荒井朋子・千葉工大PERC新所長、DESTINY+が開く深宇宙探査の新時代
地球にどのように生命が誕生したのか──アストロバイオロジーというテーマを掲げ、2009年に発足した千葉工業大学惑星探査研究センター(PERC)の新所長に荒井朋子氏が就任した。故・松井孝典教授の後を継いで惑星科学の研究者から衛星、ロケット開発のエンジニアまで36名の研究所を率いる荒井氏に、宇宙開発・探査を取り巻く現状や、官民学の知見と技術を結集させるプロジェクトの進め方について聞いた。 by Ayano Akiyama2023.07.31
MITテクノロジーレビューが主催する世界的なアワードの日本版「Innovators Under 35 Japan(イノベーターズ・アンダー35ジャパン)」が、本年も開催される。8月15日まで、公式サイトで候補者の推薦および応募を受付中だ。
審査員の1人である荒井朋子氏は、惑星を形作る物質の分析を専門とし、JAXAの深宇宙探査技術実証機『DESTINY+ 』(デスティニー・プラス)のミッションで理学のリーダーを務める。過去には、開発した流星観測カメラ『METEOR(メテオ)』を打ち上げ時の爆発事故で2回立て続けに失うといった苦境に立たされながらも、粘り強く多角的な視点で日本の惑星科学を推進してきた。手掛けた探査機DESTINY+は来年の打ち上げが近づいてきている。
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異なる夢を持つ人々をまとめあげて実現したDESTINY+のミッション
──荒井先生が取り組まれている宇宙探査ミッションや科学について教えてください。
毎年12月中旬に見える「ふたご座流星群」の母天体、小惑星フェートン(3200 Phaethon、ファエトンとも呼ばれる)を観測するミッション『DESTINY+』が2024年度に打ち上げられる計画です。DESTINY+は、2010年に日本惑星科学会の有志数人で小惑星フェートンからのサンプルを採取したいと探査を提案したのですが、軌道の関係からゆっくり接近できないため、サンプルリターンは実現が難しいと分かりました。さてどうしたものかと考えていたところ、ちょうどJAXAの技術者の方たちが、イプシロンロケットを使った深宇宙探査技術ミッションを計画中で、面白い理学目標を探していました。イプシロンロケットは小型なので、探査機に載せられる観測装置の重要も数も限られます。フェートンにはゆっくり接近できないので、フェートンの近くを高速で通過する短時間に観測できる観測装置だけを載せてくれればいいという我々の提案なら技術実証ミッションに相乗りができるし、炭素に富む始原天体であるフェートンは『はやぶさ2』のサイエンスとも親和性もある。ふたご座流星群の母天体として一般的に馴染みもある。さまざまな意味で面白いね、とタッグを組むことになりました。
──小惑星フェートンを高速で通り過ぎる「フライバイ」探査計画ですね。観測からどのようなことが明らかになるのでしょうか?
小惑星フェートンとふたご座流星群には長年の大きな謎があります。フェートンから出てきたダスト(固体微粒子)が流星群になっているということは分かっていますが、観測から推定されるダスト量では、桁が足りないほど少ないので、ふたご座流星群の現象が説明できません。DESTINY+の最も重要なミッションは、フェートンの地形を観測して、小惑星からダスト放出がどういうメカニズムで放出されたのかを調べることです。フライバイ中に数個ほどでもダストを捉えることができれば、搭載するダストアナライザー(ダスト分析装置)で化学的な素性が解明できるでしょう。
──地形という過去に起きたことを手掛かりに活動を読み解いていく、パズルのようなサイエンスですね。フェートンの魅力とはなんでしょうか?
