KADOKAWA Technology Review
×
「あらゆるものを電化する」は何を意味するのか?
Artur Nichiporenko/Getty Images
How electricity could clean up transportation, steel, and even fertilizer

「あらゆるものを電化する」は何を意味するのか?

気候変動の話題では「あらゆるものを電化する」という言葉がよく登場する。考え方はシンプルだが、よく考えると「あらゆるもの」とはどこまでを指すのかといったことなど、よく分からないことが多い。 by Casey Crownhart2023.10.01

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

同じ単語を何度も繰り返し言い続けると、意味不明に聞こえることがある。「ピーナッツ・バター」「ラフハウジング(大騒ぎする)」「ウグイス」と50回ほど繰り返し口にしてみると、そもそもその単語に何か意味があったのか、よく分からなくなるはずだ。

私は、気候変動の分野でよく言われている「あらゆるものを電化する」という言葉について、そのように感じ始めている。基本的な考え方はシンプルだ。世界には自動車や家庭用の暖房など、化石燃料から直接エネルギーを得ているものがいくつかある。一方、再生可能エネルギーを利用した電力供給の割合は年々増加している。つまり、化石燃料の力を借りている機器を、代わりに電力からエネルギーを得られるようにする方法を見つけることができれば、私たちは確実に本当の気候変動対策の道を歩めるはずだ。

「あらゆるものを電化する」と叫ぶ人たちは、車や住宅などの身近な例に焦点を当てていることが多い。しかし、「あらゆるもの」とはどこまでを指すのだろうか? 鉄鋼の生産は電化できるだろうか? 肥料はどうだろう?

私たちは、10月4〜5日にMITで開催される「クライメート・テック(ClimateTech)」カンファレンスのセッションでその質問に答える予定だ。自動車から食品、農業、重工業に至るまで、さまざまな業界関係者を招き、電気が私たちの世界を変える潜在力をどれだけ持っているか、確認したいと考えている。

カンファレンスに先立ち、実際に「あらゆるものを電化する」ことが何を意味するのか、見てみることにしよう。

電化の現状

私たちが消費するエネルギーの大部分は、何らかの化石燃料を直接燃やすことによって得られる。2022年時点で、電力は世界の総エネルギー消費量のうちわずか20%を占めるに過ぎない。だが50年前の割合はおよそ10%だった。確実に増加しているのだ。

エネルギーというと、コンセントにプラグを差し込んだり、照明のスイッチを入れたりすることを連想するので、これらの数字を見るといつも驚いてしまう。だが、製鉄や鉱山などの重工業で消費するエネルギーの大部分は、石炭で供給されている。また私たちが日々乗り回している自動車は、依然としてガソリンを燃やす内燃機関から動力を得ているのだ。そして多くの建物は、暖房に天然ガスを利用している。

国際エネルギー機関(IEA)によると、温室効果ガス排出実質ゼロの軌道に乗るには、電力から得られるエネルギーの割合を2030年までに約27%まで引き上げる必要があるということだ。

良いニュースがある。電化への道のりに大きな進展の兆しがあるのだ。2022年には、米国で電気ヒート・ポンプの販売数が初めて化石燃料を使う暖房システムの販売数を上回った。中国では、2022年の新車販売台数の29%を電気自動車(EV)が占めた。

だが、電化はどこまで進むのでだろうか? クライメート・テックのセッションでは(もちろん)「すべてを電化する(Electrify Everything)」と題して、さまざまな分野の専門家たちに電気と気候テックの相性について話してもらう予定だ。

まずは、ニトリシティ(Nitricity)の共同創設者兼最高経営責任者(CEO)である ニコラス・ピンコウスキーと、肥料に関して話す予定だ。現在、窒素肥料は主に石炭や天然ガスなどの化石燃料を使用して生産されているが、ニトリシティは、ピンコウスキーCEOが「瓶の中の稲妻」にたとえる反応器でその状況を変えることを目指している。基本的にニトリシティは、反応器内の空気に電気を流すことで、空気中の窒素をより大きくより健康な植物を育てるために使用できる形に変換している。

