揺れる米国、「中絶の権利」 トランプ再選で再び視界不良に
米大統領線とあわせて、中絶の権利を巡る住民投票が全米10州で実施され、7州で権利の保護・拡大が支持された。各州で続く中絶禁止の動きに歯止めがかかるかと思われたが、トランプ政権の誕生で今後の展開は不透明だ。 by Jessica Hamzelou2024.11.27
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
11月5日、米国民はある重大な選挙に票を投じた。投票は、次の大統領を選ぶ選挙だけではなかった。中絶の権利をめぐる住民投票が全米の10州で実施されたのだ。
米国連邦最高裁判所は2年前、ある判決を覆した。ロー対ウェイド事件判決と呼ばれる、中絶の権利を保護する法的決定だ。それ以来、中絶禁止令が複数の州で制定され、何百万人もの人々が地元の診療所で中絶をすることができなくなった。
いくつかの州では現在、中絶の権利を保護あるいは拡大することを求める住民投票が実施されている。11月5日の住民投票では、10州のうち7つの州において、中絶の権利の拡大を支持する結果となった。長い間、中絶の権利が制限されてきたミズーリ州では、有権者たちが禁止令を覆す決定に多数票を投じた。
リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)支持者にとって良いニュースばかりではない。3つの州では中絶の権利は認められない結果となった。加えて、来年1月に復職する予定のドナルド・トランプ次期大統領の影響についても疑問が残る。
ロー対ウェイド事件判決は、1973年に米国で中絶の権利を憲法に明記することになった法的決定である。一般に妊娠24週前後とされる、胎児が母体外で生存可能な状態に到達するまでの中絶の権利を保障した判決だ。この判決は2022年夏、米国連邦最高裁判所によって覆された。
この決定から100日以内に、13の州が受胎の瞬間からの中絶を全面的に禁止する法律を制定した。これらの州の診療所では、中絶手術を実施することができなくなった。他の州でも中絶が制限された。ガットマッハー研究所の調査によれば、この100日間で、15の州にまたがる79の診療所のうち66の診療所において中絶手術の実施が中止され、26の診療所が完全に閉鎖された。
決定に対する政治的反発は激しいものだった。11月5日に実施されたリゾナ州、コロラド州、フロリダ州、メリーランド州、ミズーリ州、モンタナ州、ネブラスカ州、ネバダ州、ニューヨーク州、サウスダコタ州の10州での住民投票では、うち7州で中絶の権利拡大を支持する結果となった。
これらの投票の影響は州によって異なる。たとえば、メリーランド州では中絶はすでに合法だった。しかし、この新たな措置によって、今後立法者がリプロダクティブ・ライツを制限することは難しくなるはずだ。アリゾナ州では、2022年から妊娠15週以降の中絶が禁止されていた。同州の有権者は、胎児が母体外で生存可能な状態に到達するまでは中絶の権利を保証するという州の憲法の修正案を承認した。
ミズーリ州は、ロー対ウェイド事件判決が覆されたことを受け、中絶禁止を制定した最初の州だ。同州の現行の胎児の生命に対する権利法(Right to Life of the Unborn Child Act)は、医療上の緊急性がない限り、医師が中絶手術を実施することを禁じている。レイプや近親相姦に対する例外はない。今回の住民投票で、ミズーリ州ではこの禁止令が覆され、胎児が母体外で生存可能な状態に到達するまでは中絶の権利が認められることになる。
すべての州がリプロダクティブ・ライツを支持したわけではない。ネブラスカ州、サウスダコタ州、フロリダ州では、中絶の権利を拡大する修正案は十分な支持を得ることができなかった。たとえば、妊娠6週以降の中絶が禁止されているフロリダ州では、胎児が母体外で生存可能な状態に到達するまでは中絶を認める修正案が57%の賛成票を得たが、可決に必要な60%にはわずかに届かなかった。
リプロダクティブ・ライツがトランプ次期大統領の任期中にどうなるかを予測するのは難しい。トランプ次期大統領自身がこの問題に関して一貫性がないのだ。第一次トランプ政権では、ロー対ウェイド事件判決を覆すのに貢献した連邦最高裁のメンバーを任命したが、直近の選挙戦では、リプロダクティブ・ライツに関する決定は各州に委ねられるべきだと述べている。
トランプ次期大統領自身はフロリダ州の住民であるが、同州の投票で自身がどのような票を投じたかについてはコメントを拒否している。AP通信によると、トランプ次期大統領は質問した記者に対して「そんな議論はやめればいい」と答えたという。
国の決定は、中絶の権利にとどまらず、リプロダクティブ・ライツ全体に影響を与える可能性がある。アラバマ州を見ればわかるだろう。2月、アラバマ州最高裁判所は、凍結胚は州法上、子どもとみなすことができるとの判決を下した。胚は体外受精(IVF)治療の過程で日常的に凍結保存されており、この判決は州内のIVFの利用を大幅に制限する可能性が高いと考えられていた(3月、IVF処置の際に胚を傷つけたり破壊したりした場合に診療所が法的処罰を受けないよう保護する別の法律をアラバマ州は可決した。ただし、胚の捉え方については変わっていない)。
不妊治療が今年の選挙戦で話題になった。10月、トランプ次期大統領は自らを 「IVFの父」と呼ぶ奇妙な表現をした。この称号は通常、1970年代にこのテクノロジーを開発し、2010年のノーベル生理学・医学賞を受賞した英国の研究者、ロバート・エドワーズを指す。
今後数カ月、数年の間に米国のリプロダクティブ・ライツに何が待ち受けているにせよ、これまで私たちが目にしてきたことは、それが一筋縄ではいかなそうだということを示している。
MITテクノロジーレビューの関連記事
本誌のリアノン・ウィリアムズ記者のリポート。ロー対ウェイド判決が覆された直後の様子を記録している。
アラバマ州最高裁の胚に関する判決は、「人工子宮」として設計されたテクノロジーの開発にも影響を与える可能性がある。本誌のアントニオ・レガラード編集者は当時、こう説明している。
私たちが子どもを授かる方法を変えようとしているテクノロジーもある。4人の両親を持つ子ども、あるいはまったく両親のいない子どもの誕生につながる可能性があるものもあり、親になることに対する私たちの認識を一変させるかもしれない。
幹細胞を使って胚のような構造を作る試みについてもこれまでの記事で紹介している。この構造物は胚のように見えるが、卵子や精子を使わずに作られる。これをより本物に近づけるための「熾烈な競争」が進行中だ。しかし、科学的にも倫理的にも、どこまでできるのか、そしてどこまですべきなのかという疑問が残る。
本誌は、米国の選挙結果が気候政策にとって何を意味するのかを探っている。気候変動担当のジェームス・テンプル編集者は、トランプ次期大統領の勝利は「気候変動に関して呆然とするほどの後退」だと書いている。また、本誌のケーシー・クラウンハート上級記者は、バイデン政権が実施した気候変動資金を大幅に増加させた3つの法律を含む取り組みが白紙に戻る可能性があると説明している。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。