あなたの「直感」は
生理現象かもしれない——
解明進む「内なる感覚」の謎
胸の高鳴り、胃の締め付け——緊張のとき、脳と身体は信号を送り合っている。この身体の内側を感じ取る「内受容感覚」の研究が、いま急速に進んでいる。迷走神経や、圧力を電気信号に変える仕組みの解明が進み、研究者はこの領域を「意識の新たな大陸」と呼ぶ。直感や感情、意思決定の理解を塗り替えつつあるが、私たちが内なる信号をどう扱うべきかは、まだ手探りだ。 by Katherine W. Isaacs2026.06.17
- この記事の3つのポイント
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- 「内受容感覚」の研究がノーベル賞を契機に急進展し、身体と脳の双方向通信システムの全体像が解明されつつある
- 迷走神経の多様な神経細胞タイプやPIEZOタンパク質の発見により、身体信号の分子レベルの伝達機構が特定された
- 内受容感覚の解明は慢性疼痛・肥満・不安症の治療から直感の生理学的理解まで、医療と意思決定に変革をもたらす
脳は頭蓋骨の中という閉ざされた空間に収められている。それにもかかわらず、風が体毛をなでるとき、心臓の鼓動が高まるとき、恐怖で肝を冷やすとき、脳はそれを感じ取っている。
そして、あなたがこのページの上に目を走らせている今、この瞬間にも、脳は次にどんな言葉が続くかを予測している。脳は周囲の状況を把握するために役立つ信号を拾い上げ、安全を確保する必要があったらいつでも行動できるように準備を整えている。普段、脳がこうした働きをしていることを意識することは滅多にない。
人間の感覚器官は驚異的な速度で情報を取り込んでいる。皮膚、目、耳などから、毎秒約1100万ビットもの情報が洪水のように流れ込んでくる。これは毎秒、文庫本約3冊分に相当するデータ量だ。そのうち、意識の領域にまで届くのはほんの一握りにすぎない。 研究者の試算によると、人間の意識が処理できる情報は毎秒およそ10〜60ビットだ。今、あなたがこの文章を読んでいるスピードと同じくらいだ。つまり、意識的に処理できる1ビットの情報量の裏には、数十万ビットもの無意識のデータが存在しているということになる。
そして、これはありがたいことだ。ニューヨーク大学ランゴーン医療センターの神経科学者モリア・トマソン教授は、「私たちがこのような構造に造られていて、本当に良かったです」と語る。「私たちが意識的にアクセスできる情報の層があり、そのすぐ下には、さらに別の膨大な情報を蓄えた層が控えています。人間がうまく機能していくために、一度に頭の中で処理できる情報量に、おのずと限界が設けられているのです」。
あなたが自覚できることといえば、空腹時におなかが鳴る音や人前で話す前の手のひらの汗などだ。そして注意を向ければ、今している呼吸も自覚できる。さらに、手首に触れて脈を感じなくても、体の内側から自分の心臓の鼓動さえも感じ取れる人もいる。
私たちがこのように身体内部の状態をとらえる感覚は、「内受容感覚(インテロセプション)」と呼ばれている。
この言葉は、英国の神経生理学者チャールズ・シェリントンが1906年に造った。20世紀の大半において、この言葉はほぼ教科書の中だけで使われる専門用語にすぎなかった。しかし現在、2021年のノーベル賞受賞や、全身の「内受容システム」をマッピングできる新しいツールの登場によって、内受容感覚分野の研究はにわかに注目を集めている。身体と脳の間で信号が行き来するしくみが研究で解明されるにつれ、より明確な全体像が見え始めてきた。これは、肥満から慢性疼痛、不安症に至るまで、様々な症状をどのように理解し、治療していくかというアプローチに影響をもたらしつつある。
この分野が本格的に発展し始めたのは1990年代のことだ。アントニオ・ダマシオは1994年、『デカルトの誤り(原題:Descartes’ Error)』というそのものズバリのタイトルの書籍を出版した。ダマシオは、思考と感情を切り離してきた従来の考え方に異議を唱え、人間の選択や行動の能力は感情によって突き動かされており、その感情はさらに、胃がキリキリ痛む、肌がじっとり汗ばむといった身体からの信号によって形作られていると主張した。脳腫瘍の手術を受けたダマシオの患者の一人が経験したように、感情と思考のつながりが失われても、火曜日と水曜日のどちらに旅行すべきかといった損得勘定については、完璧な論理で推論できるかもしれない。しかし、ある選択をしたときに自分がどう感じるかを予測するのに役立つ感情の信号がなければ、理性は迷走し、決断を下すことができなくなってしまう。
