KADOKAWA Technology Review
×
「AI規制の秋」到来、論点ずらしに動く巨大テック企業
Stephanie Arnett/MITTR | Envato
There's never been a more important time in AI policy

「AI規制の秋」到来、論点ずらしに動く巨大テック企業

米国と欧州で、人工知能(AI)の法規制を検討する動きが加速している。慎重だった米国の政治家もさまざまな提案を打ち出しているが、巨大テック企業は規制を骨抜きにしようと動いている。 by Melissa Heikkilä2023.09.22

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

国会議員たちが夏季休暇から戻り、行動を起こす準備が整った。今年の秋は人工知能(AI)分野における相次ぐ動きで幕を開け、このテクノロジーにとって最も重要な季節になりつつある。

4年前に私が初めてAI政策について取り上げ始めてから、多くのことが変わった。以前なら、このテーマに時間を割く価値があることを説得しなければならなかったが、今ではもうその必要はない。一部のマニア向けのニッチな話題から、新聞の一面を飾るニュースになったのだ。特筆すべきは、これまで規制に消極的だった米国などの政治家が、さまざまな多くの提案を積極的に打ち出すようになったことである。

9月13日には、テック界のリーダーや研究者たちが、チャック・シューマー上院院内総務が主催する初の「AIインサイト・フォーラム(AI Insight Forum)」が開かれた。フォーラムは、シューマー上院院内総務がAI規制に対するアプローチを構想するのに役立つ。開催直前に、本誌のテイト・ライアン・モズリー記者が、フォーラムで予想される議論について説明している。

リチャード・ブルメンタール上院議員(コネチカット州選出の民主党員)とジョシュ・ホーリー上院議員(ミズーリ州選出の共和党員)も、AI関連の超党派の法案を提出する予定であると述べている。この法案には、AIの許認可と監査に関する規則、プライバシーと公民権に関する法的責任のルール、データの透明性と安全性に関する基準が含まれる。また、AIの規制を監督するAI局の新設も提案している。

一方、EUはAI規制法案(AI Act)に関する交渉の最終段階に入っている。これから年末までの間、顔認識を禁止するか否か、生成AIを規制する方法、施行のあり方など、難しい問題のいくつかが徹底的に議論されるだろう。G7首脳らもこの話に加わることを決め、AIに関する自主的な行動規範の作成に合意した。

生成AIに関する盛り上がりのおかげで、このテクノロジーは家庭でも話題となり、今や誰もが、何かしなければならないことに気づいている。こう指摘するのは、ブルッキングス研究所(Brookings Institution)のアレックス・エングラー特別研究員だ。しかし、落とし穴は細部に潜んでいる。

エングラー特別研究員によれば、AIがすでに米国で引き起こしている害に対して本当の意味で取り組むには、医療や教育などを管轄する連邦政府機関に対し、テック企業を調査・提訴する権限と資金を与える必要があるという。エングラー特別研究員は、AI企業を調査・監査して既存の法律を執行する権利を連邦政府機関に与える新たな規制手段「重要アルゴリズム・システム分類(CASC:Critical Algorithmic Systems Classification)」を提案する。これは新しいアイデアではない。ホワイトハウス(大統領府)が昨年発表したAI権利章典(AI Bill of Rights)でも概説されているものだ。

例えば、あなたが大学入試や雇用、財産評価において、アルゴリズムによって不公平な扱いを受けたと気づいたとしよう。その場合、問題を関連する連邦政府機関に持ち込むことができる。政府機関は調査権限を行使し、テック企業にそれらのモデルの仕組みに関するデータやコードの提出を要求したり、企業の行動を再調査したりできる。もし、システムが害を引き起こしていると規制当局が判断すれば、訴訟も可能になる。

この数年間、変わっていない重大なことが1つある。巨大テック企業が、自身の権力を制限する規則を骨抜きにしようとしていることだ。

「ちょっとしたミスディレクション(注意を別のところに向かせるテクニック)のトリックが起きています」と、エングラー特別研究員は言う。監視やプライバシー、差別的なアルゴリズムなど、AIに関する問題の多くは、今まさに私たちに影響を及ぼしている。しかし、テック企業は、遠い未来に大規模なAIモデルが巨大なリスクをもたらすという物語によって、議論の方向をそらしていると、エングラー特別研究員は付け加える。

「実際、前述のリスクはすべて、オンライン・プラットフォーム上で、はるかに大規模なスケールで実証されています」と、エングラー特別研究員は言う。そして、こうしたプラットフォームこそが、リスクを未来的な問題として捉え直すことからメリットを得ているのだ。

大西洋の両岸の国々の議員たちは今、AIに関する極めて重大ないくつかの決定を下す、ごく短い期間にいる。その決定が、今後何年にもわたってこのテクノロジーをどのように規制するか決めることになる。彼らがそのチャンスを無駄にしないことを祈ろう。

