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1日あたり乳幼児1400人にHIV感染リスク、米対外援助停止で
Ezra Acayan/Getty Images
HIV could infect 1,400 infants every day due to disruptions in aid from the US

1日あたり乳幼児1400人にHIV感染リスク、米対外援助停止で

ドナルド・トランプ大統領が就任早々打ち出した、対外支援の一時停止の影響が大きく広がっている。米国エイズ研究財団の調査によると、26カ国以上の支援団体の36%が活動を終了。数十万人がHIV治療を受けられなくなり、生命の危機に瀕している。 by Jessica Hamzelou2025.03.21

この記事の3つのポイント
  1. 米国の対外援助削減により多くの低所得国のHIVプログラムが打撃を受けている
  2. 影響は女性や少女に広がり、子宮頸がん検査などのサービスが受けられない状況
  3. 援助削減により毎日約1400人の乳幼児が新たにHIVに感染している可能性がある
summarized by Claude 3

米国の新政権がエイズ関連団体への資金援助を削減した結果、毎日約1400人の乳幼児がHIVに感染している可能性が、新たなモデルで明らかになった。

ドナルド・トランプ大統領は、1月20日に署名した大統領令で、国際保健(グローバル・ヘルス)プログラムへの新たな対外援助を一時停止し、その4日後にはマルコ・ルビオ米国務長官が既存の対外援助を停止する命令を出した。調査によると、これらの援助打ち切りにより、HIV関連の欠かせないサービスを提供する世界的団体の3分の1以上が、発表から数日以内に閉鎖に追い込まれた。

その結果、何十万人もの人々がHIV治療を受けられなくなっている。さらに、女性や少女は、子宮頸がん検査やジェンダーを理由とした暴力に対抗するサービスを受けられなくなっている。ルビオ国務長官がその後発表した、人命に関わるサービスを再開させるための免除措置は、ほとんど効果を上げていない。

「危機的状況にあります」。3月17日にニューヨークのコロンビア大学で開催されたデータ共有イベントで、米国エイズ研究財団(amfAR:American Foundation of AIDS Research)のジェニファー・シャーウッド研究・公共政策担当部長は語った。「すでに充当され、現場や人々の銀行口座に存在していた資金さえも凍結されました」。

ルビオ国務長官は1月28日、「命を救う」人道支援に対する援助停止の免除を承認した。「この援助再開は一時的なものであり、救命目的の人道支援プログラムを継続するために必要な限定的な例外を除き、新たな契約を結ぶことは認めない」とルビオ国務長官は当時の声明で述べている。

世界のエイズ対策に毎年数百万ドルを投じている米国大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR:President’s Emergency Plan for AIDS Relief)も2月1日に、「命を救う」活動を継続するための免除措置の対象となった。

この免除措置にもかかわらず、PEPFARを統括する組織である米国国際開発庁(USAID:US Agency for International Development)による資金援助に依存していた多くの低所得国の保健プログラムに対する壊滅的な影響が報告されている。全体的な影響を把握するため、amfARは、26カ国以上でPEPFARの資金援助に依存している150以上の団体を対象に2つの調査を実施した。

その結果、「HIVサービスへの深刻な影響が明らかになりました」とシャーウッド部長は話す。「回答者の約90%が、(削減によって)HIVサービスを提供する能力が大幅に制限されたと答えました」。具体的には、患者の経過を観察するためのフォローアップ・サービスの94%が中止または中断された。また、HIVの検査、治療、予防のためのサービスも同様に深刻な打撃を受け、ジェンダーを理由とする暴力に対するサービスの92%が中止または中断された。

シャーウッド部長によると、この援助削減は、各団体を「深刻な財政危機」に陥れたという。回答者の3分の2近くが、1月末までにコミュニティの人員が解雇されたと答えた。調査チームがこれらの団体に、米国の資金援助なしでいつまで活動を続けられるか尋ねたところ、36%がすでに活動を終了したと答えた。「1カ月以上活動を続けられると答えたのは、わずか14%でした。そして、このデータは1カ月以上前に収集したものです」。

各団体は、サービスを受けている何万人もの人々が1カ月以内にHIVの治療を受けられなくなるだろうと述べた。一部の団体では、その数は10万人を超えていたとシャーウッド部長は指摘する。

