KADOKAWA Technology Review
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日本発・世界を変える「U35 イノベーター」募集中!
量子コンピューター、「設計思想」を問う段階へ——藤井啓祐教授に聞く
藤井啓祐氏/提供写真
Interview with Prof. Keisuke Fujii

量子コンピューター、「設計思想」を問う段階へ——藤井啓祐教授に聞く

京都大学教授/大阪大学教授のほか、量子ソフトウェア企業QunaSysの共同創業者として産業界とも接点を持つ藤井啓祐氏は、量子コンピューターの理論とソフトウェア研究を牽引する。実用化に向けた研究動向に加え、社会課題としてのAIへの危機感、そしてイノベーターの条件について話を聞いた。 by Yasuhiro Hatabe2026.07.10

MITテクノロジーレビューが主催する世界的なアワードの日本版「Innovators Under 35 Japan(イノベーターズ・アンダー35ジャパン)」が、2026年度も開催される。7月31日まで候補者の推薦および応募を受付中だ。

本年度の審査員の1人である藤井啓祐氏は、2026年4月より京都大学大学院情報学研究科教授を務める。大阪大学大学院基礎工学研究科教授、同大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)教授を兼任するほか、理化学研究所量子コンピュータ研究センターのチームディレクター、自身が共同創業した量子ソフトウェアベンチャー・QunaSys(キュナシス)の最高技術顧問も務め、量子コンピューターの理論・ソフトウェア研究を牽引する。著書『教養としての量子コンピュータ』(ダイヤモンド社)など一般向けの情報発信にも積極的だ。藤井教授が世界の最前線で見ているものとは何か。そしてイノベーターの条件とは。話を聞いた。

◆◆◆

量子コンピューターの「設計思想」を問う時代へ

──現在、どのような研究に力を注いでいますか。

量子コンピューター研究には、ハードウェアを作る研究から、それを動かす理論やソフトウェアの研究までさまざまな側面があります。その中で私の専門は、理論とソフトウェアです。大きく2つの軸で研究を進めています。1つは、量子コンピューターを「どう使うか」というアプリケーションの研究。もう1つは、「より良い量子コンピューターをどう作るか」という設計の理論です。

今、特に力を入れているのが、量子コンピューターのアーキテクチャ研究です。アーキテクチャとは、コンピューターを構成する各要素をどう配置し、どう連携させれば全体として最適化されるかという設計思想のことです。

私たちが使っているいわゆる古典コンピューターも、トランジスターという素子から抽象的なアルゴリズムが動くまでの間に膨大な「スタック」があります。CPUの隣にメモリーを置き、さらにその近くにキャッシュを階層的に設ける。近年のAIの急激な進展も、通常のCPUとは異なり、画像処理に特化して大量のコアで並列的に処理をするGPUという設計思想に支えられています。また、近年のAIではメモリーアクセスがボトルネックになるため、それを排除した「インメモリー・コンピューティング」のような設計思想も研究されています。

一方で、量子コンピューターは、真空管でコンピューターを作り始めた頃のように「とりあえず動かせた」段階で、そうした設計思想がまだほとんどありませんでした。今ようやくそうしたことが議論できるフェーズになってきた。量子ビット数が増え、誤り訂正を施しながら複雑なアルゴリズムを走らせるという状況が見えてきたからこそ、全体をどう設計するかが意味を持ち始めたのです。

──量子コンピューターは複数の方式がありますが、網羅的に研究されているのですか。

藤井 啓祐(Keisuke Fujii)
京都大学大学院情報学研究科教授

京都大学工学部卒業。京都大学大学院工学研究科博士課程修了、博士(工学)。東京大学光量子科学研究センター助教、京都大学大学院理学研究科特定准教授、大阪大学大学院基礎工学研究科教授を経て2026年4月より現職。大阪大学量子情報・量子生命研究センター教授、理化学研究所量子コンピュータ研究センターチームディレクター、情報処理推進機構(IPA)未踏ターゲット事業プロジェクトマネージャー、株式会社QunaSys最高技術顧問を兼任。研究分野は、量子コンピューティング・量子誤り訂正・量子アルゴリズム・量子計算複雑性。

そうですね。超伝導量子ビット、冷却中性原子、イオントラップ、半導体、光など、いくつかの方式があり、それぞれ制約がまったく異なります。超伝導量子ビットは二次元の平面上に並び、隣の量子ビットとしかゲート操作ができません。一方で、冷却中性原子は原子を自由に動かすことができるので、誤り訂正符号の選択の幅が広がります。ただしその分、処理が遅くなる。

おもしろいことに、超伝導量子ビットは物理的な制約から、元々「インメモリーコンピューティング」的な構造になっています。一方、冷却中性原子では、計算とメモリーを分離するノイマン型に近いアーキテクチャも考えられる。それぞれのハードウェアに合った設計を探ることが、今まさにおもしろい研究課題です。私自身は超伝導に限らず、複数の方式を横断して研究しています。

「100万量子ビット」は変動する目標値である

──実用化に必要な量子ビット数として「100万」という数字が挙がりますが、現状からすると途方もないと思えます。

実は、この数字はずっと変わり続けてきたものなんです。2010年の時点では10億量子ビットと言われていました。それが2019年には2000万、2025年には100万まで減ってきた。プロットするときれいな指数曲線を描いています。誤り訂正符号の改善、アルゴリズムの進化、そしてアーキテクチャ全体の最適化によって、必要なリソースが着実に削減されてきた結果です。2030年頃には10万ビット程度まで下がる可能性があると思っています。

ただし、手放しに楽観はできません。必要な量子ビット数が少なくても、計算にかかる時間が膨大になってしまっては、実用的とは言えません。量子ビット数だけを見ていると、計算時間というコストを見落とすことがあります。