AIと子どもの付き合い方

AIチャットボット「チャットGPT(ChatGPT)」が昨年末から大流行したおかげで、子どもから教師、親までもがAIについて猛勉強させられた。だが、子どもたちが学校や日常生活で遭遇するのは、チャットボットだけではない。AIは徐々に、あらゆるところで見られるようになっている。ネットフリックスで私たちに番組を勧めたり、アレクサ(Alexa)が質問に答えるのを助けたりしている。お気に入りのインタラクティブなスナップチャット(Snapchat)フィルターを動作させているのも、スマホのロックを解除するのもAIだ。

AIに対する興味は生徒によって濃淡があるだろうが、システムが動作する仕組みの基礎を理解することは、高校卒業までに知っておくべき基本的なリテラシーになりつつある。新学期を迎えるにあたり、子どもたちにAIの使い方を教えるための6つの重要なヒントを紹介する。 詳しくはこちらの記事を読んでほしい。

AI関連のその他のニュース

中国のAIチャットボットはあなたの心の支えになろうとしている。中国バイドゥ(Baidu:百度)の新しいアーニー・ボット(Ernie Bot:文心一言)はどんなものだろうか? 欧米のチャットボットと比べてどうなのか? 本誌の中国担当、ヤン・ズェイ記者が試したところ、既存のチャットボットよりも丁寧にユーザーを支援してくれることが分かった。詳しくはこちらの記事を読んでほしい。(MITテクノロジーレビュー

メタのAIドラマの内幕:計算能力をめぐる社内の確執。どのAIプロジェクトに計算資源が与えられるのか? 社内の確執で、メタ(Meta)は優秀な人材を次々に失っている。同社の大規模言語モデル「LLaMA(ラマ)」に関する研究論文を執筆した14人の研究者のうち、半数以上がすでに会社を去った。(ジ・インフォメーション

グーグルが選挙広告に対しAIコンテンツの開示を義務付ける。グーグルは、選挙広告で人物や出来事の「事実ではない描写」がされている場合、広告主に対し「目立つように開示」することを義務付ける方針だ。米大統領選挙が近づくにつれ、生成AIをめぐる最も具体的な懸念となっているのは、AIを使えば、人々をミスリードするディープフェイク画像を簡単に作れてしまうことである。このルール変更は、11月中旬から実施される。(フィナンシャル・タイムズ

マイクロソフトが顧客のAI著作権訴訟費用を負担する。生成AIは、作家やアーティストの知的財産を盗んでいると非難されてきた。多くの生成AIツールを提供するマイクロソフトは、自社の顧客が著作権侵害で訴えられた場合、その費用を負担すると発表した。(マイクロソフト

3Dモデルを作成する話題のAIスタートアップ企業は安価な人間の労働力を利用していた。機械学習の力で2Dイラストを3Dモデルに変換すると主張するスタートアップ企業、カエディム(Kaedim)は、実際のところ「品質管理」のために人間のアーティストを使っており、時には人間がゼロからモデルを作成することもあるという。(404メディア

人気の記事ランキング
  1. Why it’s so hard for China’s chip industry to become self-sufficient 中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
  2. How thermal batteries are heating up energy storage レンガにエネルギーを蓄える「熱電池」に熱視線が注がれる理由
  3. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  4. Researchers taught robots to run. Now they’re teaching them to walk 走るから歩くへ、強化学習AIで地道に進化する人型ロボット
メリッサ・ヘイッキラ [Melissa Heikkilä]米国版 AI担当上級記者
MITテクノロジーレビューの上級記者として、人工知能とそれがどのように社会を変えていくかを取材している。MITテクノロジーレビュー入社以前は『ポリティコ(POLITICO)』でAI政策や政治関連の記事を執筆していた。英エコノミスト誌での勤務、ニュースキャスターとしての経験も持つ。2020年にフォーブス誌の「30 Under 30」(欧州メディア部門)に選出された。
10 Breakthrough Technologies 2024

MITテクノロジーレビューは毎年、世界に真のインパクトを与える有望なテクノロジーを探している。本誌がいま最も重要だと考える進歩を紹介しよう。

記事一覧を見る
人気の記事ランキング
  1. Why it’s so hard for China’s chip industry to become self-sufficient 中国テック事情:チップ国産化推進で、打倒「味の素」の動き
  2. How thermal batteries are heating up energy storage レンガにエネルギーを蓄える「熱電池」に熱視線が注がれる理由
  3. Three reasons robots are about to become more way useful  生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由
  4. Researchers taught robots to run. Now they’re teaching them to walk 走るから歩くへ、強化学習AIで地道に進化する人型ロボット
気候テック企業15 2023

MITテクノロジーレビューの「気候テック企業15」は、温室効果ガスの排出量を大幅に削減する、あるいは地球温暖化の脅威に対処できる可能性が高い有望な「気候テック企業」の年次リストである。

記事一覧を見る
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る