「訓練データはタダではない」音楽業界が問う生成AIの根本的問題
強力な生成AIモデルを訓練するには膨大な量の訓練データを必要とする。音楽生成AIスタートアップ2社に対して大手レコード会社が今回起こした訴訟は、これまでで最大のメッセージを伝えている。それは「高品質な訓練データは無料ではない」ということだ。 by Melissa Heikkilä2024.07.15
- この記事の3つのポイント
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- 生成AIブームを支える訓練データの大規模化に、データ所有者らが反発
- 大手レコード会社がAI音楽企業を訴えた訴訟が、AIの未来を左右する可能性
- AI企業は高額な費用を支払うか、効率的なモデル構築を迫られている
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
生成AIブームは規模に支えられている。訓練データが多ければ多いほど、モデルはより強力になる。
しかし、問題がある。人工知能(AI)企業が訓練データ取得のためにインターネットを荒らすことから、多くのWebサイトやデータセットの所有者は、自社のWebサイトをスクレイピングする機能を制限し始めている。また、オンラインデータを無差別にスクレイピングするAI業界の慣行に対する反発も見られる。このような反発は、ユーザーが自分のデータが訓練に使用されることを拒否したり、アーティストや作家、ニューヨーク・タイムズ紙が、同意や補償なしに知的財産を盗用したとしてAI企業を相手取って訴訟を起こしたりするといった形で表れている。
6月24日には、ソニーミュージック、ワーナーミュージック・グループ、ユニバーサルミュージック・グループの大手レコード会社3社が、著作権侵害の疑いでAI音楽企業のスーノ(Suno)とユーディオ(Udio)を訴えると発表した。音楽会社側は、スーノとユーディオが「ほとんど想像を絶する規模で」著作権で保護された楽曲を訓練データに使用し、AIモデルが「本物の人間が作成する音源の質を模倣した」楽曲生成を可能にしたと主張している。 本誌のジェームス・オドネル記者は、これらの訴訟を分析し、「これらの訴訟結果がAI音楽の未来を決定する可能性がある」と指摘する記事を公開した。
しかし今この瞬間は、生成AI開発業界全体にとっても興味深い前例となるだろう。つまり、高品質なデータ不足と、より大規模で優れたモデルを求める大きなプレッシャーおよび需要のおかげで、データ所有者が実際に影響力を手にしようとしている貴重な瞬間だ。音楽業界の訴訟は、これまでで最大のメッセージを伝えるものだ。それは「高品質な訓練データは無料ではない」ということだ。
著作権法、公正な使用、AI訓練データの法的明確化までには、少なくとも数年かかるだろう。しかし、これらの訴訟はすでに変化をもたらしている。オープンAI(OpenAI)は、ポリティコ(Politico)、アトランティック(Atlantic)、タイム、ファイナンシャル・タイムズなどのニュース出版社と契約を結び、出版社のニュースアーカイブを金銭や引用と交換している。ユーチューブ(YouTube)も6月下旬、訓練用の音楽データと引き換えに、大手レコード会社とライセンス契約を結ぶと発表した。
これらの変化には、良い面と悪い面が混在している。一つに、ニュース出版社がAIとファウスト的な取引をしているのではないかという懸念がある。たとえば、オープンAIと契約したメディア企業の大半は、オープンAIの情報源の引用に関して規定を設けたという。しかし、言語モデルは基本的に事実に基づくことはできず、ねつ造を得意とする。「チャットGPT(ChatGPT)」やAIを利用する検索エンジン「パープレキシティ(Perplexity)」は引用においてハルシネーション(幻覚)を頻繁に起こすことが報告されており、オープンAIが約束を守るのは困難だ。
AI企業にとっても、これは難しい問題だ。このような状況変化は、はるかに汚染の少ない、より小規模で効率的なモデル構築につながる可能性がある。あるいは、次の大規模モデル開発に必要なデータ量にアクセスするため、高額な費用を支払うことになるかもしれない。そのような費用を支払う余裕があるのは、最も潤沢な資金や独自の大規模既存データセットを有する企業(たとえば20年分のソーシャルメディアデータを所有するメタなど)だけだ。そのため、最新の動きにより、最大手だけに権力が集中するというリスクを伴う。
その一方で、プロセスに同意を導入するというアイデアは、AIブームから利益を得られる権利者だけでなく、我々全員にとっても良い結果をもたらすものだ。我々全員が自分のデータ使用方法を決定する権限を持つべきであり、より公平なデータ経済とは、我々全員が恩恵を受けられるようになることを意味するからだ。
AIビデオゲームが人間の心の謎の解明に役立つ方法
神経科学者や心理学者はずっと以前から、人間の心について学ぶための研究ツールとしてゲームを利用してきた。ビデオゲームは、たとえば人々がどのように学習したり、あちこち動き回ったり、他人と協力したりするかを研究するために取り入れられたり、特別に設計されたりしてきた。本誌のジェシカ・ヘンゼロー記者は、「AIビデオゲームは、キャラクターが台本を必要とせず、見ていない時もプレイしているように見えるため、脳と行動に関する長年の謎をより深く研究し、解明できる可能性がある」と指摘している。
この種の問題を研究してきた科学者たちは、プレイヤーがこれらのゲームでどのように行動したか、つまり、どのようにバーチャル環境を探索し、報酬を求め、決断を下したかを観察・研究できた。それに、研究ボランティアは研究室に出向く必要はない。彼らが自宅や図書館、あるいは磁気共鳴画像(MRI)スキャナー内など、どこでプレイしていても、研究者はゲーム行動を観察できるからだ。 詳しくはこちら。
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- MITテクノロジーレビューの上級記者として、人工知能とそれがどのように社会を変えていくかを取材している。MITテクノロジーレビュー入社以前は『ポリティコ(POLITICO)』でAI政策や政治関連の記事を執筆していた。英エコノミスト誌での勤務、ニュースキャスターとしての経験も持つ。2020年にフォーブス誌の「30 Under 30」(欧州メディア部門)に選出された。