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進む創薬革命、
「真のAI生成薬」治験へ
Sarah Rogers/MITTR | Getty
生物工学/医療 Insider Online限定
A wave of drugs dreamed up by AI is on its way

進む創薬革命、
「真のAI生成薬」治験へ

人工知能(AI)を活用して新薬開発をスピードアップすることを掲げる企業が急増。そのうちの1社であるインシリコ・メディシンは、致命的な胚の疾患の治療薬において、ヒトを対象とした第2相臨床試験まで初めて進み「真のAI創薬」を実現したと主張している。 by Antonio Regalado2024.03.25

プログラマー兼物理学者のアレックス・ザボロンコフ博士は、10年以上にわたって人工知能(AI)の活用法を追求してきた。2016年には、AIを使って人を見た目でランク付けしたり、猫の写真を選別したりした。

ザボロンコフ博士が創業し、最高経営責任者(CEO)を務めるインシリコ・メディシン(Insilico Medicine)は、死をもたらす肺疾患の治療薬の開発において、ヒトを対象とした臨床試験段階まで初めて進んだ「真にAIで生成した薬」を実現したという。

ザボロンコフCEOによると、同社の新薬候補が特別なのは、AIソフトウェアが、細胞内で相互作用する標的の選択を支援しただけでなく、新薬候補の分子構造の決定も支援したからだという。

AIというと一般的に、絵を描いたり質問に答えたりすることができるものが多い。しかし、AIに悪性疾患の治療法を考え出させる取り組みも増えている。AIチップやサーバーを販売するエヌビディア(Nvidia)のジェンスン・フアン社長が昨年12月に、AIによる「次の驚異的な変革」が起こるのは「デジタル生物学」分野だと主張したのはそのためかもしれない。

「史上最大規模の変革となるでしょう」とフアン社長は語った。「人類史上初めて、生物学は科学ではなく、工学となる機会を得たのです」。

AIに期待されているのは、研究者だけでは考えつかなかったような新しい治療法を、AIソフトウェアが示してくれることだ。チャットボットが期末レポートの概要を示してくれるように、AIは、薬剤の標的やその薬剤のおおまかな設計を提案することで、新しい治療法を発見するための初期段階をスピードアップできるかもしれない。

ザボロンコフCEOは、インシリコの新薬候補の発見段階で両方のアプローチが使われたと言い、その新薬候補の開発の急速な進展(新薬候補の化合物の合成と動物実験の完了までに要した期間は18カ月)は、AIが創薬をスピードアップできることを実証していると述べた。「もちろん、AIのおかげです」。

AI創薬企業の急増

10年ほど前からバイオテクノロジー業界では、AIを活用して新薬開発をスピードアップすることを約束するスタートアップ企業が急増した。リカージョン・ファーマシューティカル(Recursion Pharmaceuticals)や、最近ではグーグル・ディープマインド(Google DeepMind)部門からスピンアウトしたアイソモーフィック・ラボ(Isomorphic Labs)などがそうだ。

ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)によると、AI関連の大げさな宣伝に押され、このような企業は2012年から2022年の間に約180億ドルを調達した。インシリコは株式非公開のままで台湾と中国で事業を展開しており、未公開株式投資会社のウォーバーグ・ピンカス(Warburg Pincus)やフェイスブックの共同創業者エドゥアルド・サベリンなどから4億ドル以上の資金提供を受けている。

しかし、こうした企業が解決しようとしている問題は古くからあるものだ。最近の報告書によると、世界のトップ製薬企業は、1つの新薬を市場投入するまでに、研究開発に60億ドルを費やしていると推定されている。その理由の1つは、ほとんどの新薬候補が失敗に終わっていることである。加えて、新薬開発プロセスには通常、最低10年はかかる。

AIが本当に新薬開発を効率化できるかどうかは、まだはっきりしない。BCGが2022年に実施した別の調査では、「AIネイティブ」のバイオテクノロジー企業(AIが研究の中心であるとする企業)は、新薬のアイデアを「目を見張るほど」次々と打ち出し、開発を進めているという結果が出ている。BCGによると、細胞や動物で試験された化学物質の候補は160種類、さらに15種類がヒト臨床試験の初期段階にあるという。