問題の一部は、これらの団体がすでに「物資不足」に陥っているときに、業務停止命令が出たことだとシャーウッド部長は言う。通常、各センターは患者一人に6カ月分の抗レトロウイルス薬を処方する可能性がある。業務停止命令が出る前は、多くの団体が1カ月分しか薬を処方していなかった。「ほとんどすべての患者が、この90日間の対外援助の凍結期間中に、再び薬を受け取りに来ることになっています。これによってパニックが生じていることは明らかです」。

「命を救う」治療に対する免除措置は、この状況の改善にあまり役に立たなかった。この免除措置によって資金を得た団体は全体のわずか5%にすぎず、大多数の団体は対象外であると告げられたか、サービスを再開できることを知らされていなかった。「この免除措置は、一部のサービスを再開させるための重要な手段の一つかもしれませんが、全体として見れば、米国のHIVプログラムを救うことはできません」とシャーウッド部長は話す。「この免除措置は非常に限定的なものであり、現場に広く伝わっていません」。

米国の対外援助削減の影響を追っているのはAmfARだけではない。コロンビア大学メイルマン公衆衛生大学院の助教授で、人口と家庭保健学を専門としているサラ・ケイシーは、同じイベントで、米国の援助に依存している団体で働く101人を対象にした調査の結果を発表した。その中で、人道的対応、ジェンダーを理由とした暴力、精神的健康(メンタルヘルス)、感染症、必須医薬品やワクチンなどのサービスが中断していたと報告した。「これらの多くは『命を救う』活動として免除の対象となるべきでした」とケイシー助教授は言う。

ケイシー助教授らは、コロンビア、ケニア、ネパールの3カ国でも聞き取り調査をしている。これらの国々では、生殖年齢にある女性、新生児や子ども、HIV感染者、LGBTQI+コミュニティのメンバー、移民などが援助削減の影響を最も受けており、主に女性から成る医療従事者が生計を失っているとケイシー助教授は説明する。

「世界で最も弱い立場にある人々には、実に不均衡なな影響が及ぶでしょう」(シャーウッド部長)。世界保健機関(WHO)によると、医療従事者の67%が女性だという。また、PEPFARのクライアントの63%を女性が占めている。PEPFARは、ジェンダー平等とジェンダーを理由とした暴力に対するサービスを支援してきた。「特に、人々を治療し続け、生かし続けることに関する優先事項が競合する中で、他の国や他の支援者がこの種のプログラムを支援できるかどうか、また支援するかどうかはわかりません」とシャーウッド部長は話す。

シャーウッド部長らamfARのメンバーは、PEPFARへの援助削減が女性と少女に与える潜在的な影響について、昨年のデータを用いてモデル化し、推定した。「業務停止命令が有効になっていると、1日当たり1400人の乳幼児が新たにHIVに感染していると推定されます」(シャーウッド部長)。また、毎日7000人以上の女性が子宮頸がん検査を受けられなくなっているという。

援助削減はメンタルヘルス・サービスにも重大な影響を及ぼしていると指摘するのは、グローバル・メンタルヘルス・アクション・ネットワーク(Global Mental Health Action Network)の諮問委員会のメンバーを務めるファラ・アラベだ。アラベは、米国の援助を受けている29カ国のメンタルヘルス団体を対象に現在進行中の調査の予備的結果を示した。「残念ながら、非常に厳しい状況が明らかになっています」とアラベは言う。「2024年にサービスを受けていた人のうち、2025年もサービスを受けられるのはたった5%です」。

この状況は子どもや青少年にとっても同じである。「子どもたちは脳の発達過程にあるため、これは特に憂慮すべき状況です」とアラベは言う。「このような人生の早い段階における影響は、学業成績、経済的生産性、精神的・身体的健康、さらには次の世代を育てる能力にまで、生涯にわたる影響を及ぼします」。

今のところ、非営利団体や援助・研究団体は、援助削減の影響を理解し、その影響を抑えようと奔走している。米国とは無関係の新たな資金源を見つけようと考えている団体もある。

「疾病の根絶、貧困の削減、ジェンダー平等における進歩が逆行する危機に瀕していることを深く憂慮しています」。このイベントの議長を務めたコロンビア大学メイルマン公衆衛生大学院のトアイ・ゴー教授は話した。「急いで行動を起こさなければ、予防可能な死亡が増加し、貧困に陥る人が増え、いつものように女性と少女が最も大きな負担を強いられることになるでしょう」。

3月10日、ルビオ国務長官は国務省によるUSAIDのプログラムの見直し結果を発表した。ルビオ国務長官は、「6週間にわたる見直しの結果、USAIDのプログラムのうち83%を正式に打ち切る」とソーシャルメディアのXに投稿した

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ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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