人型ロボット、熱狂と現実にギャップ 繰り返される誇大広告
人型ロボットの誇大な宣伝に投資家が熱狂する一方で、ロボット工学者はその普及に懐疑的な姿勢を崩していない。 by James O'Donnell2025.05.09
- この記事の3つのポイント
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- 人型ロボットへの熱狂と現実のギャップが表面化している
- 現状は知的判断や物理的限界などの課題が多く残る
- 人型ロボットの大量採用には長い時間がかかる可能性が高い
5月1日、私はボストンで開催されたロボット工学博覧会の満員の会場で、人工知能(AI)を搭載したロボットの世界的第一人者の1人であるダニエラ・ルス(MITコンピューター科学・人工知能研究所=CSAIL所長)の講演を聴いた。ルス所長は講演の一部で、大量の人型ロボット(ヒューマノイド)がすでに世界中の製造業の現場や倉庫で役に立っているというイメージを打ち砕いた。
これは意外な事実かもしれない。何年も前から、AIによってロボットの訓練がスピードアップし、投資家たちはその事実に熱狂的な反応を示してきた。家庭と産業の両方で使える汎用人型ロボットの構築を目指すスタートアップ企業のフィギュアAI(Figure AI)は、15億ドルの資金調達ラウンドを視野に入れており(フィギュアAIの詳細はすぐ後で触れる)、アマゾンや自動車メーカー各社では人型ロボットを使った商業レベルの実験が実施されている。バンク・オブ・アメリカは、人型ロボットのより幅広い採用がすぐ間近に迫っており、2050年までに10億台が活躍するようになると予測している。
しかし、ルス所長をはじめ、私がこの博覧会で話をした他の多くの人たちは、この大げさな宣伝はつじつまが合わないことを指摘する。
人型ロボットは「ほとんど知的ではありません」と、ルス所長は話した。ルスは、自分自身が高度な人型ロボットと会話をしているビデオを聴衆に見せた。その人型ロボットは彼女の指示にスムーズに従い、じょうろを拾い上げて近くの植物に水やりをした。それは印象的な光景だった。しかし、ルス所長が自分の友人に「水をあげる」ように頼むと、このロボットは人間が植物のように水やりを必要としないことを考慮せず、その友人に水を浴びせようとした。「これらのロボットには常識的判断が欠けています」。
私は、アジリティ・ロボティクス(Agility Robotics)のプラス・ヴェラガプディCTO(最高技術責任者)とも話をした。ヴェラガプディCTOも、同社が克服しなければならない物理的な限界について詳しく語った。人型ロボットを強力なものにするためには、大量の電力と大きなバッテリーが必要である。強くすればするほど、そして重くすればするほど、充電なしで稼働できる時間が短くなり、安全性により気を配らなければならなくなる。このようなロボットは製造するのも複雑だ。
いくつかの印象的な人型ロボットのデモは、これらの核心的な制約を克服しているというよりも、他の印象的な機能を見せているにすぎない。たとえば、機敏に動くロボットハンドや、大規模言語モデルを介して人々と会話する能力などである。しかし、それらの能力は、人型ロボットが引き継ぐはずの仕事に必ずしもうまく移転されていない。たとえば、ロボットに口頭で指示するよりも、多くの詳細な指示をプログラミングしてロボットに従わせる方がより役に立つ。
ただし、大量の人型ロボットが私たちの職場に加わることが、今後もずっとないだろうという意味ではない。そうではなく、このテクノロジーの採用には長い時間がかかり、業界特有のゆっくりとしたものになる可能性が高いということだ。それは、私が以前に書いたことと関連がある。この話は、AIをユートピア的あるいはディストピア的なものというよりも「普通の」テクノロジーと見なしている人々にとっては、すべて納得がいくことなのだ。研究室の隔絶された環境で成功するテクノロジーと、商業的に大規模に採用されるテクノロジーは、まったく様子が異なるものになるだろう。
