ケンプス・ランドン:ロケット「相乗り」時代を開拓する起業家
北海道大学発のスタートアップ「Letara(レタラ)」の共同代表であるケンプス・ランドンは、安全かつ高推力の小型宇宙機用キックモーターを開発し、宇宙における人類の経済圏・生活圏を切り拓く上で欠かせない存在にしたいと考えている。 by Yasuhiro Hatabe2024.02.15
ケンプス・ランドンが「Innovators Under 35 Japan (35歳未満のイノベーター)」の1人に選ばれたのは2021年のこと。開発中の小型宇宙機用キックモーター(軌道変換用ロケット)への取り組みが評価されてのことだった。
ロケットといえば、地上から人工衛星などを打ち上げるイメージが一般的だろう。これに対して、ケンプスらが開発中のキックモーターは、小型人工衛星に搭載するロケット・エンジン。複数の小型人工衛星を1つのロケットに「ライドシェア(相乗り)」で宇宙へ運び、そこから各衛星が離脱してそれぞれの目的とする軌道に乗せる際に使うことを想定している。実現すれば、複数の軌道への投入が必要な人工衛星を一度に打ち上げられるになり、ライドシェアの可能性は一気に広がる。
宇宙での「ラストマイル輸送」を実現する——それが、ケンプスが共同代表を務めるスタートアップ「Letara(レタラ)」の開発するキックモーターの目標だ。
プラスチック固形燃料に着火・再点火する技術で世界をリード
ロケットの推進剤は通常、2種類からなる。炭素または水素が含まれる燃料と、酸素が含まれる酸化剤だ。燃料と酸化剤の両方が液体のものは液体ロケットと呼ばれるが、液体燃料は毒性が強かったり、爆発しやすかったりするため、安全に扱うためのコストが膨大になってしまう。
一方、レタラが用いるのはプラスチックの固体燃料だ。安全で扱いやすく、同時に高推力を実現する。ケンプスは「スーパーパワフルなロウソクみたいなもの」と言って笑うが、確かに見た目は巨大なロウソクのよう。そのプラスチックの固体燃料に着火する技術、そして燃焼をシャットダウンした後も再び点火して複数回使えるようにする技術が、レタラの核となる技術だ。
「地上と異なる宇宙という環境で、着火・再点火することは簡単なことではありません。それを低電圧・低電力で信頼性高く再点火できることが、私たちの技術的な優位性です」とケンプスは話す。これは今後、人類が宇宙へ経済圏を広げ、さらに地球から遠く離れた深宇宙探査を進める上で欠かせない技術となるはずだ。
宇宙インフラを軍だけが使うのは「もったいない」
ケンプスは米国フロリダ州の生まれだ。中学生の頃は技術の授業が好きで、将来はエンジニアになろうと考えていたという。高校へ通う17歳の頃に州兵の部隊へ入隊したが、当時はフルタイムの契約ではなく、大学入学後も勉強と軍の任務を両立した。大学卒業後は米陸軍の情報士官となり、2012年にアフガニスタンへ派遣された。
「周りに何もない土地なのに、軍事用人工衛星のおかげでインターネットが使えました。自分たちだけが利用できるのはもったいないと感じたのと同時に、宇宙インフラの可能性に気がつきました」。
もともと大学院に進もうと考えていたケンプスは、宇宙インフラに関する研究を調べる中で北海道大学の永田晴紀教授が主導して開発を進めるハイブリッドロケット「CAMUIロケット」に着目する。「この先生の下で勉強したい」と軍を除隊し、2015年4月に北海道大学工学院へ入学、宇宙環境システム工学研究室の研究生となった。25歳の時である。
大学院では、ロケットの黒鉛ノズルの設計などについて研究し、博士号取得後はJAXA大学共同利用連携拠点「超小型深宇宙探査機用キックモータ研究開発拠点」の博士研究員として、小型宇宙機用キックモーターの開発に取り組んできた。
そして2020年6月、平井翔大と2人でレタラを起業する。博士課程修了後は同研究室の特任助教だったが、2023年4月からは招聘教員に肩書が変わり、レタラの事業に集中できる立場になった。
北海道滝川市の廃校を研究開発拠点に
ケンプスがIU35に選出された当時のレタラは、ケンプスと平井の2人だけの会社。それからおよそ2年間で、今後のビジネスの基盤となる体制を着々と整えてきた。
資金面では、ベンチャーキャピタルや新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、経済産業省などから総額約4億円の資金を調達。これを活用して人材採用と開発拠点づくりを進めた。
