KADOKAWA Technology Review
×
First Object Teleported from Earth to Orbit

地上から衛星への量子テレポーテーションに初成功、中国チーム

中国の研究者が、地上から500キロメートル以上離れた上空の軌道を周回する衛星に光子をテレポートすることに成功した。 by Emerging Technology from the arXiv2017.07.24

紀元前391年に亡くなった古代の中国人の思想者にちなんで名付けられた「墨子号」衛星を搭載した長征2号ロケットが、2016年、ゴビ砂漠にある酒泉衛星発射センターから打ち上げられた。長征2号は墨子号を太陽同期軌道に乗せ、「墨子号」が地球上の同じ地点の上空を毎日同じ時間に通過するようにした。

墨子号は高感度光子受信機であり、地上から発信された単一光子の量子状態を検出できる。このことが重要である理由は、これにより科学者が、量子もつれ、暗号、テレポーテーションなど、量子を用いたさまざまな偉業の実現に向けた技術上の基礎的要素について試験できるようになるはずだからだ。

7月10日、墨子号の研究チームが最初の実験の結果を発表した。研究チームは史上初となる衛星と地上間の量子ネットワークを作成し、その過程で、最長の距離間で量子もつれを測定したことでこれまでの記録を打ち破った。さらに研究チームは、この量子ネットワークを用いて地上から軌道上に初めて光子をテレポートした。

テレポーテーションは世界中の量子光学の研究所における一般的な実験テーマとなっている。この手法には、量子もつれという奇妙な現象が用いられる。量子もつれは、光子などの2つの量子物体が同時に空間内の同じ点で生じ、存在を共有する際に発生する。専門用語では、同じ波動関数を持つことにより説明される。

量子もつれに関する興味深い点は、光子間の距離が遠く離れていても存在の共有が続くことだ。つまり、光子間の距離にかかわらず、1つの光子の測定がもう1つの光子の状態に即座に影響を及ぼす。

かつて1990年代に、科学者たちはこの関連性を用いて、宇宙のある場所から別の場所へ量子情報を伝えることができることに気が付いた。ある場所で1つの光子に関連するすべての情報を「ダウンロード」し、量子もつれのリンクを用いてその情報を別の場所にある別の光子に伝達するというアイデアだ。

すると、2つ目の光子は1つ目の光子のアイデンティティーを獲得することになる。つまり、第2の光子が最初の光子になるのだ。これがテレポーテーションの本質であり、地球上の研究室内で何度も試験されてきた現象だ。

テレポーテーションはさまざまなテクノロジーの基礎的要素だ。「長距離テレポーテーションは、大規模な量子ネットワークや分散型量子計算などのプロトコルにおける基本要素として認識されてきました」と中国の研究チームは述べている。

理論的には、テレポーテーションを行える距離の最大限度はないはずだ。しかし、量子もつれは壊れやすい。光子が大気中や光ファイバー内の物質と相互に作用することで、もつれの状態が失われるためだ。

その結果、科学者が量子もつれを測定したりテレポーテーションを実施できる距離は非常に限られていた。「これまでの遠隔距離間のテレポーテーションの実験は、約100キロメートルの距離に制限されていました。光ファイバー内や地上の自由空間チャネル内において光子が失われるためです」と中国の研究チームは話す。

「墨子号」はこのような制限を克服している。「墨子号」は高度500キロメートルの軌道を周回しており、光子は「墨子号」まで移動する距離のほとんどを真空を通って移動するからだ。途中通過する大気の量を最小限に抑えるため、中国の研究チームは地上局をチベットのガリ地区の高度4000メートルを超える場所に設置した。従って、地上から衛星までの距離は、衛星が地平線近くにある時の1400キロメートルから、真上にある時の500キロメートルまで、さまざまである。

実験を行うため、中国の研究チームは地上で毎秒約4000組のペースで光子のペアを作成した。研究チームは、ペアになった光子のうち1つを午前0時に真上を通過する衛星に送り、もう片方の光子を地上にとどめた。

最後に、研究チームは、地上と軌道上の光子を測定し、量子もつれが起きていることと、この方法で光子をテレポートできることを確認した。32日間にわたり、何百万個もの光子を送り、911例において肯定的な結果が得られた。「アップリンクチャネルを通じた地上観測所から低地球軌道衛星への、最大1400キロメートル離れた地点での、史上初となる独立した単一光子キュービットの量子テレポーテーションについて報告します」と中国の研究チームは述べる。

地球から軌道上に光子をテレポートするのに成功したのは今回が初めてであり、量子もつれによる量子テレポーテーションの距離の最長記録を塗り替えている。

これは、将来のより意欲的な目標への土台を作る見事な研究だ。「この研究は、信頼性のある超長距離量子テレポーテーションを行うための史上初となる地上から衛星へのアップリンクを確立しており、地球的規模の量子インターネットの実現に向けた重要な一歩となるでしょう」と研究チームは言う。

さらにこの研究は、最近まで欧州や米国が先導してきた分野における、中国による明らかな支配と率先力を示している。古代の墨子もきっと感銘を受けるようなことだろう。現時点での重要な問題は、いかに西洋がその状況に対応していくかである。

(参照:arxiv.org/abs/1707.00934:地上から衛星への量子テレポーテーション(Ground-to-satellite quantum teleportation))

人気の記事ランキング
  1. AI companions are the final stage of digital addiction, and lawmakers are taking aim SNS超える中毒性、「AIコンパニオン」に安全対策求める声
  2. Here’s why we need to start thinking of AI as “normal” AIは「普通」の技術、プリンストン大のつまらない提言の背景
エマージングテクノロジー フロム アーカイブ [Emerging Technology from the arXiv]米国版 寄稿者
Emerging Technology from the arXivは、最新の研究成果とPhysics arXivプリプリントサーバーに掲載されるテクノロジーを取り上げるコーネル大学図書館のサービスです。Physics arXiv Blogの一部として提供されています。 メールアドレス:KentuckyFC@arxivblog.com RSSフィード:Physics arXiv Blog RSS Feed
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2025年版

本当に長期的に重要となるものは何か?これは、毎年このリストを作成する際に私たちが取り組む問いである。未来を完全に見通すことはできないが、これらの技術が今後何十年にもわたって世界に大きな影響を与えると私たちは予測している。

特集ページへ
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を発信する。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る