KADOKAWA Technology Review
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イーロン・マスクのBCIで「脳の高速通信」は実現できる?
MITTR
Elon Musk wants more bandwidth between people and machines. Do we need it?

イーロン・マスクのBCIで「脳の高速通信」は実現できる?

脳インターフェース企業のニューラリンク(Neuralink)が被験者を募集している。同社のオーナーであるイーロン・マスクは新しい機器によって高速通信が可能になるという。専門家の意見を聞いた。 by Antonio Regalado2023.10.02

先日、X(ツイッター)上のイーロン・マスクの投稿が目に留まった。人間の頭に電極を取り付けることで、脳を出入りするデータの転送速度を大幅に高められると主張する投稿だった。

マスクの投稿のきっかけとなったのは、同氏が所有する脳コンピューター・インターフェイス(BCI:Brain-Computer Interface)企業であるニューラリンク(Neuralink)が、「N1」というインプラントを装着する最初のボランティアを正式に募集していると発表したことだった。N1は1024個の電極を持ち、脳内ニューロンの情報を取得できる。

ニューラリンクによると、ボランティアの対象はALS患者あるいは脊髄損傷により身体を動かせなくなった人になるという。この実験のポイントは、被験者に「思考によって外部の機器を制御」させること。具体的には、コンピューターのカーソル移動やスマホ・アプリの制御をしてもらうことだ。それができること自体には疑いの余地はほぼない。このような実験は何十年も前から続いているからだ。

ただし、1つ違う点がある。ニューラリンクのN1には、これまでのインプラント実験で使われてきた機器と比べて2倍の電極が備わっていることだ。電極の数が増えることで、ニューラリンクはより多くの神経細胞から、より多くのデータを収集できるようになる。

ここでマスクの投稿に戻ろう。マスクは、人同士または人と機器の間をつなぐ通信路の速さを1000倍以上に大幅に引き上げるという長期的な目標について、投稿の中で論じている。いったいマスクは何を言いたいのだろうか? また、本当にそんなことが可能なのだろうか? 果たして、一日の出来事についてナノ秒単位で伝えることができる、ある種の高速テレパシーみたいな話なのだろうか?

マスクが「X」に投稿した内容は次のとおりだ。

Musk post that says
イーロン・マスクが投稿した内容(Xより)

複数の科学者に話を聞くと、脳インプラントによって人間同士のコミュニケーションがスピードアップできるという考えは、ほぼナンセンスであると言い切れる。一方で、脳から機器が情報を読み取る速度の高速化はとても正しいことで、これは、重度の麻痺を持つ人たちにコンピューターを介した「会話」を可能にするなど、読心インターフェイスの最先端の用途における鍵となる。

マスクが使った「Bandwidth(帯域幅)」と言う言葉は、単にデータ転送速度を意味する。人間は使用言語に関係なく、毎秒約40ビットのスピードで情報を共有すると科学者は推定している。かなり遅いと言わざるを得ない(コンピューターがデータをダウンロードする速度はその100万倍高速だ)。そして、スピードが上がらないのには理由がある。あなたも2人に同時に話しかけられたことがあるだろう。耳は情報を聞き取るが、脳はそれを処理できない。思考のスピード自体に処理能力の制限があるのだ。

「ワイヤーの切れ端で2人をつないで、今よりも優れたことをできるようにしようというのは、愚かな考えです」。脳インターフェイスを研究するノースウェスタン大学医学部の神経科学者、リー・ミラー教授は言う。「もしそういう計画なら、私ならお金は出しません」。

とはいえ、科学者たちは、より高速なデータ転送によって、私たちの自分自身を表現する方法に、根本的な変化をもたらす可能性があることを認めている。例えば、自分が強盗に遭い、似顔絵師に犯人の顔を説明したいとしよう。たとえその顔をはっきりと心の中でイメージできたとしても、詳細を毎秒40ビットの言葉のスピードで伝えるには時間がかかる。

しかし理論上、心に思い浮かべるイメージは、心と心の間で直接伝達できる。研究者は、クリスタ・ホーガンとタチアナ・ホーガンという、脳の一部を共有する頭部結合の双子の話を私に教えてくれた。この双子は、お互いの目を通してモノを見ることができ、実際、網膜から視神経に送られる情報を毎秒1000万ビットで共有できると言われている。

