KADOKAWA Technology Review
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「嫌いな仕事には就かない」
スキー狂の予報士が作った
最高の降雪予報アプリ
Emily Najera
気候変動/エネルギー Insider Online限定
The snow gods: How a couple of ski bums built the internet’s best weather app

「嫌いな仕事には就かない」
スキー狂の予報士が作った
最高の降雪予報アプリ

スキーヤーにとって、OpenSnow(オープンスノー)はただの天気アプリではない。どの山に、いつ行くかを決める「水晶玉」だ。スキー好き2人が37人のメーリングリストから作り上げたこのサービスは、独自AIモデルで政府機関を超える精度を実現し、50万人の熱狂的コミュニティを生んだ。 by Rachel Levin2026.04.01

この記事の3つのポイント
  1. 独立系気象予報スタートアップ「オープンスノー」が政府機関や大手ブランドを上回る精度でスキーヤー向け降雪予報を提供している
  2. 創業者らは山岳地帯での実体験と政府データを組み合わせ手作業で始めた予報を独自AI「PEAKS」で自動化し精度を50%向上させた
  3. 広告収入からサブスクリプションモデルへの転換により財政基盤を確立し50万人規模の熱狂的コミュニティを構築した
summarized by Claude 3

スキーヤーやスノーボーダーにとって最高の降雪予報アプリは、政府資金で運営される気象機関のものでも、有名ブランドのものでもない。それは、政府データと独自の人工知能(AI)モデル、さらに数十年にわたる高山環境での生活経験を活用し、他のどのサービスよりも優れた降雪予測(そして近く雪崩予測も)を提供する独立系スタートアップのアプリだ。

情報通のスキーヤーたちは、「オープンスノー(OpenSnow)」をフォローしており、この経験豊富で信頼できる小規模チームが「行くべきだ」と言わない限り、アルパイン・メドウズからモンブラン、クレステッド・ビュート、キリングトンといった山々へ足を運ぼうとはしない(なお、チームは全員男性だ)。このアプリは、膨大なデータを精査・分析し、世界各地の「デイリー・スノー」レポートを執筆する予報士たちを、ちょっとした有名人に押し上げた。

「僕はF級の有名人なんです」。オープンスノー共同創業者兼予報士のブライアン・アレグレットは笑いながら語る。「D級ですらありません」。

特に記録上異例の冬の1つとなった今年、このアプリは極めて重要な役割を果たすことを証明した。米国西部では日々の降雪量がごくわずかだったにもかかわらず、激しい嵐が繰り返し発生し、歴史上最も犠牲者の多い雪崩の1つを引き起こした。その嵐の後、記憶にある限り最も急速な雪解けとなり、カリフォルニア州のいくつかのスキー場はすでに今シーズンの営業を終えようとしている。一方、東部では、降り続く雪がめったにない贈り物をもたらしている。深く、果てしなく続くかのような冬だ。

MITテクノロジーレビューは、通称「BA」で知られるアレグレットにタホ山脈で会い、天候、AI、雪崩、そしてこの小さな気象アプリがどのようにしてパウダースノー愛好家にとって「水晶玉」に最も近い存在となったのかを聞いた。すなわち、業界で最も新しく、最も理解しやすく、そして極めて高精度な日次予報を提供するサービスである。また、かつては無一文だったスキー好きの2人、アレグレットと、コロラド州在住の共同創業者兼CEOジョエル・グラッツが、どのようにして独力で事業を立ち上げ、37人のメーリングリストを50万人規模の熱狂的コミュニティへと成長させたのかについても語っている。

なお、このインタビューは、明確さと正確性を期すために編集されている。

——あなたはニュージャージー州で育ちました。降雪量としては中程度の地域ですが、子どもの頃の冬はどのようなものでしたか。

僕はいつも天気に夢中でした。特に荒れた天気に。ノーイースター(米国東海岸で見られる嵐)とか。確か、89年に猛吹雪が東海岸を襲い、60~90センチメートルも雪が積もりました。ジャージー・ショアにとってはかなりの量でした。父親が道路管理局に勤めていたので、夜のニュース以外にも情報を得る手段がありました。父は雪が降るたびに除雪車を出動させる役目だったので、父と一緒に嵐を追いかけていたことを覚えています。ただ、除雪車に乗ることは許されませんでした。見ていただけです。もう少し大きくなると、家の前の雪かきをするのが僕の役目でした。とにかく外にいるのが好きだったんです。雪の中にいるのが楽しかったんですね。大学時代には、女の子たちが使う歩道をすべて雪かきして回っていました。あれは楽しかったですね。

——スキーはいつから始めましたか?