この数の多さは、コンピューターが生成した医薬品が一般的になる可能性を示唆している。BCGは、「AIを活用した創薬への最大の期待は、スケジュールの加速である」と表明しているにもかかわらず、AIを活用した創薬の開発スピードが従来型創薬のスピードを上回っているか否かは判断できなかった。これまでのところ、承認を達成したAI創薬による新薬は存在しないため、判断材料となる十分なデータがないのだ。

事実として言えるのは、コンピューターが生成した化学物質の中には高額で販売されているものがあるということだ。2022年、ニンバス(Nimbus)という会社が日本の大手製薬会社(日本版注:武田薬品工業)に有望な新薬候補物質を40億ドルで売却した。ニンバスはその化合物の設計にコンピューターを活用するアプローチを使用していた。しかし、厳密にはAIではなかった(同社が使用したソフトウェアは分子がどのように結合するかの物理学をモデル化するものだ)。そして昨年、インシリコは最初にAIによって提案された新薬候補を、同社より規模の大きな企業であるエクセリクシス(Exelixis)に8000万ドルで売却した。

「人々が多額のお金を払う意思があることを示しています」とザボロンコフCEOは主張する。「私たちの仕事は医薬品を大量に生み出すことです」。

24時間年中無休のCEO

どんなスタートアップ企業でもそうであるように、創業者の猛烈な努力がこれまでのインシリコの業績に関係しているのかもしれない。ラトビアとカナダの国籍を持ち、インシリコの共同CEOを務めるザボロンコフは、自称「24時間年中無休」の仕事中毒者で、科学出版物を数多く執筆し、ジャーナリストにプレスリリースを絶えず発表している。

ザボロンコフCEOは時間を見つけてはフォーブス誌でブログ記事を発表している。人間の寿命延長についてコメントすることが多く、それが自分の究極の関心事であると記している。「カーダシアン的な寿命延長」と題された最近の記事では、息子から輸血を受けるなど「公然と個人的な寿命延長の探求」をしている起業家、ブライアン・ジョンソンのメディアでの存在感について検証している。

寿命延長実験のために組織を提供した際に腕に残った傷跡を見せるアレックス・ザボロンコフCEO。
ANTONIO REGALADO/MITTR

ザボロンコフCEOもまた、寿命延長の探求に身を投じている。同CEOはインタビュー中、袖をまくり上げ、幹細胞製造のために自分の組織を提供した際にできた小さな丸い穴のような多数の傷跡を見せた。それから手を動かして自分の腰を指し、そこにも傷跡があることを示した。

「私の人生における唯一の目標は、健康で生産的な寿命延長です。私は結婚もしていないし、子どももいません。ただこの仕事をするだけです」。

ザボロンコフCEOはこれまで、最先端のAI手法を、利用可能になるとすぐに導入してきた実績がある。彼がインシリコを創業したのは2014年で、AIがいわゆる深層学習モデルを使った画像認識で新たなブレークスルーを達成し始めた直後のことだった。この新しいアプローチは、画像の分類やユーチューブ(YouTube)の動画から猫を見つけるようなタスクにおいて、それまでの手法を圧倒した。

ザボロンコフCEOは当初、人の年齢を推測するAIアプリや、人を見た目でランク付けするプログラムで注目を集め、賛否両論を巻き起こした。彼が開発した美人コンテストソフトウェア「ビューティAI(Beauty.AI)」は、肌の黒い人をほとんど選ばなかったことが批判され、初期の誤りがAIバイアスにつながることを証明した。

しかし2016年にはインシリコは、新薬を考案するための「生成」アプローチを提案していた。生成アプローチとは、グーグルのGemini(ジェミニ)アプリのように、訓練させた例に基づいて、描画や回答、歌のような新しいデータを作り出す手法である。 ザボロンコフCEOによると、インシリコのソフトウェア「ケミストリー(Chemistry)42」は、タンパク質などの生物学的標的を与えると、約72時間でそれと相互作用する可能性のある化学物質を提案できる。このソフトウェアも販売もされており、複数の大手製薬会社で使用されているという。