フェートンはダストを噴出している活動的小惑星という点において、まず興味深いものです。水星と太陽の距離の3分の1ぐらいまで太陽に接近するので、おそらく太陽系の天体の中で最も焼かれている天体でしょう。その意味で、太陽科学の研究者からも面白いと思われています。さらに地球軌道と交差する流星群の母天体の中で最も大きく、直径6km近くあって地球に衝突する可能性のある最大級の小天体を理解するという意味でも重要です。
──ダストアナライザーの開発は、ドイツのシュツットガルト大学のチームが担当することが発表されています。このような国際協力をまとめ上げられた経緯についてお聞かせください。
はやぶさ2のように小惑星に着陸してサンプル採取は技術的にできないので、DESTINY+には周辺に漂っているダストの化学組成をその場で直接分析できる装置が必要です。ドイツのダストアナライザーは、1986年にハレー彗星に迫った欧州の探査機ジオット、ベガに遡る技術で、炭素、水素、酸素、窒素などの元素をきちんと確認できた唯一の観測装置です。現在でもダストの直接分析技術では世界一です。ダストの化学組成をその場観測したい場合は、ドイツのグループには必ず入ってほしい。ただドイツはフェートンそのものには興味がありませんでした。ドイツは、太陽系にどのように物質が流入するかを知るために、太陽系に来る星間ダストを測りたかったのです。
そこで、DESTINY+がフェートンに到着するまで惑星間空間を航行する間ずっとダストアナライザーによる観測を続けることを提案しました。そうすれば必ず惑星間ダストも星間ダストも測れるはずです。私たちのやりたいことを実現するために手段を探していたところに、その技術を持っている人たちがいて、思いやアイデアがつながり、そして人がつながって奇跡的にミッションが実現していくことを、DESTINY+ですごく実感しています。
──多くの人がさまざまな自身の目標、目的を持って1つのプロジクトに相乗りするには、参加者の目標の調整が必須なんですね。そうした例はほかにもありますか?
DESTINY+はJAXAの宇宙ミッションの中では小型ですが、それでも数億円という費用がかかりますから、コスト対効果が求められます。DESTINY+がフェートンに行くには3~4年かかります。しかも小惑星を高速で通りすぎるので、接近して観測できるのはほんの数分です。「数分のためにこれだけの費用をかけるのか?」と問われることになります。
従来の深宇宙探査機が大型ロケットで惑星間空間に投入されるのに対し、DESTINY+では小型のイプシロンロケットで地球周回の長楕円軌道に投入され、電気推進により徐々に高度を上げて月まで到達し、月スウィングバイで(月の重力を利用して)加速して惑星間空間へ出発します。そこで地球の低軌道からダストアナライザーを使って惑星間ダストに加えてマイクロデブリ(微小の宇宙ごみ)を測ることにしました。これにより宇宙ごみ環境をモニターできます。さらに月スウィングバイ時には月周回のダストも観測できます。小惑星までの航行中は惑星間ダストや、ドイツが希望する星間ダストも測ります。「4年間ムダなく科学成果が出続けます」と説き伏せて、だからこそ採択されました。多くの人にこのミッションの意義を感じてもらえるようにすることが、計画を進める上ではとても大事だと思っています。
超小型衛星の開発はもはやイノベーションとは言えない。新しい発想に期待
──宇宙探査はとても魅力的ですが、さらに宇宙の分野で社会課題に関わる部分があれば教えてください。
アストロバイオロジーという観点からですが、私たちは超小型衛星や国際宇宙ステーション搭載の流星観測カメラなど、様々な方法で宇宙から飛来するダストを調べています。地球周回のデブリはどんどん増えてきていることが分かっており、スペースデブリといってもセンチメーター、メーター級の大きなものだけでなく数百ミクロン、数十ミクロンのマイクロデブリと呼ばれるものの影響は小さくないのです。
DESTINY+は月の重力を利用するスウィングバイまで、1年半かけてだんだんと高度を上げていきます。時間はかかりますが、地球の周辺を高度ごとに調査していくにはとても良いのです。高度を上げていくと宇宙由来のものと人工物の割合がどう変わっていくのか、どのような物質が多いのか、地球―月圏のダスト環境マッピングができますし、ダストの由来も区別できます。天然由来のものはケイ素やマグネシウム、鉄、有機物が入っていますが、人工物は明らかに隕石や宇宙塵には入ってこない原素が検出されます。複数の元素を検出できれば、ロケットエンジンなのか、衛星の太陽電池パネルが破損したものなのか、大まかな判別はできるかなと思っています。これはとても面白いですし、私たちの科学的ミッションが、そうした点で社会の役に立てればうれしいです。
──これまで取り組んでこられた流星観測カメラや超小型衛星の科学的成果も有機的につながっているのですね。「Innovators Under 35 Japan」は35歳までのイノベーターを対象としています。荒井先生は粘り強く多くの人の目標の実現に向かって宇宙探査の計画をまとめ上げてこられたわけですが、35歳くらいのまでにはどんな活動をされていましたか?