ニューラリンクは、自社のインプラント電極がサルの脳の視覚野を刺激できるかどうかという調査を実際に開始している。この方法で生成される光景は極めて粗いもので、基本的にほんの数点の光に過ぎないが、電極の数をどんどん増やしていけば、改善される可能性がある。いつの日か、ケーブルを介して2つの脳の間で画像を送信できるようになるかもしれない。

「イーロンは心的イメージについてよく考えています。そして、自分が考えているイメージを相手に示したり、大脳皮質を直接刺激して伝えたりすることができる未来を彼は想像しているはずです」。カリフォルニア大学サンディエゴ校のヴィカシュ・ギルジャ准教授は話す。

つまり、処理能力の拡大が違いを生む可能性があるのは、会話のスピードアップではなく、思ってもみなかった形での思考の伝達ということである。例えば脳を測定することで、人が落ち込んでいるかどうかなどの感情的な状態を検出することも可能だ。そういった感情は、説明が難しいだけでなく、本人も気づいていない可能性がある。

パラドロミクス(Paradromics)のマット・アングル最高経営責任者(CEO)は、「例えば現在、他人に意識的に伝達しようとしても簡単にはできないことを、BCIが読み取れるということから、とても興味深いことが起こるだろうと私は考えています」と言う。パラドロミクスは、約1600個の電極を備えたインプラントシステムを独自に開発した。「脳のさまざまな領域から、電極が情報を読み取ることで、意識的には入手できない情報を入手できる可能性があります」。

さて、現実の話に戻り、脳コンピューター・インターフェイスの目先の用途について考えよう。より高い処理能力は必要だろうか? これらデバイスの主な用途は、麻痺した人がその思考に合わせてカーソルを動かすことで、コンピューターを操作できるようにすることである。そのために処理能力を増やす必要などない。科学者たちは、いくつかのニューロンの情報を取得することで、麻痺した人たちのコンピューター操作を可能にできる。また、さらに増やしたところで、通常その効果は逓減するだろう。

より多くの情報を集めることが役立つ、そしてより多くの電極を備えたインプラントが助けになるのは、より自然なコミュニケーションが可能になる場面である。今年、そのような例をいくつか目にした。麻痺のある2人が、自身の思考で、コンピューターを介して会話できた例などだ。

これが機能するのは、電極を装着した本人が言葉を発することを想像すると、電極が運動ニューロンを測定し、そのニューロンの発火のパターンには、本人が舌と喉頭をどのように動かそうとしているかに関する情報が含まれているためだ。今では、これらのデータから、人がどのような言葉を言おうとしているのかを驚くほど正確に判別できるようになっている。研究者は、より多くの電極がより多くのニューロンの情報を取得し、処理能力を増やすことで、さらに性能が良くなると考えている。

「カーソル制御にはこれ以上の電極は必要ありませんが、会話に関してはデータ・レートがたいへん重要な意味を持ちます」と、パラドロミクスのアングルCEOはいう。「それらシステムを実用可能にするには、チャネル数を増やす必要があることは明らかです。1000個の電極を使えば、スマートフォンによるスピーチの文字起こしくらいの性能になるでしょう。つまり、その状況では、情報伝達速度が10倍から100倍になるということです」。

結論に入ろう。障害のない人たちの間のコミュニケーションを強化することに関して、私が取材した研究者たちは、より高い処理能力が重要であるという考えに懐疑的であった。脳がその妨げになるという。しかし、機能の回復という点では、処理能力の拡大は大きな意味を持つ。患者が基本的な毎秒40ビットでのコミュニケーションに戻るには、多くのニューロンと大量のデータが必要となるのだ。

MITテクノロジーレビューの関連記事

2021年に、麻痺のある男性で、当時脳とコンピューターの直接通信の世界記録保持者であった、デニス・デグレイを特集した。彼は思考を介して、1分間に18語を入力することができた。「デバイスと自分との会話に近いものがあります」とデグレイは私に語った。「極めて個人的なやり取りです」。

今年8月には、脳卒中とALSでそれぞれ話す能力を失った2人が、脳に埋め込まれたインプラントに接続されたコンピューターを介して、すばやく言葉を発することができることが実証された。カサンドラ・ウィルヤードによる記事はこちらから。

アダム・ピオルは2015年、自身の脳にインプラントを埋め込むという、極端な手段に出た先駆的な脳インプラント研究者フィル・ケネディー(リンク先は米国版)の奇妙な話を詳細に伝えた。

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MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
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