中国テック事情:顧客トラブルをユーザーに解決させる中国企業
中国のフードデリバリーアプリは、ユーザー間の紛争を解決するために公開陪審員裁判システムを導入している。今のところうまく機能しているようだが、過去のアリババの実験から得られた教訓がある。 by Zeyi Yang2023.12.22
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
フード・デリバリー・サービスで食事を注文したことがある人なら、配達まで長時間待たされたり、やっと届いたと思ったら頼んだものと違っていたりして、ストレスを感じた経験があるはずだ。悪いことに、事態を解決しようとアプリを開くと、さらにストレスが悪化してしまうことも多い。
中国で一番人気のフード・デリバリー・アプリ「メイトゥアン(Meituan:美団)」は、この問題の解決策をひとつ提案した。顧客と飲食店の間で起こった紛争について、アプリのユーザーが「陪審員」として審議することだ。この場合の紛争とは、ご飯の量が足りなかった、麺の辛さが足りなかった、食べ物が完全に冷めていたなど、実にさまざまである。
そして、陪審員になったユーザーたちは、他のユーザーのクレームの解決を手伝うだけでなく、自らを「サイバー裁判官」と呼んで楽しんでいることが分かった。
機能自体はさほど’新しいものではないが、中国のソーシャルメディアでは現在、このバカバカしい紛争が多くの注目を浴びている。こうしたトレンドについて、私は最近、記事を執筆した。
陪審員システムは2020年の立ち上げ以来少し進化したが、本質は変わっていない。飲食店側が詐欺的、または悪意があると思われる顧客のネガティブなレビューに対し、異議を申し立てるというシステムである。飲食店側がトラブルをオープンにすることを選択した場合、陪審員は顧客のレビューを読み、元の注文と配達記録を評価し、さらに飲食店から提供された追加情報を検討した上で、飲食店または顧客の一方に票を投じることができる。陪審員が飲食店側を支持すれば、レビューは削除されるわけだ。
陪審員の中には、非常に真剣に取り組んでいる人もいる。注文のメモを注意深く調べ、顧客がアップロードした食べ物の写真を拡大し、配達のタイムスタンプを精査する人もいる。一方、これらのクレームを見て大笑いすることの方に興味がある人もいる。内容が食べ物に関するものであることを除けば、レディット(Reddit)の「それって私が悪いんですか(Am I the Asshole?)」のスレッドを裁くようなものだ。
このプログラムについて、陪審員や飲食店がどのように感じているか詳しく知りたい場合は、こちらの記事を読んでほしい。
記事の中で述べているように、クラウドソーシングでプラットフォーム管理の意思決定を試みた人気の中国アプリは、メイトゥアンだけではない。アリババ、テンセント、バイドゥ(Baidu:百度)、ドウイン(Douyin:抖音)、チーフー(Zhihu:知乎)など、基本的に中国で成功を収めているアプリはすべて、独自バージョンのこの機能を備えているのだ。
ユーザーが力を取り戻し、プラットフォームのルールや個別の紛争についてユーザーが決定できるようにする、このような実験的な試みは非常に興味深い。わずか数年で廃止された陪審員システムも多いが、それでもこれらはインターネット上での人間の基本的な行動と草の根のガバナンスの性質について、興味深い洞察を提供している。
特に古くからある取り組みのひとつは、eコマース大手のアリババによるものだ。2012年から2018年まで、アリババは売り手でも買い手でも、プラットフォーム上での不適切な行為や不満を抱いた買い手からの取引の紛争について、どのユーザーでも投票できるようにしていた。プログラムの終了までに、この陪審員システムは1600万件以上のケースを処理し、170万人以上のユーザーが1億票以上の投票をしている。
このシステムには、個人的な利益が関与するケースを判断することで、ユーザーの悪用を防ぐいくつかの仕組みが組み込まれていた。どのトラブルが割り当てられるかを予測することが不可能な多段階の無作為分配システムがあり、トラブルをスキップし続けたユーザーはアカウントを停止される(また、アリババは陪審員がより多くのトラブルを裁いた後に経験値を獲得してレベルアップできるように、ゲーム的な要素を設計に取り入れていた。実生活では何の意味もないが、「世界のトップ100の陪審員」に入ったと自慢できる権利が得られるのだ)。