私は大学院を卒業するまではずっと、アポロ計画の月サンプルや隕石などの鉱物を分析する研究室にいて、鉱物学の博士号を取得しました。理学研究者ですが、地球外の天体の石を持って帰ってこられるということで、探査もやってみたいと思ってNASDA(宇宙開発事業団、JAXAの前身の一つ)に入社しました。研究者としてではなくエンジニア(技術者)として配属されたのが国際宇宙ステーションの部署でした。宇宙ステーションの実験棟や分析装置を開発するプロジェクトに6年ほど携わりました。全く新しい分野を学べてそれが最終的には探査の理解につながるというワクワクもありました。自分が持っていた枠をいったん捨て去って、新しい分野に飛び込む経験ができたというのが、大きく視野が広がったきっかけです。
その後、『かぐや』月探査プロジェクトに入って、科学衛星や月探査の工学的な部分、理学とのつながりや探査における理学と工学のバランス、組織マネージメントも学べました。このときの7年間と理学の研究経験が融合して自分の今のベースが作られています。惑星科学というコミュニティにいながら、異分野に飛び込んだことで普通の研究者が持ってないような視点を得たことが今になってプラスの方につながってきているのかなと感じています。
──そうした経験を振り返って、若いときにすべきことはなんでしょうか?
35歳くらいまでの時期は、自分の専門分野を1つ確立した後の次のステップだと思います。自分が培ってきた専門分野の延長で新しいこと考えるのもいいですし、一歩飛び出してみて、違う分野の人とコラボレーションもできる。
学生の方であれば、きっかけづくりとして、大学の他の研究室に行ってみるでも良いと思います。私は昔から、「隣の研究室は何しているのかな」と無邪気に遊びに行って教えてもらったりしていました。すると、なにか問題が起きたときに相談する人が増えたり、思いもしないところからアイデアをもらえたりします。好奇心と行動力を持って行動を起こしていくと覚えてもらえますし、反対に「あの人に聞いてみよう」と思ってもらえるかもしれない。行動あるのみだと私は思っています。
──宇宙の分野からどんな方に応募してほしいと思われますか?
新しい発想をしている方が少ないように感じています。超小型衛星の開発はビジネスになっていいのかもしれませんが、イノベーションと呼ぶにはもの足りない。学生でも指導すれば超小型衛星を作れるくらいハードルは下がっているわけですから、ただ衛星を作れば良いいではなくて、何に使うのか考え抜いてミッションの目標をはっきりさせなくてはなりません。新しいところに踏み出す、新しい分野で学んでみるなど、殻を破るような経験をもとに革新を起こしてくれる人だといいなと期待しています。
──そうした革新を起こす人を迎える側として、荒井先生からメッセージをお願いします。
宇宙分野はこれからお金がたくさん投入されていくと思いますが、科学も工学も若手の人材はまだまた少ない。AIやロボットなど宇宙以外に魅力的な分野も多いので、宇宙は面白いと思って来てくれる人が多くないことに、私自身かなり危機感があります。魅力的な分野の人たちとうまくコラボレーションして、宇宙も面白い部分だよ、と打ち出さなくてはと思っています。これから月探査といった分野で日本のプレゼンスを発揮するためにも、魅力的な分野だとしっかりアピールをしていきたいですね。
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- 秋山文野 [Ayano Akiyama]日本版 寄稿者
- フリーランスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経て宇宙開発中心のフリーランスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。