一部の産業では、電気への直接の置き換えが上手くいくかもしれないが、一部の特殊な場合にはもう一つの方法、つまり水素が考えられる。水素は再生可能電力で生成でき、化石燃料と同様に(温室効果ガスを排出せずに)燃焼させることができるのだ。したがって、水素の使用は基本的に、電化が難しい場合の回避策となる。

電気で生成する水素の潜在的な役割については、H2グリーン・スティール(H2 Green Steel)のCTOであるマリア・パーソン・グルダに話を聞く予定だ。H2グリーン・スティールは、従来の製法と比較して温室効果ガス排出量を95%削減する製法で鉄鋼を製造する施設をスウェーデンに建設するために、約16億ドルを調達したところだが、その進捗状況と今後のH2グリーン・スティールの展開についての詳しい話を、グルダCTOから聞くのがとても楽しみだ。

そしてもちろん、電気に関するセッションで蓄電池とエネルギー貯蔵を外すことはできない。ここではライテン(Lyten)の最高バッテリー技術責任者であるセリーナ・ミコライチャクの話も聞く予定だ。ミコライチャクは、テスラやクアンタムスケープ(QuantumScape)、パナソニックなど、電池業界のリーダー企業と協働してきた。新しいテクノロジーを世界にもたらすために何が必要かを熟知している人物だ。

会場でお会いできるのを楽しみにしている。

MITテクノロジーレビューの関連記事

安価な再生可能エネルギーは、グリーン水素の実現に役立つ可能性がある。

水素は鉄鋼を浄化するための潜在的なアプローチの1つだが、ボストン・メタル(Boston Metal)は鉄鋼の製法を直接電化しようとしている

バッテリーの世界は常に変化している。バッテリーの未来はこのようになるかもしれない。

気候変動関連の最近の話題

  • 専門家たちは、米国ではEVが転換点に近づいており、販売が軌道に乗るほど勢いを増すとみている。ドライバーの好みによってこの勢いは遅くなるのだろうか?(ワシントン・ポスト紙
  • 全米自動車労働組合はフォード、GM、ステランティス(Stellantis)でストライキを開始した。EVはこの交渉の主要な議題となっている。(グリスト
  • アップサイド・フーズ(Upside Foods)が今年初めに、実験室で培養された鶏肉の販売をカリフォルニアのレストランで始めた。しかしワイアードの新たな調査によると、同社は製造規模拡大の点で若干の問題を抱えているようだ。(ワイアード
  • アップサイド・フーズとグッド・ミート(Good Meat)はどちらも実験室で培養された鶏肉の製造に取り組んでおり、今年規制当局の承認を取得した。しかし生産規模の拡大は両社にとって大きな課題となっている。ワシントン・ポスト紙
    → 実験室で培養された肉と気候変動について分かっていることは次の通りだ。(MITテクノロジーレビュー
  • 暴風雨の後、リビアで2つのダムが決壊し、数千人が死亡。さらに数万人が避難を余儀なくされている。決壊の原因は独特なものでは決してない。(サイエンティフィック・アメリカン
  • 米国は新しい送電線の建設を進めているが、送電網に接続予定のすべての新しい風力発電と太陽光発電に対応できるほどには進んでいない。カナリー・メディア
人気の記事ランキング
  1. A tiny new open-source AI model performs as well as powerful big ones 720億パラメーターでも「GPT-4o超え」、Ai2のオープンモデル
  2. The coolest thing about smart glasses is not the AR. It’s the AI. ようやく物になったスマートグラス、真価はARではなくAIにある
  3. Geoffrey Hinton, AI pioneer and figurehead of doomerism, wins Nobel Prize in Physics ジェフリー・ヒントン、 ノーベル物理学賞を受賞
  4. Why OpenAI’s new model is such a big deal GPT-4oを圧倒、オープンAI新モデル「o1」に注目すべき理由
ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。2024年受賞者は11月発表予定です。 世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を随時発信中。

特集ページへ
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2024年版

「ブレークスルー・テクノロジー10」は、人工知能、生物工学、気候変動、コンピューティングなどの分野における重要な技術的進歩を評価するMITテクノロジーレビューの年次企画だ。2024年に注目すべき10のテクノロジーを紹介しよう。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る