こうしたことによって、先日、ロボット工学界最大の有力企業の1つに起こった状況が説明できる。フィギュアAIは、自社の人型ロボットのために莫大な額の投資を集めてきた。創業者のブレット・アドコックCEO(最高経営責任者)は3月にXで、フィギュアAIは「セカンダリー市場で最も引っ張りだこの未公開株」であると主張している。最もよく知られているフィギュアAIの実績は、BMWとの協業である。アドコックCEOは、フィギュアAIのロボットがBMW向けに部品を移動させて働いているロボットの動画を公開し、両社のパートナーシップは立ち上げにわずか12カ月しかかからなかったと述べた。アドコックCEOとフィギュアAIはメディアの取材に応じず、一般的なロボット見本市に出展することもしていない。
4月にフォーチュン(Fortune)誌は、BMWの広報担当者のコメントを引用した記事を掲載し、両社の提携はフィギュアAIの主張よりも小規模で、ごく少数のロボットの稼働にとどまっていることを報じた。4月25日にアドコックCEOは、リンクトインで、「この雑誌のあからさまな虚偽記載を訂正するため、当社の訴訟弁護士が名誉毀損請求、およびそれ以外に利用可能なあらゆる法的手段を積極的に追求する」と投稿した。私はフォーチュンの記事の執筆者にコメントを求めたが、回答は得られなかった。また、この記事のどの部分が不正確なのか、アドコックCEOとフィギュアAIの代理人に見解を求めたが、回答は得られなかった。代理人はアドコックCEOの声明文を示したが、そこでも詳細は説明されていない。
フィギュアAIの具体的な主張はさておき、この対立は、私たちが今いるテクノロジーの節目の時期をよく表していると思う。エヌビディア(Nvidia)のジェンセン・フアンCEOが述べた「肉体的なAI」が未来であるといったメッセージによって活気づいた熱狂的なベンチャーキャピタル市場は、人型ロボットがロボット工学分野にこれまで見たことのない最大の市場を生み出し、いつの日か本質的にほとんどの肉体労働をこなせるようになることに賭けている。
しかし、それを実現するには、数え切れないほどのハードルを越えなければならない。まだ存在すらしていない人型ロボットと一緒に働く人間のために、安全規制が必要になるだろう。自動車産業など、1つの産業でそのようなロボットの導入に成功しても、それが他の産業での成功にはつながらないかもしれない。実現までの過程で、AIが多くの問題を解決してくれることに期待する必要があるだろう。それらのことにはすべて、ロボット工学者たちが懐疑的になるだけの理由があるのだ。
私の経験上、ロボット工学者には忍耐強い人が多いと感じている。最初のルンバは構想から10年以上を経て発売されたし、ロボットアームは誕生から100万台目が生産されるまでに50年以上かかった。一方、ベンチャーキャピタリストは、そのような忍耐強さで知られる者たちではない。
人型ロボットが幅広く採用されるというバンク・オブ・アメリカの新しい予測は、投資家からは熱狂的に迎えられたものの、ロボット研究者たちからは大いに疑問視されたのは、おそらくそれが理由である。ロボット標準化団体ASTMのアーロン・プラザー理事は5月1日、この予測は「まったくの的外れ」であると述べた。
以前に本誌が取り上げたように、人型ロボットの誇大な宣伝は1つのサイクルになっている。巧妙に作られた1つの映像が投資家の期待感を高め、それが競合他社の動機となってさらに巧妙な映像が作られる。このことが、人型ロボットは労働力にどれくらいの影響を与える準備が整っているのか、内幕を覗いて明らかにすることを、テックジャーナリストを含め誰にとっても非常に難しくしている。しかし私は、全力を尽くすつもりだ。
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- ジェームス・オドネル [James O'Donnell]米国版 AI/ハードウェア担当記者
- 自律自動車や外科用ロボット、チャットボットなどのテクノロジーがもたらす可能性とリスクについて主に取材。MITテクノロジーレビュー入社以前は、PBSの報道番組『フロントライン(FRONTLINE)』の調査報道担当記者。ワシントンポスト、プロパブリカ(ProPublica)、WNYCなどのメディアにも寄稿・出演している。