北海道大学発のスタートアップであるレタラのオフィスは、キャンパス近く、産学連携を目的とするコワーキング施設の中にある。現在は開発組織・バックオフィスを確立し、フルタイムのメンバーが約15名、業務委託やインターンを含めて総勢25名以上のチームとなった。2023年12月には北海道滝川市と契約を結び、廃校となっていた旧江部乙中学校の校舎やグラウンドなどを新たな研究開発拠点にすることを決めた。
「もともと“廃校”というキーワードで探していました。Win-Winの関係を築けると思ったからです。パートナー企業の植松電機(赤平市)から車で10分ほどの場所にあることも決め手になりました」。
敷地内に真空設備や振動試験設備を整え、長時間の燃焼試験ができる場所として、今後重要な拠点になる予定だ。
ライドシェアできる100〜300kgの小型衛星が主流に
体制づくりと並行して、研究開発も進めている。2023年はエンジニアリングモデルを開発した。現在は、実際に宇宙へ飛ばすことを前提に軽量化と省消費電力化を施し、小型人工衛星に統合しやすい仕組みを加えたフライトモデルの設計開発を進めている。2024年には、プロトタイプのクオリフィケーション試験を実施し、2025年には最初の製品をユーザーに納品する計画だ。
具体的な納品先は複数想定しているが、そのうちの1つに地球磁気圏X線撮像計画「GEO-X(GEOspace X-ray imager)」がある。東京都立大学の江副祐一郎准教授が担当する研究プロジェクトで、主目的は地球磁気圏の観測だ。
「実はこのプロジェクトには複数の目的があり、小型衛星で深宇宙探査をするためのプラットフォームをつくることを目指しています。その実現に必要な技術が、ライドシェア・ロケットに載せられ、安全に統合できる高推力なエンジン。当社のハイブリッド化学ロケットのエンジンが最もその目的にマッチするものでした」。
「小型」に分類されるのは600kg以下だが、現在開発されている衛星は100〜300kgのものが多く、現状ではレタラもこのクラスを主なターゲットにしている。「100〜300kgの衛星にはそこそこ良い観測装置が搭載でき、扱いやすく打ち上げ機会も多い。スペースXのライドシェアサービスであるトランスポーター(Transporter)にも搭載できるサイズで、主流になりつつあります」。
北海道への感謝の気持ちを抱いて宇宙へ
エンジニアであると同時に経営者でもあるケンプスが、活動する上で大事にしている考え方は3つあるという。
1つ目は「ピープル・ファースト」。「皆で協力しなければできないことをしているからこそ、人を大切にしたい。会社の成長だけではなく、社員の成長やキャリアのことも考えながら経営していきたい」と話す。
2つ目は「考えるよりもまずやる、早くやる」というベンチャー精神だ。「早く失敗して、その失敗を糧にして次を成功するという考えで、スピード感を持って研究開発を進めています」。
そして3つ目は、レタラの企業理念の1つ「To Space with Hokkaido(北海道と宇宙へ)」という思いだ。「当初は『北海道から宇宙へ』というフレーズを考えていましたが、北海道で研究開発し、チームが生まれたことへの感謝を込めて『北海道と』にしました。その思いは、北海道の形をモチーフにした会社のロゴマークにも込められています」。
社名の「レタラ」はアイヌの言葉で「真っ白」という意味。冬の北海道の雪景色のイメージと、スタートアップとしての新しさ、これからどんな色にでもなれる可能性を表しているそうだ。ケンプスは母国米国と北海道の開拓の歴史を重ねながら、「レタラも宇宙を目指す開拓者になりたい」と語った。
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この連載ではInnovators Under 35 Japan選出者の「その後」の活動を紹介します。バックナンバーはこちら。
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- 畑邊 康浩 [Yasuhiro Hatabe]日本版 寄稿者
- フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。