ハードウェア側の課題も山積みです。まず、量子ビットを安定的に大規模に作れるようにならなければなりません。さらに、量子ビットの品質だけが上がっても十分ではなく、制御の消費電力、配線、冷凍機の性能といった周辺の課題も同時に解決される必要があります。1つのトランジスターはできたけれど、まだLSI(大規模集積回路)はできていない状況だとイメージしてもらえると実態に近いかもしれません。

実用化のタイムラインについては、グーグルやIBMは早ければ5年、遅くとも10年というロードマップを立てています。私個人の感覚では、少なくとも5年はかかると思っています。ただ、この分野に優秀なエンジニアが参入してきて、エンジニアリングが加速していることを考えると、10年が5年に縮まることは十分あり得ます。企業としては5年を目標に掲げていますが、現実的には10年近くかかるのではないか、というのが私の見立てです。

AIは「知能の産業革命」、最大の危機は教育にある

──ご自身の研究領域を超えて、今最も関心を持っている社会課題は何ですか。

AIの到来が大学教育に何をもたらすか、ということです。量子コンピューターとの直接の接点は薄いかもしれませんが、これが今一番の関心事です。

人類の歴史において、蒸気機関やエンジンの登場による産業革命は大きな転換点でした。もともと人間の労働力は、象や馬といった動物の力に比べればちっぽけなものです。エンジンは、その弱い人力を桁違いの動力に置き換えました。

一方、これまで人間が地球上で圧倒的に優位に立てていた根拠は「知能」でした。ですが、エンジンが人力を代替したのと同じように、AIは今、知能という人間最後の砦を、桁違いの計算力で脅かしています。私はこれを、産業革命をはるかに上回る変革だと捉えています。

AIが登場したことで、かつては学生を指導して半年から1年でようやくコードを書いてもらっていたのが、今ではAIが数十分でコードを書き上げてしまいます。研究が加速するのは良いことですが、同時に研究と教育の関係を変えてしまいました。

これまで自分の研究を進めるためには優秀な学生を育てる必要があり、「研究と教育」は表裏一体でした。しかし今、AIと対話した方がよほど早く、賢い答えが返ってきます。本当に優秀な学生は何もしなくても育ちますが、そうでない学生には丁寧なケアが必要です。でも、そうした層を「すくい上げる」インセンティブが誰にもなくなってしまったのです。かつては効率の悪い教育の中でも、さまざまな学生が偶然のきっかけで引き上げられていました。しかしこれからは、最初にうまくAIを使いこなせた人とそうでない人の差が、その後もずっと広がり続ける。解決策は、正直まだ見えていません。

最後にもう1つ、あえて私の専門であるコンピューターの領域と結びつけるなら、計算資源そのものの問題があります。ムーアの法則ではコンピューターの計算能力は2年で倍になります。しかしAIが要求する計算能力は3カ月で倍のペースで伸びています。この供給と需要の伸びの差は埋まらず、コンピューターの台数を増やして補うしかありません。そうなると消費電力が爆発的に増え続けます。石油資源より先に計算資源が枯渇するのではないかと、本気で思っています。

U35時代に取り組んでいた2つのテーマ

──藤井先生がU35の頃、どのような研究に取り組んでいたのでしょうか。

私が35歳の少し手前だったのはちょうど10年前、2016年頃のことです。当時は2014年にグーグルが量子コンピューター研究に参入し、基礎物理の研究から「実際に動く量子コンピューターを作る」というエンジニアリングへの転換が始まったタイミングでした。当時まだ量子ビット数は5〜10程度で、スーパーコンピューターを超えられるような雰囲気はまったくなかった。

そうした中で私が取り組んでいた研究テーマは、大きく2つありました。

1つは、量子超越性をどう検証するかという研究です。量子コンピューターが古典コンピューターより本当に速いと言えるのか、それを明確に示すための理論的枠組みがなかった。D-Waveの量子アニーリングマシンが本当に量子効果を使っているかどうか、ずっと論争になっていた時代です。その検証方法を研究し始め、それが2019年のグーグルの量子超越論文の査読者として選ばれることにつながりました。

もう1つは、100万量子ビットを待たずに、「今ある量子コンピューターをどう使うか」という研究です。当時から、量子コンピューターの最終的なゴールは、誤り訂正によって計算の精度が保証された大規模な「誤り耐性量子コンピューター(FTQC)」を実現することだと考えられていました。しかし、そこまでの道のりは非常に遠く見えた。一方で、FTQCの規模には及ばずとも、「スーパーコンピューターの限界を超える小規模な量子コンピューター」であれば、近い将来実現するはずだという確信がありました。のちに「NISQ(ノイズあり中規模量子デバイス)」と呼ばれることになるこのマシンを、これまで想定されてきたアプローチとは違う形で活用できないか。2014年頃からすでにこのテーマで研究に着手していて、それが2018年頃、量子コンピューターをAIに活用する「量子機械学習」のアイデアとして結実しました。

「価値が評価される前に、価値を作り出す人」がイノベーター

──藤井先生が考えるイノベーターの条件とは何でしょうか。

流行してからその波に乗る人は、イノベーターではないでしょう。流行したときには、課題が明確になって、あとは速さの勝負になるだけです。

イノベーターというのは、今の常識では考えられないようなアプローチをとって、後のブームを作り出す人です。価値が世の中に認められる前に、その価値を生み出している人。

私が取り組んでいた量子機械学習も、まさにそうでした。当時はまだ「NISQ」という言葉すらなく、ノイズの残る中規模な量子コンピューターをどう活用するかという発想自体が、多くの人には響きませんでした。新しい価値は、広く認められて初めてその意味が分かるものです。だからこそ、誰にも分かってもらえないうちから始めている人こそが、イノベーターなのだと思います。

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フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。
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