汚染源を収益源へ
カリフォルニア酪農が頼る
「ミミズの力」は本物か
米カリフォルニア州の酪農場で、数十万匹のミミズが牛のふん尿を浄化している。企業が設備費を負担し、農家は浄化水を得て、削減量は炭素クレジットとして売られる仕組みだが、メタン削減効果をめぐる研究結果は割れており、クレジットの正当性を疑う声もある。ミミズは本当に気候を救うのか。 by James Temple2026.07.14
- この記事の3つのポイント
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- ミミズなどを活用するバーミフィルトレーションが、酪農場のふん尿由来の温室効果ガスや水質汚染の低減技術として米加州で普及しつつある
- 州は法規制と補助金で嫌気性消化装置を主軸に推進してきたが、高コストゆえ大規模農場に限定され、代替技術への関心が高まっている
- メタン削減効果の研究間の矛盾や炭素クレジットの追加性への疑問など、技術の有効性と制度の信頼性を担保する独立検証が課題
3代続くカリフォルニア州の酪農家、アンソニー・アゲダは、同州の農業地帯の中心部にある小さな町ヒックマンで、一家の土地に敷き詰められた黒く湿った木材チップを熊手でならしている。
両手を差し入れて腐植土の塊をすくい上げ、ひっくり返す。すると、身をよじらせながらうごめく赤いミミズが6匹ほど姿を現した。私たちの目の前には、木材チップと砕いた川石でできた高さ約90センチの盛り土が、フットボール場6面分ほどの広さにわたって続いている。その表面のすぐ下には、さらに数十万匹ものミミズがうごめいているはずだ。これらの天然素材が形成するバイオフィルターは、数百頭のホルスタイン牛が毎日排出する大量のふん尿から発生するメタンや亜酸化窒素、水質汚染を大幅に減らせる可能性がある。
アゲダが家族経営するアルベルト・デイリー(Alberto Dairy)は、チリ企業バイオフィルトロ(BioFiltro)が開発し、特許を取得したこのふん尿処理手法を、カリフォルニア州でいち早く採用した畜牛業者の1つである。バイオフィルトロによると、このいわゆる「バーミフィルトレーション(蠕虫濾過)システム」は、すでに米国の他の酪農場8カ所で運用されており、さらに16カ所で設置中または来年設置予定となっている。そのほぼすべてが、カリフォルニア州の酪農場だ。
バーミフィルトレーションは、農家、企業、科学者たちが家畜ふん尿汚染を低減するために採用しているさまざまな方法の1つに過ぎない。畜産業界は現在、この産業でも最も厄介な問題の1つであるふん尿による環境負荷への対応を迫られている。全米で断トツの牛乳生産地であるカリフォルニア州は、同業界のふん尿汚染対策導入を促進するため、いくつかのプログラムを立ち上げてきた。中には、農場に10億ドル以上を投入する取り組みもあった。
研究者らは、実際の農場環境でどの手法が最も効果的なのか、それぞれの手法にどのようなトレードオフがあるのか、そして長期的にどの程度の効果を維持できるのかを明らかにするには、さらなる研究が必要だと強調している。
アゲダは、環境規制が厳しくなるにつれて、自分たち一家も新しい取り組みを採用する必要があると考えるようになったと話す。バーミフィルトレーションを選んだのは、他のより高度な技術と比べて、仕組みがシンプルで導入コストも比較的低かったからだ。
「カリフォルニア州の酪農家は、次々と強化される規制に常に向き合っています」と、農場のフリーストール牛舎の前でアゲダは語る。「だからこそ私は希望を感じています。私たち自身が、その解決策の一端を担っていることを示せるからです」。
拡大する家畜ふん尿問題
畜産業がもたらす気候汚染のかなりの割合は、ふん尿に起因している。世界資源研究所(World Resources Institute:WRI)の推計によれば、酪農場と養豚場におけるふん尿管理に伴う温室効果ガス排出量は、米国全体の排出量の約1.6%を占める。世界全体では、ふん尿の保管・処理が畜産業による気候変動への影響のおよそ10%を占めている。
「この20年ほどで農場の大規模化が進み、それに伴ってふん尿の量も大幅に増えました。そして、その大量のふん尿をどこかに保管しなければなりません」と、世界資源研究所の農業メタン担当グローバルマネージャー、スワティ・ヘグデは話す。
一般に酪農場や養豚場では、ふん尿を貯留池やタンクへ流し込み、貯蔵する。この過程で悪臭を放つ酸素の乏しいスラリー(懸濁液)ができ、その中ではメタン生成菌(メタン菌)が繁殖する。これらの微生物は水素や二酸化炭素などを取り込み、副産物としてメタンを放出する。また、このスラリー中の別の微生物は、量は少ないものの亜酸化窒素も生成する。
この2種類はいずれも極めて強力な温室効果ガスであり、100年間の温暖化効果で比較すると、二酸化炭素のそれぞれ約30倍、約275倍にも達する。