みんなで学校をサボって、親に内緒でバスに乗ってスキーに出かけたものです。90年代のことです。サーファーたちが、スノーボードも楽しいだろうと考え始めました。それで地元のサーフショップがバスを走らせ始め、サーファーたちみんなでバスに飛び乗って、ハンター・マウンテンへ向かっていました。僕たちはポコノスまで車で行き、ナイトスキーをして戻る、ということをしていました。高校生の頃は、1人で車に乗って出かけることも珍しくありませんでした。ただひたすら車を走らせました。僕と犬とバックパックだけ連れて、ガソリンスタンドで寝泊まりして、スキーをしました。 北東部一帯で嵐を追いかけていたんです。

——実際には何を追い求めていたのでしょうか。

自然から得られる高揚感や幸福感です。僕はずっと、自分探しをしてきました。育った家はめちゃくちゃな状況で、家庭は崩壊していました。父は家を出て行きました。母は薬物依存症になりました。僕はただそこから逃げ出したかったんです。僕は長男です。常に母を助けようとしていて、彼女が大丈夫か気にかけていました。学校へ行ってキャリアを築けなんて言う人は、誰もいませんでした。ただ、自分を満たしてくれる何かをしたかった。

——それが何なのか、どうやって見つけ出したのですか。

それまでの境遇を考えると、大学への進学は僕にとって大変なことでした。お金はまったくありませんでした。母が貧しかったので、助成金や奨学金をもらうことができました。本当はペンシルベニア州立大学に行きたかったのですが、成績が足りませんでした。結局、ニュージャージー州の公立大学であるキーン大学に進学しました。そこには気象学のプログラムがありました。僕たちはニューヨーク市のNBCへ行き、グリーンバックで実習も経験しました。僕は気象学の学校に通いながら、「スキーやスノーボード業界で働きながら、天気にも携わるには、どうすればいいだろうか?」と考え始めました。 その後、サウス・ジャージーにあるローワン大学でビジネスを学びましたが、その合間にハワイへ移り住み、サーフィンをしたり、スノーボードのインストラクターとして1年間働いたりしました。その間ずっと掲げていたのが、「嫌いな仕事に就かないこと」という目標でした。

——あなたは典型的な気象学の学生とは少し違っていたようですね。

僕たちはパンクロッカーで、スケーターで、スノーボーダーでした。典型的な「気象オタク」たちとは少し違っていましたね。僕は過激なストームチェイサー(嵐追跡者)でした。強烈な個性を持っていた。今もそうです。

——従来の気象予報士の型には収まらなかったのですね。

当時はスマホもSNSもありませんでした。気象予報士といえば、政府機関の小さな間仕切りの中で働いているか、保険会社で気象リスクの評価をしているか、どちらかでした。 そうでなければ、ローカルニュースに出演していました。それは僕の好きなことではありませんでした。髭だらけの「グリズリー・アダムス」のような男をテレビに出したがる人なんていなかったのです。

——髭は山にこそふさわしい?

気象予報士たちは都市に住んでいます。そこに仕事があるからです。小さな山間の町には住んでいません。 この業界には、まさにそれが欠けていました。2006年にタホに移り住んだ時、誰も天気予報を信用していないことに気づきました。むしろ、「実際に目で見たら信じる」という、古風な考え方が支配的だったのです。平地にいる予報士は、気象モデルを見て、そのままニュースで情報を流すだけです。サクラメントやリノの気象予報士たちは、スキー場のことなんてどうでもよかったんです。彼らはただ、「標高1800メートル以上で90センチの積雪が見込まれます」とだけ言って、次のコーナーへ移ってしまいます。そして、スキーヤーたちはこんなふうに思うんです。「ちょっと待って。山頂は風が強くなるの?」 そこで僕は、もっと的を絞り、スキーヤーたちが求めている情報を提供しようと考えたのです。

——つまり、タホで暮らしながら、スキーと天気予報をしていたんですね。

リゾート施設のオフィスで働きながら、スノーボードをし、片手間に天気予報もしていました。朝4時に起きて、9時から始まる本業の前に予測していたんです。予報を立てながら、仕組みを考えていました。「いったいどうやって嵐と山々が相互作用しているんだろう?」って。そして、予測したものをオフィスの全員にメールで送るようになりました。すると、「私も入れて! 私も入れて!」と言う人が、次々と現れたんです。 最後にはタホ周辺のリゾート施設から、僕の予報を使わせてほしいという依頼が届き始めました。

——実際にどうやって予測していたんですか?

NOAA(米国海洋大気庁)、GFS(全球予報システム)、それにカナダや欧州、ドイツ、日本といった各国政府が、天気を予測するための気象モデルを作成しています。そしてそれを公開している。誰でもアクセスできます。しかし、単に気象モデルを見て、「ああ、こうなるんだな」とはいきません。山ではそんなふうにいかない。はるかに難しいんです。モデルのデータに頼ることはできません。解像度が低く、グリッドが広すぎます。それでは実際の現象を十分に理解できません。結果として、天気を一般化してしまいます。試してみることはできますが、それでは間違うでしょう。多くの人が耳を貸さなくなってしまいます。僕はそこに住んでいたので、他の人たちよりも正確に予報できました。そうした誤りの多くを補正できたからです。2007年頃、僕は自分のWebサイト『タホ・ウェザー・ディスカッション(Tahoe Weather Discussion)』を立ち上げました。

——かっこいいですね。

そんな中、コロラド州ボルダーにいるジョエルという男の話が耳に入ってきました。僕たち2人に、お互いのことを教えてくれ …

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