雲形成の一因になることもある。
SAFsの今後の展開
航空業界で気候への影響を削減するために、水素燃料電池や蓄電池など、他のテクノロジーがいくつか検討されている。しかし、さらなる技術的進歩がなければ、これらの選択肢は短距離を飛ぶ小型航空機にしか使えないだろう。だが現状、世界の排出二酸化炭素のほとんどが約900マイル(1500キロメートル)以上の長距離飛行から発生している。そこでSAFsの出番である。代替燃料は、航空機や空港設備の整備をほとんど必要としないドロップイン(簡単に取り換えがきく)ソリューションであり、航空業界にとって魅力的だ(燃料中の化学物質の構成にもよるが、将来は100%SAFsで運航するために航空機にちょっとした改造が必要になるかもしれない)。
国際航空運送協会(IATA:International Air Transport Association)が発表しているような航空実質ゼロ計画の多くは、業界の気候変動対策について、その進展の大部分を今後数十年でSAFsが担うようになると想定している。この1年の間に、SAFsを100%の動力源とした数回の試験飛行が実施されている。だが2022年、世界のジェット燃料供給量のうち代替燃料が占めた割合は0.2%に満たなかった。結局、実際に気候問題に役立つ代替燃料を供給するには、まだ多くの進歩が必要なのだ。
SAFsの本格導入に向けた主な課題の1つは、供給量の拡大だ。現在、商用になっているSAFsのほとんどが油脂類を原料としている。だが、フライドポテトの調理に使った調理油を世界中から集めても、世界のジェット燃料需要を満たすのに十分な量の原料を得ることはできない。実際、仮に回収量が増えたとしても、廃棄油脂類を原料としたSAFsが世界のジェット燃料供給量の5%以上を占めることはないだろう、と国際クリーン交通委員会のパブレンコは予測する。
新種のバイオ燃料が市場に登場し始めている。農業廃棄物、都市廃棄物、それにスイッチグラスのような丈夫な作物を原料とするものだ。世界中で製造施設の建設が数件進行中であり、すでに上記の資源からジェット燃料を製造している施設もある。これら新種のバイオ燃料による二酸化炭素排出量削減効果は、50〜90%に達する。
米国とEUの最近の政策動向は、代替燃料の市場拡大を狙ったものと言える。4月にまとまった「持続可能な航空燃料(RefuelEU Aviation)」の取り決めは、EU域内の空港で供給する燃料について、2025年までにSAFsを2%、2050年までに70%含むよう求めている。このEU規則は、廃棄物源由来のSAFs、先進バイオ燃料、電気燃料のみを対象とし、作物由来の燃料は除外している。また、電気燃料の製造促進を目的とした特定の目標も掲げている。
一方で米国では最近、代替燃料を対象とした新しい税額控除が決まった。これは、まだ高額な代替燃料が、化石燃料と同等の価格まで下がるように支援しようという動きだ。この税額控除は2027年まで続き、化石燃料と比較して、二酸化炭素排出量を最低でも50%削減するすべての燃料が対象となる。削減率を計算する詳細な方法はまだ発表されていない。
代替燃料は、航空業界による気候への影響を削減する最も明快なルートの1つを提示している。しかし、気候に良い影響をもたらすのは、特定の種類の代替燃料に限られる。「SAFsは解決策ですが、適切に扱うよう注意しなければなりません」と欧州運輸・環境連盟のミロロ航空政策責任者は言う。そうしなければ、「二酸化炭素排出量削減を目的としたSAFsが、排出量をむしろ増大させるということになりかねません」。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。