現在、このプログラムは存在しないが、このような群衆投票システムが実際にどのように機能するのかについて、生成されたデータは多くのことを教えてくれる。
香港大学のアンジェラ・チャン教授(法律学)は、2021年に2人の研究者とともに論文を執筆し、20か月間にアリババで起きた63万件の陪審員ケースを調査している。これらのトラブル事例には15万人以上の陪審員が参加しており、そのうちの 80%以上がアリババのプラットフォームで商品を購入したユーザーだった。
チャン教授の分析により、クラウドソーシングによる紛争の解決は、代替手段よりも大幅に効率的であることが明らかになった。通常のクレームはプラットフォームが処理するまでに3~4営業日かかるが、クラウドソーシングによる陪審では通常、判断が下されるまでの時間は約73分だった(ただし、陪審員による裁判を確保するには時間がかかることもある。たとえばある事業者トは、メイトゥアンでは数日かかると話している)。
一方で研究グループは、バイアスという大きな問題も発見した。買い手と売り手の二分法では、人々は自分が属しているグループに投票する可能性が高くなるのだ。平均すると、アリババのプラットフォームで商品を販売した陪審員は、買い手でもある陪審員よりも売り手側に投票する可能性が10%高かった。このバイアスは、陪審員があいまいなケースに遭遇した場合や、自分の「味方」が負けたケースを何度か目撃した場合に強まった。
だが、それも当然かもしれない。このプログラムの参加者は、集中的な陪審員訓練を受ける必要はなく、また彼らの決定をチェックする実際の説明責任メカニズムも存在しなかったからだ。
チャン教授は、バイアスを最小限に抑える最善の方法は、陪審員がこれらの論争に対する投票にもっと時間を費やすことだと気づいた。また、プラットフォームがケースの陪審員を多様化するより洗練された分配システムを導入すことができれば、バイアスを減らすこともできる。
来年、中国のオンライン・プラットフォーム規制に関する著書を出版する予定のチャン教授は、消費者向けインターネットプラットフォームをより良くする方法として、この機能に期待を抱いている。
「私は、これらの群衆裁判システムをプラットフォームの非中央集権化の一形態と見ています。基本的に、プラットフォームはその権限の一部をユーザーに委任し、より協力的で民主的なガバナンス構造を構築しています」。チャン教授はこう話す。「メイトゥアンの群衆裁判機能は、紛争解決の効率を向上させるだけでなく、プラットフォームの決定の正当性を強化するのにも役立つのです」 。
メイトゥアンのシステムは、立ち上げられてからまだわずか3年しか経っていない。これはアリババの陪審員システム制度のスタートから終了までの、6年の半分の期間である。メイトゥアンの陪審員データに関する同様の研究はまだされていないが、おそらくアリババが経験したようなバイアスや悪用による困難に直面するだろうと私は想像している。
だが、このプログラムに対する新たな世間の関心が、システムの設計を改善する取り組みを刺激することになるだろう。私は、中国のアプリで草の根的なガバナンスを生み出す試みが増えることを確かに楽しみにしているし、また顧客と販売者の白熱した議論の楽しいスクリーンショットを見ることも、決して嫌いではない。
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- ヤン・ズェイ [Zeyi Yang]米国版 中国担当記者
- MITテクノロジーレビューで中国と東アジアのテクノロジーを担当する記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、プロトコル(Protocol)、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)、コロンビア・ジャーナリズム・レビュー誌、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙、日経アジア(NIKKEI Asia)などで執筆していた。