生成アプローチを使った創薬

インシリコは2024年3月8日、特発性肺線維症という肺疾患の治療薬候補についてまとめた論文をネイチャー・バイオテクノロジー誌に発表した。この論文では、AIソフトウェアがどのように可能性のある標的(「TNIK」と呼ばれるタンパク質)と、それを阻害する可能性のある複数の化学物質を提案したかが詳述されている。そのうちの1つは細胞、動物、そして最終的にはヒトでの初期安全性試験が実施された。

この論文は、AIを使った新薬候補の開発方法を包括的に示したものだと評価する向きもある。ミシガン大学で医薬品化学を研究するティモシー・サーナク助教授は、「何から何まで、本当にあらゆることができます」と専門情報サイト『フィアス・バイオテック(Fierce Biotech)』に語った。

その後、この治療薬候補は中国と米国で第2相試験に進んでいる。特発性肺線維症は依然としてその原因は謎に包まれ、数年後に死に至る病だが、その患者に実際に効果があるかどうかの初期エビデンス(科学的根拠)を探し出すことになる。

ザボロンコフCEOは、この化学物質が真のAI創薬で第2相試験まで進んだ最初の医薬品であり、生成AIがもたらした最初の医薬品だと主張している。だが、AIの定義が曖昧であるため、この主張を確認することは不可能である。この夏、CNBCの司会者であるジョー・カーネンは、過去に多くの企業がコンピューターを使って薬剤設計を合理化しようとしたことを指摘した。「どこで臨界点を超えたのかわかりません」とカーネンは語った。「私たちは何年前からコンピューターを使っているのでしょうか? それをAIと呼ぶようになったのはいつのことでしょうか?」

たとえば、ワシントン大学の研究者であるデイビッド・ベイカー非常勤教授によると、同大学で最初に開発され、韓国で承認された新型コロナウイルス感染症ワクチン「スカイコビワン(SKYCovione)」は、コンピューターによって「ゼロから」設計されたナノ粒子に組み込まれているという。

リカージョン・ファーマシューティカルのクリス・ギブソンCEOもまた、ザボロンコフCEOの主張に反論している。そして、第2相試験に進んだ数多くの薬剤開発にAIが使われており、その中に含まれるリカージョンによる5件の開発では、AIを使用して薬剤に対する細胞の反応を示す画像を分類していた、と明らかにした。ギブソンCEOはX(旧ツイッター)で、「これは、AIの利用をどのように分類するかにもよるが、ここ数年で『初』と主張した多くのプログラムのうちの1つです」とし、「AIは創薬の多くの側面で利用できます」との考えを示した。

AIに懐疑的な人の中には、新薬候補の考案が真のボトルネックではないと言う人もいる。というのも、最もコストのかかる失敗は、しばしばその後の試験で、患者に薬を試したときに効果が示されなかった場合に起こるからだ。そして今のところ、AI創薬でそのような失敗が起こらない保証はない。昨年、英国に本社を置くバイオテクノロジー企業ベネボレントAI(BenevolentAI)は、新薬の主力候補が皮膚疾患の患者に効果がなかったため、従業員の半分にあたる180人を解雇し、事業を縮小した。同社は、「信頼性の高い標的」を予測して「臨床試験成功の確率の向上」を実現する「AIを活用した創薬エンジン」を売りにしていた。

現在、ザボロンコフCEOは、AIが開発した新薬の、ヒトを対象とした有効性試験を実施中だ。だが、その薬がコンピューターで生成されたものかどうかにかかわらず、残りの工程をスピードアップすることはできないであろうことには同意する。「テスラ(Tesla)の自動車のようなものです。止まってる状態から時速100キロメートルまで加速するのは非常に早いのですが、その後は道路状況に応じた速度で進むことになります」と同CEOは説明する。「そして、失敗する可能性もあります」。

ザボロンコフCEOの夢は、この新薬開発計画が進展を続け、肺疾患患者に役立つことを実証することであり、場合によっては老化の害に対する解毒剤にもなりうることを実証することだ。「それを実現した人はヒーローです。私はAIで名を残したいとは思っていません。新薬開発計画で名を残したいのです」。

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アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。
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