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移動式ラボで体外受精、南アフリカ農村部で初の赤ちゃんが誕生
Courtesy of Gerhard Boshoff
The first babies have been born following "simplified" IVF in a mobile lab

移動式ラボで体外受精、南アフリカ農村部で初の赤ちゃんが誕生

南アフリカで、移動式ラボを使った「簡素化」体外受精により2人の赤ちゃんが誕生した。トレーラーに機器を詰め込んだ移動式ラボは、従来の10分の1〜20分の1のコストで体外受精を実現。生殖医療を受けられない人々への新たな選択肢となる。 by Jessica Hamzelou2025.07.14

この記事の3つのポイント
  1. 移動式ラボでの簡素化された体外受精を用いて2人の赤ちゃんが誕生した
  2. 低所得国向けに従来の10分の1のコストで体外受精技術を開発
  3. トレーラーに機器を詰め込み、農村部で10名中5名の妊娠に成功した
summarized by Claude 3

南アフリカの2組の両親に、私は祝福を送っている。ミライヤとロソウという赤ちゃんが数週間前に誕生した。すべての赤ちゃんは特別なものだが、この2人は新たな先例を打ち立てた。移動式ラボで実施された「簡素化」体外受精(IVF)によって誕生した、最初の赤ちゃんなのだ。

この新しい移動式ラボは、胚培養士がわずかな予算で体外受精を実施するために必要なあらゆる機器を詰め込んだトレーラーである。これは、体外受精が非常に高額であったり、そもそも存在しないような低所得国の農村部に住む人々に生殖医療を届けるために設計された。そして、それは実際にうまくいっているようだ。

体外受精は富裕国ではますます一般的になっている。たとえばスペインでは全出生の約12%が体外受精によるものである。しかし、この治療法は依然として高額であり、保険や国の医療制度でカバーされないことも多い。低所得国、特に農村地域では、さらに利用は困難である。

出生率が高い国々では不妊治療の必要性がないと考えられがちだが、それは誤解であると、南アフリカのプレトリア大学の胚培養士、ゲルハルト・ボショフは述べる。ニジェール、アンゴラ、ベナンなどサハラ以南アフリカの国々では出生率(普通出生率)が1000人あたり40を超えており、これはイタリアや日本の4倍以上にあたる。

しかし、それはサハラ以南アフリカの人々に体外受精が不要であることを意味しない。世界保健機関(WHO)によれば、世界の成人の約6人に1人が人生のある時点で不妊を経験している。WHOの調査では、不妊の発生率は高所得国と低所得国でほぼ同程度であることが示されている。WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長が言うように、「不妊は差別しない」のだ。

低所得国の農村地域に住む多くの人々にとって、IVFクリニックは単純に「存在しないもの」だ。南アフリカはアフリカ大陸の「生殖医療ハブ」と考えられているが、それでも6000万人を超える人口に対して30カ所未満のクリニックしかない。最近の研究では、アンゴラやマラウイにはIVFクリニックが存在しないことが判明した。

かつて婦人科医を務めていたウィレム・オンベレットは、1980年代にプレトリアのIVF研究所で働いていた際、これらの格差に初めて気づいた。「不妊は白人よりも黒人の方に多く見られましたが、アパルトヘイトの影響で彼らは体外受精を受けられませんでした」。この経験が彼を駆り立て、すべての人が体外受精を利用できるようにする方法を見つけることにつながった。1990年代、オンベレット医師はこの目標を掲げたプロジェクト「ザ・ウォーキング・エッグ(The Walking Egg)」を立ち上げた。

オンベレット医師は2008年、生殖生物学者で胚培養学者のジョナサン・ヴァン・ブレルコム(コロラド大学ボルダー校教授)と出会った。同教授はすでに簡素化された体外受精法の実験に取り組んでいた。通常、胚は無菌のガス混合物を供給する培養器(インキュベーター)で培養される。ヴァン・ブレルコム教授のアプローチは、必要なガスをチューブに事前に充填し、ゴム栓で密封するというものであった。「私たちには高級な実験室は必要ありません」とオンベレット医師は言う。

ミライヤちゃんは6月18日に生まれた。
COURTESY OF THE WALKING EGG

卵子と精子はゴム栓を通してチューブに注入でき、胚はその中で培養される。本当に必要なのは、良い顕微鏡とチューブを温かく保つ方法だけである、とオンベレット医師は言う。胚が5日程度育った時点で、子宮に移植するか、あるいは冷凍保存することができる。「コストは通常のラボの10分の1から20分の1程度です」(オンベレット医師)。

オンベレット医師とヴァン・ブレルコム教授、そしてその同僚たちは、この手法が従来の体外受精と同様に有効であることを確認した。チームは2012年にベルギーのクリニックで初のパイロット試験を実施し、その年の後半に簡素化された体外受精による最初の赤ちゃんたちが誕生した。

最近になってボショフは、チームがこの技術を各地に持ち込むことができるかどうかを考えるようになった。体外受精をより簡単で安価にすることは1つの課題だが、それを実際に必要な人たちへ届けることはまた別の問題である。この簡素化された体外受精ラボをトレーラーに詰め込んで、南アフリカの農村部を回れるとしたらどうだろうか?

「非常に限られた空間にすべてを収める方法を見つける必要がありました」とボショフは話す。ウォーキング・エッグ・プロジェクトの一環として、ボショフらは研究機器の配置や空気フィルターの導入方法を工夫した。さらに、トレーラーを駐車した際に第二の部屋を展開できる「折りたたみ式システム」を設計し、胚移植を受ける人にプライバシーを確保できるようにしたという。

この移動式IVFラボを利用したい人々は、まず地元の医療機関で卵巣刺激剤を用いた治療を受け、卵子を採取してもらう必要がある。その後のプロセスは移動式ラボで実施可能であると、今月初めにパリで開催された欧州生殖医学会の年次総会で研究成果を発表したボショフは述べている。

最初の試験は昨年始まった。チームは南アフリカの農村部にある数少ない既存の不妊治療クリニックの1つと提携し、10名のボランティアを紹介してもらった。10名の女性のうち5名が、移動式ラボでの簡素化された体外受精により妊娠した。1名は流産したが、4名の妊娠が継続した。6月18日、ミライヤちゃんが誕生した。2日後、別の母親がロッソウちゃんを迎えた。他の赤ちゃんたちもいつ生まれてもおかしくない状況である。

「非常に安価で簡便なIVF法が、移動式ユニットでも使用でき、通常のIVFと同等の成果を上げられることを私たちは証明しました」とオンベレット医師は話す。同医師らのチームはエジプトとインドネシアでも同様の試験を計画しているといい、「次のステップは、これを世界中に展開することです」と語っている。

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生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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