「撤回」に揺れる物理学界、
信頼回復への道筋は?
量子コンピューティングや室温超伝導のブレークスルーとされる論文の撤回が相次ぎ、物理学界が揺れている。研究者とネイチャー誌などの雑誌編集者が集まり、再現性確保のための対応策を議論した。 by Sophia Chen2024.05.29
大々的に報じられた最近のスキャンダルで、物理学界は自らの評判、そして将来を気に病んでいる。権威ある雑誌に掲載された量子コンピューティングと超伝導の分野の研究で、大きなブレークスルーがあったとする主張が、この5年間にいくつか崩れ去った。大成功のはずのそれらの研究結果を、他の研究者が再現できなかったためだ。
先日、50人ほどの物理学者、科学雑誌の編集者、米国立科学財団(NSF)の代表者がピッツバーグ大学に集まって今後の最善の道筋を協議した。「正直言って、少し長く放置しすぎました」。会議主催者の1人であるピッツバーグ大学の物理学者、セルゲイ・フロロフ教授は言う。
参加者は著名な2つの研究チームの論文撤回を受けて集まった。ロチェスター大学の物理学者ランガ・ディアス助教授が率いる一方のチームは、2023年にネイチャー誌に掲載された論文で世界初の室温超伝導を達成したと主張した。別の研究者がこの研究を検証した後、所属大学が実施した調査でディアス助教授がデータを捏造・改ざんしていたことが判明。2023年11月にネイチャー誌はこの論文を撤回した。昨年、フィジカル・レビュー・レターズ誌は、硫化マンガンの異例の性質に関する、ディアス助教授が共著者の2021年の掲載論文を撤回した。
もう一方の著名な研究チームは、マイクロソフト所属の量子コンピューター開発に取り組む研究者で構成されていた。2021年、ネイチャー誌は、マヨラナ粒子と呼ばれるある電子パターンの生成に成功したとする同チームの2018年の論文を撤回した。マヨラナ粒子は量子コンピューティングのブレークスルーとして長らく探求されてきたものだ。独立した立場から実施されたこの研究への調査で、研究者が都合の良いデータだけを採用していたことが判明し、研究結果は無効となった。それほど報じられなかったが、マヨラナ粒子を追い求めていた別の研究チームも、同粒子の間接的な証拠をつかんだとする2017年の論文をサイエンス誌が2022年に撤回し、同様の運命をたどった。
現在の科学では、科学者は研究をして、その結果を科学雑誌(ジャーナル)の編集者に提出する。編集者は匿名の査読者を割り当てて論文を評価し、査読に合格すると、その研究は公認の科学記録の一部となる。研究者が不良な研究結果を発表した場合に、研究の掲載を承認した査読者、掲載した雑誌編集者、研究者本人のいずれが責任を負うべきかは明確でない。「現時点では、誰もが責任を押し付け合っている印象です」。ピッツバーグの会議に参加したカーネギーメロン大学の材料科学者、レイチェル・カーチン助教授は語る。
「物性物理学(物質のさまざまな状態とそれが特定の性質を示す理由についての研究を包括する分野)の再現性に関する国際会議」と銘打たれた3日間にわたる会議の大半は、実験とその分析を繰り返したときに同じ結果が得られなければならないという科学の基本原則に的を絞ったものだった。「研究を納税者が金銭を支払って購入する製品と考えると、再現性は品質保証部門に当たります」と、フロロフ教授はMITテクノロジーレビューに語った。再現性によって科学者に研究の点検が可能になる。再現性がなければ、信頼できない先行結果に基づく無益なプロジェクトに研究者が時間と資金を浪費しかねないという。
同会議では、プレゼンテーションとパネルディスカッションのほかに、ワークショップで参加者がグループに分かれ、科学の再現性を優先させるために研究者、 …
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