ダマシオと同時代に活躍した神経科学者、バド・クレイグは、そのキャリア人生すべてをかけて、「あなたはどのように感じますか」というひとつの問いを追い求めた。クレイグは、脳が身体内部のマップをつくる仕組みと、生きている間、常にリアルタイムでそれを更新していくことを示した。
架空の宇宙船「USSエンタープライズ(スタートレック)」の艦橋(ブリッジ)を思い浮かべてほしい。そこには、酸素濃度、エネルギー残量、船体の健全性、シールド強度など、宇宙船の重要システムの状況を示すリアルタイムマップが表示されている。さらに、小惑星帯、敵艦、放射線、生命反応、そして未解明の空間異常など、船外のさまざまな情報を感知する計器類も配備されている。
これと同じように、人間の脳は、両手のこぶしを合わせたほどの大きさしかないが、五感を通して流れ込むデータをもとに、全身のマップと外界のマップを作り上げている。これらすべての情報を受けて、脳は、現在そして経過する時間という時間軸で、世界におけるあなたの存在を包括的に捉える動作モデルを構築している。自分がどこにいて、何者であり、(持てる知識のすべてに基づいて)次に何が起こるかを予測し、そしてそれが自分にとって何を意味するのかを脳は描いているのだ。
誰かに「調子はどうですか」と聞かれたとき、私たちはこれらのマップを参照して自分の状態を報告する。「調子良い」「疲れている」「不安だ」「絶好調だ」といった具合だ。これらの感情は常に、感情と身体感覚が複雑に絡み合ったものだ。これこそが、あなたが内側から自分を感知したときに、内受容ナビゲーションシステムが意識へと提供してくれるものの正体だ。
私たちは成長過程で、このような感覚が何を意味するのかを解釈することを学ぶ。そして、今度はその解釈が、私たちの生理機能、感情、行動を変化させることになる。心理学者アリア・クラムの研究によると、「ストレスは成長を促すものだ」という考え方を持つ人は、「ストレスは心身を衰弱させるものだ」という考え方を持つ人よりも、多くの成長ホルモンを分泌するという。また、より多くのポジティブな感情を抱き、認知の柔軟性も高まる。
言葉もまた重要だ。私たちは感情の質感を表す言葉を学び、それらの言葉が私たちの感情や行動を形作る。似通った感情を区別する能力が低い人は、ストレス下で衝動的に反応しやすく、困難な経験の中に意味を見出すことが難しくなる。心理学者のマーク・ブラケットはこの能力を「感情の粒度(グラニュラリティ)」と呼ぶ。しかし、考え方やエモーショナル・インテリジェンス(感情知能)は変えられる。「不安」は「恐怖」とは違うということを学ぶこともできるし、身体感覚の解釈を変える(リフレーミングする)ことさえできる。胸のドキドキを「迷惑なもの」と捉える代わりに、身体が最高のパフォーマンスを発揮するための準備をしてくれているのだと歓迎することもできるのだ。
科学者はかなり以前から、こうしたリアルアイムの体験を支える内受容感覚情報が、神経系と体液(血液とリンパ液)という2つの主要なシステムを介して伝達されると理解していた。そして現在、彼らは第3のシステムとして、全身の結合組織(筋膜)に張り巡らされた、液体で満たされた空間のネットワークである「間質(かんしつ)」が、コミュニケーションにおいて一翼を担っている可能性についても精力的に研究を進めている。
しかし、最近まで、この内受容感覚システムに関する科学的理解は、重要な詳細を欠いた大まかな概略図のようなものにすぎなかった。情報が外部環境からどのように伝達されるか、身体から脳へどのように移動するのか、そして脳内でどのように統合・解釈されるかといった点を欠いていたのだ。神経科学者のカトリーヌ・タロン=ボードリーが「意識の新たな大陸」と呼ぶこの領域を、研究者は現在、探求しようとしのぎを削っている。
迷走神経の高速道路
最も研究が盛んな領域の一つが「迷走神経(めいそうしんけい)」だ。迷走神経は副交感神経系の主要構成要素であり、臓器からの情報を脳へと運び、その後、脳から身体へと再び情報を伝達する情報伝達の高速道路だ。迷走神経という言葉は、健康に関するポッドキャストやトラウマ治療などに頻繁に登場し、今や大注目される神経となっている。「迷走神経を整えましょう」「副交感神経系を活性化させましょう」といった具合だ。こういった表現からは、まるで筋肉のように、一つの標的を狙い撃ちできるかのような印象を受ける。しかし、ハーバード大学医学大学院のスティーブ・リバレス教授が発見しつつある現実は、それよりもはるかに興味深いものだ。
リバレス教授は研究キャリアの大半を、人間の体内で最も長く太い神経の一つである迷走神経のマッピングに捧げてきた。リバレス教授は迷走神経を「広大なる未 …
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