このスラリーは、土壌に養分を補給するため畑へ散布されることが多い。しかし、過剰あるいは不適切に散布すると、薬剤残留物やサルモネラ菌、大腸菌などの病原体、硝酸塩によって土壌や地下水を汚染する恐れがある。飲料水へ浸出した硝酸塩は、さまざまな健康被害との関連が指摘されている。また、河川や湖沼、沿岸域へ流入すると藻類の異常繁殖(アオコなど)を引き起こし、魚類を死滅させたり、日光を遮断したり、水中の酸素を奪ったりする。さらに、海洋生物がほとんど生息できない大規模な貧酸素水域(デッドゾーン)を形成することもある。
政策による推進
世界各地の地域政府や各国、州政府は、家畜ふん尿による汚染を抑えるため、規制の導入や補助金制度の整備を進めてきた。しかし、これまでの主要な施策の多くは、温室効果ガスの排出ではなく、水質汚染対策に重点を置いてきた。
例えば欧州連合(EU)は、農家が畑へ散布できるふん尿の量を制限するとともに、加盟国に地下水や地表水中の硝酸塩濃度を監視するよう義務付けている。米国の水質浄化法(Clean Water Act)は、大規模畜産事業者に対し、許可の取得と汚染を抑制するためのふん尿管理計画の策定を義務付けている。
しかし、家畜由来のメタン排出削減を目的として政策を最も積極的に活用してきたのは、おそらくカリフォルニア州だろう。州政府の推計では、この強力な温室効果ガスによる排出量の約45%を酪農業が占め、その半分以上はふん尿に由来する。
2016年、カリフォルニア州は、寿命は短いものの温暖化への影響が大きい温室効果ガスの排出削減を目的とする包括的な取り組みの一環として、酪農場や埋立地などの事業者に対し、2030年までにメタン排出量を2013年比で40%削減することを義務付ける法律を制定した。この法律では、州の気候政策を担う中核機関であるカリフォルニア州大気資源局(California Air Resources Board:CARB)に対し、対象産業のより環境負荷の少ない事業慣行への移行を促す各種インセンティブ制度の整備を求めている。
「費用対効果という点でも、また短期的な効果という点でも、メタンの削減は気候目標の達成に大きく貢献します」と、カリフォルニア州農業レジリエンス・持続可能性局長のトーニー・マタは話す。
州は、こうした各種プログラムに加え、州内の飼養頭数の減少も相まって、酪農部門は2030年までに年間のメタン排出量を二酸化炭素換算で約500万トン削減できる見込みだと推計している。それでも、2016年法が掲げた目標にはなお約400万トン届かない。
酪農場消化装置の欠点
国際競争の激化やコスト上昇による飼養頭数の減少分を除けば、カリフォルニア州で見込まれるメタン削減の大半は、「嫌気性消化装置(anaerobic digester)」の導入によるものである。この技術では、まずスラリー貯留池を覆ってメタンの大気中への放出を防ぎ、その後、発生したバイオガスを配管で別の設備へ送り、精製して天然ガスへと転換する。
カリフォルニア州の「低炭素燃料基準(Low Carbon Fuel Standard:LCFS)」では、消化装置で製造したガスをパイプラインへ供給する酪農場はクレジットを取得でき、それを石油精製会社などの大規模排出事業者へ売却できる。クレジットを購入した企業は、自社の排出削減義務の達成に利用できる。
こうして得られたガスは、発電所の燃料や水素製造、天然ガス車の燃料として利用できる。利用時には二酸化炭素が排出されるものの、温暖化効果のより大きいメタンの放出を防げるため、州はこれを気候変動対策上の成果と位置付けている。
この制度による手厚い収益機会が嫌気性消化装置の導入を後押しし、過去10年間で米国内の数百の農場が導入した。カリフォルニア州立ポリテクニック大学(Cal Poly)の研究者らは、2020年以降、この制度が農場にもたらした収益は10億ドルを超えると昨年の論文で報告している。
しかし、この手法にはさまざまな課題もある。
まず、設備導入費が非常に高額なため、実際に採算が合うのはおよそ2000頭以上を飼養する大規模酪農場に限られると、カリフォルニア大学デービス校動物科学部長のフランク・ミットローナー教授は指摘する。
「大半の酪農場にとって、消化装置は現実的な解決策にはならないでしょう」と、ミットローナー教授は言う。
また、処理後のふん尿は依然として畑へ散布されることが多いため、水質汚染対策としての効果は限定的であり、処理過程で起こる化学反応によっては、かえって状況を悪化させる可能性もある。
さらに、消化装置へ巨額の補助金が投入されることで、本来なら環境面でより優れた成果を期待できる他の対策から、 …
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