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山本憲二郎:「塗るだけで耐震化」塗料、途上国の地震被害を減らす
撮影:伊東武志
Developer of new coating aims to reduce earthquake damage in developing countries

山本憲二郎:「塗るだけで耐震化」塗料、途上国の地震被害を減らす

途上国の大半を占める「組積造」の建物の耐震化を、塗料を塗るだけで実現する。そんな画期的な塗料を共同開発したのが、山本憲二郎だ。東京大学で研究に取り組む傍ら、スタートアップで商用化を進めている。 by Keiichi Motohashi2024.03.27

2023年2月6日に発生したトルコ・シリア大地震では、5万人を超す人々が亡くなった。1年が経った2024年2月現在もまだ復興の途上であり、多くの人々が困難な暮らしを強いられている。被害が拡大した大きな理由の1つは、煉瓦や石などを単純に積み上げて建てる組積造構造の建物の崩壊にある。

トルコ・シリア大地震に限らず、世界各地で発生する地震による死者の多くは、住宅などの建物の崩壊によるものだ。日本では2024年1月1日の能登半島地震の記憶が生々しいが、世界的に見ると木造住宅の延焼や津波による死者よりも、組積造の崩壊による死者の方がはるかに多く、全体の8割を占めている。20世紀以降で1万人以上の死者を出した地震被害において、組積造構造の被害が主な死因ではないものは、1923年の関東大震災、2004年のインドネシアのスマトラ沖地震、そして2011年の東日本大震災の3つしかない。だが、各国の住宅の多くは、地震に対して極めて脆弱であることが指摘されているにもかかわらず、何の対策もほどこされていない組積造のままだ。

実際に、組積造の建物は、どこでも手に入る材料で簡単に建造できるため、幅広く使われている。問題は、中流層から貧困層にある人々にとって、耐震性の高い住宅に住むことや、住宅を耐震補強することは簡単ではないことだ。その結果、実際に地震が発生したときに、大きな被害を受けることになる。

東京大学生産技術研究所の山本憲二郎は、こうした組積造の建物に対し、大掛かりな工事が不要で、壁に塗るだけで耐震性を向上させる繊維強化塗料を共同開発し、商用化を進めている。

ガラス状の繊維で崩壊を食い止める塗料のイノベーション

いわゆる煉瓦造りの建物といえば、強固で立派な建物を想像するかもしれない。しかし、実際にはしっかりと焼成した均一な形状の煉瓦ではなく、表面に凹凸があり、場合によってはお菓子の雷おこしのような隙間の多いブロックであったり、あるいはブロックそのものがもろく崩れやすかったりすることもある。建物の壁はブロックの凹凸を隠すようにモルタルで被覆した造りになっていることも多い。その上、組積造の建物の多くは構造を支える柱がなく、壁だけで支えられている。

撮影:伊東武志

山本らが開発した塗料は、凹凸を隠すモルタルの一部を置き換えるような形で壁に塗ることで、強い地震でも崩壊しないような構造にするものである。まさに「塗料のイノベーション」と呼べるものだ。

どのような仕組みなのか。山本は、「塗料の耐震性は、二段階の構造になっている」と説明する。

一段階目は、塗料にガラス状の繊維を入れたことによる効果だ。地震によって壁にクラック(ひび)ができても、たくさんの繊維が架橋となってクラックが広がることを防ぐ。しかし、繊維の架橋では限界がある。壁を崩壊させるエネルギーが蓄積されると、一気に崩れてしまう。そこで、二段目の工夫がなされている。ゴムのように弾性を持った塗料によって繊維との摩擦を減らし、崩壊させるエネルギーを吸収する。これにより、クラックで壁が変位しても、崩壊することはなくなる。

この二段階の仕組みで、総合的に耐震性を高めるというのが、山本らが開発した塗料の特徴だ。現在では、模型振動台実験において、兵庫県南部地震における最大レベルの振動に7回耐え、ダメージがないレベルの塗料まで実現している。

試作した塗料を見せてもらうと、はけで掬い取ったときに、繊維が含まれていることがよく分かる。
撮影:伊東武志

説明を聞くと仕組みは分かりやすい。しかし、実際に高い耐震性を持った塗料を実現するためには、さまざまな素材の組み合わせが考えられる。山本らは、複数の樹脂とガラス繊維の組み合わせを、配合する割合を細かく変えながら試験を重ねてきたという。そうした中から、最適な解を見つけ出していく。

この塗料を商用化し、途上国での使用を現実的なものにするためには、ローカルなアベイラビリティ(継続的利用が可能)、アプリカビリティ(適用が可能)、アクセプタビリティ(現地文化に適合する)の3つを備える必要があるという。山本が所属する目黒公郎教授の研究室が提唱している考えだ。そのため、塗るという簡便な方法に加え、最適な素材の選定からその配合割合、コストや使いやすさなどを考えていかなくてはならない。コストと耐震性のバランスをとり、オーバースペックになることを避けることも必要だ。

防災で利益を出す会社が必要

山本が繊維強化塗料の研究をスタートさせたのは、東京大学在学中の4年生のとき。目黒公郎教授(都市震災軽減工学)の研究室に配属されたときだ。当時は、欧州などでFRP(繊維強化プラスチック)を貼り付けることで組積造構造の耐震性を高めるという研究が盛んだった。一方、繊維強化塗料も研究されていたが、繊維がダマになってしまい、使い勝手が悪いという問題があった。その点において、繊維と樹脂をダマにならないように混ぜる技術を開発していたのが、当時建設会社の二代目だった鈴木正臣だ。目黒教授の紹介で山本と鈴木は知り合い、目黒研究室で共同研究を進めていった。

山本と鈴木は実験を重ね、塗料を改良していく。その間、目の当たりにしたのが、2015年に起きたネパール地震の被災地で見た組積造の建物の被害の甚大さだった。この経験を通じて、山本は繊維強化塗料の社会実装を強く考えるようになる。そして山本が博士課程3年のときに、鈴木、および研究室OBのシャンタヌ・メノンらとともに、スタートアップ「Aster(アスター)」を共同創業した。繊維強化塗料を製造し、世界に普及させていくことで、地震による被害の軽減を目指す会社である。

「目黒教授からは『事業がしっかりとまわっていくようにしないといけない』と言われています」と山本は話す。「日本に限らず、防災についてはコストとして見る意識が強く、やりたくないけれどやらなければならないもの、となっている。これを変えたい。そのためには、防災ビジネスで利益を出す会社が存在することが、重要な要素の1つです」。

Asterは現在、フィリピンを中心に事業を進めている。「市場規模からいえば、1位はインド、2位はインドネシアとなります。こうした市場に進出する足掛かりとして、地理的に近いフィリピンから取り組みを始めています」。フィリピンでは近年、M(マグニチュード)6クラス以上の地震が年間に10回程度あるという。

フィリピンのマニラの学校でのパイロット施工の様子。集合写真中央が山本、右隣が共同創業したAsterの鈴木最高経営責任者(CEO)とシャンタヌ最高執行責任者(COO)。
提供写真

当初はハイエンド向けの製品からスタートした。災害があっても操業を継続したいという工場の倉庫などで、組積組の壁を補強する実験を実施し、工場担当者から合格のサインを受けた。その後、現地のゼネコンや古い工場などにも技術提案し、案件は増えつつあるといるという。2022年度末には、地震の損傷を抱えていたマニラにある国立高校・小学校に対して、パイロット施工を実施。その直後にM6.2が発生したが、塗装した教室には損傷がなく、効果が実証された。

とはいえ、塗料を普及させるためには、より低価格で供給できるようにしなくてはいけない。そこで、Asterでは濃縮した塗料を現地に供給し、樹脂で適切な濃度にして販売するモデルを考えている。

一方で山本は、中南米向けに、別の普及戦略も考えている。耐震補強の性能は低いが、一般的な塗料とほぼ同価格で提供できる塗料を販売する計画だ。中南米では、家の外壁をDIYで塗る人が多い。そこで、繊維の配合量が少ない塗料を安価に提供し、使ってもらえれば、何度か塗り重ねるうちに、数年後には十分な耐震性能を得ることになるという目論見だ。

「住民がことさら防災を考えなくても、自然に防災になっている状態が理想。自動車の安全性能が、利用者が特に意識せずともメーカーの努力によって自然と向上してきたように、いずれ住宅でも同じような状況を作り出したいと考えています」。

中南米では、現地の塗料メーカーや小売店と協力して広げていくことを考えている。「ASEANと中南米、どちらのアプローチが普及につながるか。そういった実験でもあります」。

原体験は祖母から聞いた南海大地震

山本が地震防災の道に進んだきっかけの1つは、祖母から聞いた南海地震(昭和南海地震)の体験だったという。1946年に発生したM8.0の大地震は、静岡県から九州までの太平洋側に大きな被害をもたらした。とりわけ高知県には高さ4〜6メートルの津波が押し寄せ、600名を超す死者、4800戸以上の家屋全壊ないし流失という大きな被害を受けた。山本が育った高知県では、地震の爪痕が身近にあり、小学校の総合的学習で震災を学んでいる。修学旅行でも兵庫県に行き、阪神淡路大震災について学ぶのだという。さらに、大学1年生のときに経験した東日本大震災も、山本の背中を押した。

「防災はコストとして見る意識が強く、やりたくないけれどやらなければならないもの、となっている。これを変えたい」

一方、関心が国内の災害にとどまらなかったのは、「母親が英語の教員で、幼少時から海外旅行やホームステイの経験があったから」。こうした背景から、山本は都市震災工学の分野に進むことになる。

研究室では、組積造構造の震災被害を知り、研究テーマとして選んだ。組積造構造の耐震化技術は2000年頃から本格的な研究がされており、蓄積もあった。

繊維と樹脂を組み合わせた繊維強化塗料と出会った山本は今、研究をさらに進め、世界各地の脆弱な組積造構造の被害を軽減して人々の命を守ることを目指している。東京大学生産技術研究所の助教としての任期は2024年3月で終了するが、その後もリサーチフェローとして引き続き研究室で研究を続けていく予定だ。

当面の目標は、Asterのビジネスを成功させること。それはつまり、繊維強化塗料が普及するということでもある。

繊維強化塗料の競合相手について山本に尋ねると、「何もしないことです」という答えが返ってきた。組積造構造の建物で何もしないということは、ひとたび大地震が起きれば、確実に甚大な被害を出してしまうことを意味する。「塗るだけで耐震化」を世界の常識にするための、山本の挑戦は続く。

撮影:伊東武志
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EnergyShift編集マネージャー/環境エネルギージャーナリスト。エネルギー専門誌「エネルギーフォーラム」記者として、電力自由化、原子力、気候変動、再生可能エネルギー、エネルギー政策などを取材。その後フリーランスとして活動した後、現在はEnergy Shift編集マネージャー。著書に「電力・ガス業界の動向とカラクリがよーくわかる本」(秀和システム)など。
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